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『無自覚タラシの武器天才に弟子入りしたら、婚約者が闇を絶対浄化する人でした』(イラスト有り)

無自覚タラシの武器天才に弟子入りしたら、婚約者が闇を絶対浄化する人でした


その約束から数日後。

日が完全に落ち、分厚い遮光カーテンが引かれた赤坂・氷川神社の社務所の奥部屋には、いつになく張り詰めた空気が漂っていた。吸血鬼であるルージュが安全に外へ出られるよう、室内の照明も最小限に落とされている。

上座で腕を組む風間楓の前に正座しているのは、少し緊張した面持ちの本多鮎と、隣に控える花園美羽。そして、鮎の足元の影からは、「ようやく夜になりましたわね」と、金髪の吸血鬼ルージュが安堵したように顔を覗かせていた。


「楓ちゃん……その『スペシャリスト』って、どんな化け物なんですか?」鮎がごくりと唾を飲み込んだ、その時。

スパンッ、と。

一切の淀みなく襖が開け放たれ、夜の冷気と共に一人の青年が社務所に足を踏み入れた。


「待たせたな、楓。随分と面白い教え子を持ったそうじゃないか」


その声は、どこまでも涼やかで、鼓膜を心地よく震わせた。

現れたのは、長身の青年。楓の冷徹で美しい顔立ちをそのまま男にして成長させたような、息を呑むほどの美貌を持つ男だった。衣服の上からでも、しなやかで一切の無駄がない鋼のような筋肉が備わっていることがわかる。


「紹介します。私の兄、風間洋助かざまようすけです」


楓の紹介を受け、洋助はゆっくりと鮎の前に進み出た。そして、一切の躊躇なく鮎の顔を覗き込み、ふわりと甘く、それでいて男の色気を孕んだ微笑みを浮かべる。


挿絵(By みてみん)


「君が本多鮎か。……綺麗なピンク色の髪だな。まるで、夜に咲く夜桜のようだ。ひたむきに強さを求めるその瞳……俺は嫌いじゃない。よろしく頼むよ、お姫様」


「ひゃ、ふぇっ……!?」


トクンッ、と。

鮎の心臓が、自分でも驚くほど大きな音を立てて跳ねた。

あまりにもナチュラルで、破壊力抜群の口説き文句に、鮎が顔を真っ赤にしてフリーズする。


(な、なんだろう、今の……っ。持子様以外の殿方に、こんな風にドキッとしたのなんて、初めて……!)


そこに、影の中からルージュが呆れたようにため息をついた。


「はぁ……。人間の男って、どうしてこうも歯の浮くようなセリフを平気で吐けるのかしら。わたくしのような高貴なヴァンパイアには、そんな安っぽい言葉は通じま——」


言葉の途中で、洋助はスッと片膝をつき、ルージュの白い手を取った。


「金糸のような美しい髪に、真紅の瞳……。まるで、中世の絵画から抜け出してきたような気高さだ。君のような麗しい夜の女王にお目にかかれるとは、光栄だよ」


「ひゃんっ……!?」


ルージュの青白い頬が、一瞬にして林檎のように真っ赤に染まった。

三百年の時を生きる吸血鬼の元女王でさえ、この男の破壊的な色気の前では赤子同然。トクンッ、どころかドキュンッ! と完全に心を射抜かれ、たちまちメロメロになってしまったのだ。

風間洋助。彼は極めて生真面目で誠実な男なのだが、この「無自覚に女性を口説き落とし、狂わせる」という天性のタラシ気質を持っていた。裏社会の男たちから「殺したい男ナンバーワン」として密かにヘイトを集めているのも頷ける。


「……ッ! 洋助様!! またそうやって、息を吸うように泥棒猫と金髪の吸血蝙蝠に粉をかけて……ッ!」


突如、社務所の空気が「物理的」に凍りついた。

洋助の背後から、怨霊よりも恐ろしい、極寒の嫉妬と殺意が膨れ上がったのだ。


「あ、桐子。違うんだ、俺はただ挨拶を……」


洋助が珍しく狼狽して振り返った先には、一人の美しい女性が立っていた。

茶髪のミドルヘア。その顔立ちは美羽のように愛らしく可憐だが、首から下は鮎のダイナマイトボディにも引けを取らない、豊満で扇情的なプロポーションを誇っている。

彼女の名は、葉室桐子はむろきりこ

古代神術の大家・葉室家の令嬢であり、家同士の血統の交わりによって定められた、洋助の婚約者であった。

ギリィッ……! と桐子が睨みつけた瞬間、鮎と美羽、そしてルージュは本能的な死の危険を感じて背筋を粟立たせた。


挿絵(By みてみん)


