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『怪物を抱きしめる』

『怪物を抱きしめる』


夜の帳が下りた赤坂・氷川神社の社務所。

持子の壮絶で、あまりにも痛切な独白が終わった後も、部屋には濃密な静寂が降り積もっていた。

風間楓は、静かに伏し目がちになった持子の横顔を見つめながら、己の内に渦巻いていた『蟠り(わだかまり)』の正体をようやく理解していた。

持子たちと行動を共にするようになり、神職である楓の霊的な視座(しざ)は以前よりもずっと深く研ぎ澄まされ、彼女たちの纏う『極黒の魔力』の底の底まで覗き込めるようになっていた。

そこで楓が視てしまったのは、絶世の美貌の奥底にどす黒く蟠る、雄としての――それも、絶対的な権力と暴力で他者を蹂躙してきた『捕食者』の悍ましい気配だった。

時折、持子の黄金の瞳の奥から射抜かれる、ねっとりとした男の視線。純潔たる巫女であり、ストイックに武の道を歩む楓にとって、それは本能的な恐怖と、明確な生理的嫌悪感を呼び起こすものだった。


(私は……無意識のうちに、持子さんを警戒していた)


董卓の魂が放つ暴君の気配を恐れ、心のどこかで一線を引いていた己の未熟さ。

だが、違ったのだ。

持子は、その悍ましい男の業も、魔王としての血塗られた過去も、そして女としての脆さも、すべてをこの華奢な器に押し込め、たった一人で絶望的な恐怖と戦い続けていたのだ。

男であり、女である。人であり、魔王である。その混沌とした泥濘の中で、彼女は決して愛する者たちを傷つけまいと、必死に『恋問持子』としての輪郭を保とうと足掻いていた。

(私が勝手に恐れていたあの気配は、彼女自身が一番怯え、それでも必死に手綱を握りしめていた『呪い』だったのに……!)


「……持子」


ふらりと、楓は動いた。神楽舞の『無足』の歩法すら忘れ、ただの不器用で等身大な一人の少女として、畳の上を歩み寄る。


「楓……?」


持子が不思議そうに黄金の瞳を瞬かせた、次の瞬間。

楓は、座っている持子の華奢な肩を力強く引き寄せ、そのままの勢いで畳の上へと押し倒していた。


「なっ……!? か、楓!?」


突然のしかかってきた黒髪の巫女に、持子は目を白黒させる。だが、楓は持子の胸元に顔を埋めたまま、絞り出すような、震える声で言った。


「……済まなかった」


冷徹な修羅の眼を持っていたはずの巫女の、あまりにも脆く、痛切な響きだった。


「私は……あなたの中に潜む男の気配に、あの捕食者のようないやらしい視線に、勝手に嫌悪感を抱いていました。あなたがどれほどの地獄を抱え、たった一人でその闇と戦っていたのかも知らず、ただ恐れ、遠ざけようとしていた……!」


ギュッと、持子の背中に回された楓の腕に力がこもる。巫女の装束越しに、楓の熱い涙が持子の胸元を濡らしていく。


「あなたは男でもあり、女でもある。人であり、魔王でもある。……でも、そんなことはもうどうでもいい。あなたがどれほど歪で、どんな業を背負っていようと……持子は、持子だ。バカで、すけべで、傲慢で、尊大で、覇王で、どうしょうもない人だけど、お前はかけがえのない人だ……ッ! 嫌悪感を抱いたこと、本当に……本当に申し訳なかった……!」


懺悔のような楓の言葉に、持子は小さく息を呑んだ。

そして、ふっ……と、張り詰めていた糸が切れたように、柔らかく、ひだまりのような笑みを浮かべた。


「……馬鹿者め。こんなところで子供のように泣くではない」


呆れたような、けれどどこまでも慈愛に満ちた優しい声。

白磁のような持子の腕がゆっくりと上がり、己の上に覆い被さる楓の背中を、その震えを鎮めるように強く、強く抱きしめ返した。


「謝る必要などない。お前のその清廉な眼が、わしの奥底の醜悪な闇を正しく見抜いていたというだけのこと。……むしろ、そんな気味の悪いバケモノの正体を知ってもなお、こうして抱きしめてくれるお前の不器用さが、わしは嬉しいのだ」


極黒の魔王と、神に仕える純白の巫女。

相反するはずの二つの魂が、互いの傷を舐め合うように、畳の上で折り重なる。


「……もう泣くな、楓」


その神聖で、あまりにも美しい光景に。

傍らで見守っていた鮎も、美羽も、そしてルージュまでもが、ただ静かに、温かな涙を流し続けていた。赤坂の夜の静寂が、彼女たちの不滅の絆を優しく包み込んでいた。

ギャグおちしたい自分を、どうにか抑えることができた。

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