少女と暴君の間
少女と暴君の間
極黒の覇道、あるいは少女の境界線
夜の帳が下りた赤坂・氷川神社の社務所。冷え切った空気が、先程までの恋問持子の壮絶な独白の余韻を閉じ込めるように静まり返っていた。
黄金の瞳を伏せ、自らの白磁のような掌を見つめる持子の横顔には、魔王としての圧倒的な覇気と、等身大の傷ついた少女の影が痛ましいほどに同居している。
沈黙を破ったのは、部屋の隅で静かに控えていた黒髪の巫女、風間楓だった。
「持子……一つ確認させてください」
楓の瞳には、神職としての冷徹な観察眼と、微かな憂いが宿っていた。
「あなたの中に宿るという、三国志の暴君『董卓』の業。その董卓としての意識は、もともとの『恋問持子』としての意識とは完全に別個のものとして存在しているのですか? それとも……両方の意識が混ざり合っている状態なのでしょうか?」
持子はふっと息を吐き、湯呑みから視線を上げた。
「……基本的には、孤児院で育ち、高倉の爺さんや雪に救われた『恋問持子』としての記憶と感情が土台としてある。だが、その上に董卓としての血塗られた意識が、どす黒い染みのように重なり合っていると思う」
持子は自身の胸元を力強く握りしめた。
「男としての闘争本能や凶暴な記憶と、女としての感覚。この器の中には、本来交わるはずのない二つの存在が同居している」
その言葉には、癒えきらぬトラウマと激しい自己嫌悪が滲んでいた。しかし、持子はゆっくりと顔を上げ、かつてなく穏やかな光を黄金の瞳に宿した。
「自分が化物なのか人間なのか、男なのか女なのか分からなくなり、恐怖に震えたこともあった」
持子はふと、社務所の窓の外、果てしなく広がる夜の闇へ目を遣った。
「だがな……数多の出会いと別れ、そして血を吐くような経験の数々が、この歪な器を繋ぎ止めてくれたのだ。孤児のわしに生きる術を与えてくれた高倉の爺さん。絶望の底から救い出し、すべてを肯定してくれた雪。そして……神域での地獄の修練や、花の都での死闘を共に越えた、お前たちとの日々」
持子は再び四人の顔を見渡し、自嘲と誇りが入り混じった笑みを浮かべた。
「それらすべての強烈な体験が接着剤となり、恋問持子と董卓という相反する魂を、今の『わし』という確固たる存在へと練り上げている。完全に馴染みきっているかと言われれば、まだいびつで危ういかもしれん。……だが、この数奇な運命と絆に彩られた今の己を、わしは決して悪くないと思っているのだ」
その静かで力強い吐露に、鮎、美羽、楓、ルージュは息を呑んだ。
本多鮎は、持子の抱える泥のような闇の深さに触れ、音もなく大粒の涙を流した。持子から「死の接吻」を受け、その不器用で歪な愛を救われた鮎にとって、主の果てしない苦痛とそれを受け入れる覚悟は、自らの魂を震わせるに十分だった。
(本多鮎は、持子様……。私があなたの溢れる闇をすべて受け止める『調律者』となります。永遠に、どこまでも……)
(花園美羽は、持子様は、強がっておられるけれど、本当は誰よりも優しくて、深い傷を一人で抱え込んでいる……。だから私が、光を掠め取り闇を逃がす『錨』として、絶対に持子様をバケモノになんてさせない)
鮎の影に潜む吸血鬼の元女王・ルージュもまた、持子の王としての器の大きさに平伏していた。
重苦しい静寂の中、持子は静かに立ち上がった。
「恐れはない」
黄金の瞳に、再び魔王の覇気と、少女としての眩い意志が灯る。
「雪が肯定してくれたこの命。お前たちという、共に死線を越え神術を修めた運命共同体。董卓の業火も、恋問持子の痛みも、すべてを背負い、力に変えてみせる。……それが、わしが見つけた新たな覇道だ」
夜の神社に、極黒の魔力が静かに、だが確かな熱を帯びて揺らいだ。