「……警戒するのも無理はありません」楓が冷たいお茶を啜りながら、淡々と解説を始めた。


「兄の洋助は、風間家の人間でありながら神術の類はさっぱり使えません。ですが、古代の遺物から近代兵器、果てはその辺の石ころや木の枝に至るまで、手にしたあらゆるモノを絶死の兵器へと変貌させる『武器の天才』です。純粋な武器の扱いなら、あの助平爺さんすら凌ぎます」


楓は視線を横にずらし、嫉妬のオーラを立ち昇らせている桐子を見た。


「そして、婚約者である葉室桐子さん。彼女自身は戦闘の専門家ではありませんが……その血に宿る古代神術は、あらゆる邪気や魔を『浄化・中和』する極致。つまり、先輩たちのような強大な『闇の魔力』を無効化する、最悪の天敵アンチテーゼです」


「て、天敵……」


鮎が青ざめる中、桐子はツカツカと洋助の隣に歩み寄り、その腕に豊満な胸を押し付けるようにしてガシッと絡みついた。そして、鮎とルージュに向けて絶対零度の宣告を下す。


「いいこと、そこの泥棒猫たち。洋助様は私だけのものです。もし稽古中に少しでも色目を使ったり、その汚い闇の魔力で洋助様に触れようものなら……私がその魔力ごと、あなたたちの存在を綺麗さっぱり浄化して差し上げますわ」


無自覚な天然人たらしの天才武術家と、闇の魔力を絶対殺すマンの嫉妬深き婚約者。

鮎はとんでもない劇薬のような師匠の下につくことになってしまったのである。


***


「さて、挨拶も済んだところで本題です」楓がパンッと手を叩き、空気を切り替えた。


「美羽先輩は、このままここに残って私と短刀の二刀流の型をやります。 ……ですが鮎先輩。あなたが扱う大剣や薙刀となると、いくら神社の境内といえど狭すぎて全力は出せません」


「た、確かに。弁慶から奪った『岩融』も、ルージュの影にある大剣も、大きすぎますし……」


「ですので、鮎先輩とルージュは兄たちと一緒に、氷川神社が都内に所有している『私有地の森』へ移動して稽古をつけてもらってください」


そうして数十分後。

完全に夜の闇に包まれた都内の裏道を、一台の無骨で大きめのジープが低いエンジン音を響かせて走っていた。

運転席には、涼しげな横顔でハンドルを握る洋助。助手席には、後部座席に鋭い牽制の視線を送り続ける桐子。

そして後部座席で肩を縮ませている鮎とルージュの頭上――ジープのルーフキャリアには、幾重にも分厚い布で厳重に巻かれた巨大で大量の荷物が、頑丈なロープで縛り付けられていた。

通常、アニメや漫画のように、武器を亜空間にしまう便利な『収納魔法』など、現実の裏社会には存在しない。物理的に巨大な武器は、こうして物理的に運ぶしかないのだ。

……しかし、鮎は例外だった。彼女が振るう大剣や薙刀は、すべてルージュの影の中――通称『ルージュ部屋』に収納されている。つまり、この吸血鬼の女王自体が歩くチート収納魔法なのだ。

では、ルーフキャリアに積まれたあの重々しい武器の山は一体誰のものか。

それはすべて、神術が使えない「武器の天才」である洋助が、鮎との夜間の実戦稽古で使うために用意した、多種多様な自身の武器コレクションであった。


「……あの、洋助さん。そんなに大量の重いものを屋根に乗せて、車のバランスとか大丈夫なんですか?」鮎が恐る恐る尋ねると、バックミラー越しの洋助と目が合った。


「ははっ、気にするな。これくらいなら可愛いもんだ。それに……君やルージュのような綺麗なレディたちが後ろに乗ってくれているなら、運転にも自然と気合が入るからね」


「ひゃっ……!」


またしてもナチュラルに放たれた甘い言葉に、鮎の胸がトクンと鳴る。


「あぁんっ、洋助様ったらぁ……♡」隣ではルージュまでもが両頬を押さえ、うっとりとして身悶えしていた。


「……ッ!! 洋助様! 運転に集中してくださいませ! それと後ろの泥棒猫と金髪蝙蝠! 今すぐその汚い息を止めて、窓から顔を出して呼吸しなさい!」


「む、無茶苦茶言わないでくださいよぉっ!」


桐子の浄化のオーラが車内に充満し、鮎とルージュは息苦しさに涙目になる。


(持子様……! なんだか私、とんでもない地獄のドライブに来てしまった気がしますぅっ!)


前途多難な大剣修行の幕開けに、鮎たちを乗せたジープは夜の闇に沈む神社の森へとひた走っていくのだった。


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