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『闇に巻き込めなかった光』

『闇に巻き込めなかった光』


夜の帳が下りた赤坂・氷川神社の社務所。

静寂の中、恋問持子の黄金の瞳が、深く、静かな熱を帯びて揺らいだ。彼女の視線は、息を呑んで聞き入る配下たち――とりわけ、花園美羽へと向けられた。


「美羽。……お前も、そうだったな」


持子の声は、どこまでも優しく、そして微かに震えていた。美羽がビクッと肩を震わせるのを見て、持子は自嘲するようにふっ、と息を吐く。


「修学旅行で、お前と、沙夜と、レオ。……お前たちは皆、それぞれに傷つき、壊れかけていた。だからわしは、お前たちの心に巣食う闇に干渉し、一度壊し、組み直して『下僕』にしたのだ」


持子は自身の白く華奢な掌を見つめた。その手が、どれほど恐ろしい力を持っているかを確かめるように。


「力で支配したように振る舞っていたが……本当は、わし自身が一番恐れていたのかもしれん。他者の心を物理法則さえもねじ曲げて喰らう、この『闇の魔力』を持つ己自身をな」


「持子、様……」美羽が思わず声を漏らすが、持子は首を横に振って言葉を続けた。


持子は唇を強く噛み締めた。その瞳の奥に、こらえきれない悲哀の涙が滲み、光を反射してきらりと光る。

決して弱音を吐かぬ魔王が見せた、あまりにも痛切な心の傷。その沈痛な面持ちに、美羽も鮎も、ただ息を殺して俯くことしかできなかった。


「……その後だ。わしらは、撮影のために北海道へと向かった。あの阿寒湖の、すべてを凍らせるような猛吹雪を、わしは今でも肌に覚えている」


持子は自身の両腕を抱くようにして、身をすくませた。その顔には、隠しきれない『恐怖』が張り付いていた。


「わしは……恐ろしかったのだ。前世の董卓としての、人を壊し、殺した血塗られた記憶。孤独だった『恋問持子』の記憶。そして、胸が締め付けられるほど誰かを恋い慕う、貂蟬のような心」


持子は雪の方を向き、泣き出しそうな、それでいて悲痛な笑みを浮かべた。


「わしという器の中に、あまりにも多くのものが混ざりすぎていて……自分が化物なのか、人間なのか。男なのか、女なのか、分からなくなっていたのだ。自分が何をしでかすか分からない。大切なものを、この呪われた手で握りつぶしてしまうのではないか……それが、たまらなく怖かった」


声が震えていた。最強であるはずの極黒の魔王が、まるで迷子になった幼子のように、己の存在意義に怯えていたのだと、持子は赤裸々に吐露した。


「阿寒湖の屋上、極寒のインフィニティ・プールで……わしはついに、雪にすべてを懺悔した。己の業を、醜い本性を、魔王として妖を喰らうバケモノであるという真実を、涙ながらに打ち明けたのだ。見捨てられる覚悟だった。気味悪がられ、軽蔑されると思っていた。……だがな」


持子の黄金の瞳から、ついに一筋の涙がこぼれ落ちた。それは悲しみの涙ではない。魂が救済されたことへの、歓喜の涙だった。


「雪は……あの女は、泣き崩れるわしの体を、力強く抱きしめてくれたのだ……。わしが抱えていた恐怖も、性別も、過去も、そのすべてを真正面から受け止め、肯定してくれた。……あの瞬間、わしの魂は、真の意味で救われたのだ。雪のあの母のような温もりが、バケモノになりかけていたわしを、再び『人間』の世界へと繋ぎ止めてくれたのだよ」


ツー、と頬を伝う涙を無造作に拭うと、持子の顔に、再びあの獰猛で、誇り高き『魔王』の笑みが戻ってきた。


「雪がすべてを受け入れてくれたからこそ、わしはもう迷わなかった。……その後の、網走監獄でのことだ」


持子の背後から、目には見えぬ極黒の魔力が、陽炎のようにゆらりと立ち昇るのを感じて、楓たちは息を呑んだ。


「あそこに巣食っていた、長年の怨念と業に塗れた妖ども。かつてのわしなら、己の闇が深まることを恐れて躊躇したかもしれぬ。だが、雪がすべてを肯定してくれたこの『極黒の魔力』だ。恐れる理由などどこにある!」


持子は立ち上がり、天を突くようにその白磁の腕を振り上げた。


「わしは、忌まわしき網走の妖どもを、文字通り根こそぎ喰らい尽くしてやったわ! 魔王としての暴力と本能を、わしは初めて、己の誇りとして振るったのだ! 雪が肯定してくれたこの力で、わしは、わしの愛する者たちを……お前たちを、絶対に守り抜くと、その時、魂に誓ったのだ!」

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