『中身が男だろ問題』
『中身が男だろ問題』
夜の帳が下りた赤坂・氷川神社。
静寂に包まれた社務所の一室には、それぞれの課題や激務を終えた極黒の魔王とその配下たちが、いつものようにお茶を啜りながら集結していた。
昼間の張り詰めた空気が緩む中、花園美羽がふと、真剣な眼差しで風間楓の前に進み出た。
「楓ちゃん。私……もっと影から効率よく敵を切り刻むために、短刀の二刀流を目指したいですぅ!」
その声には、いつもの甘ったるい媚びはない。先日の死闘で仲間を死の淵に立たせてしまったという、重い悔恨と決意が込められていた。
楓は手にした湯呑みをそっと置き、美羽をじっと見つめ返した。夜のアルバイトで見せている彼女の『無足』の歩法。その異常なまでの成長速度を、修羅の巫女は正当に評価していた。
「……近いうちに『TIA』の武器庫に連れて行ってあげます。そこで自分の手に馴染む呪具を探しなさい」
「ほ、本当ですかぁっ!?」
「ええ。そして――短刀の二刀流の型は、私が直々に叩き込んであげます」
その言葉に、美羽だけでなく鮎や持子も驚いて目を丸くした。
「風間という姓は、元を辿れば『風魔』に行き着きます。我が家系には、その全てではありませんが、古の忍術や暗殺の技術が脈々と受け継がれているんです。……あなたのその気配の消し方なら、教える価値はあります」
「楓ちゃぁぁん……っ!」
美羽は感極まり、涙目で楓に飛びついた。ギュッと力強く抱きつく泥棒猫に対し、楓は「……はいはい、暑苦しいですよ」と口では文句を言いながらも、決して振り払ったり嫌がったりはせず、されるがままに受け入れていた。
それを見ていた本多鮎が、たまらずズイッと身を乗り出した。
「いいなぁ泥棒猫……! ね、ねえ楓ちゃん! 私にも大剣や薙刀の使い方を教えてくれる、強いバケモノの師匠を紹介してくれませんか!?」
弁慶との戦いで己の「武」の無さを痛感していた鮎もまた、必死だった。
楓は今日一番の深大なため息をつき、こめかみを軽く押さえた。
「……心当たりはあります。東京の裏社会で『武器の扱いなら右に出る者はいない』と言われる、正真正銘の武器のスペシャリストです。近いうちに紹介してあげますよ」
「うおおおおっ! ありがとうございます、楓ちゃん!!」
歓喜に沸く鮎もまた、美羽に負けじと楓にガバッと抱きついた。「ちょっと、ピンク頭、重いです」と楓は眉をひそめるが、やはり本気で嫌がる素振りは見せず、不器用な先輩たちのスキンシップを許容していた。
そして――その光景を腕を組んで見守っていた『極黒の魔王』恋問持子は、静かに、しかし激しく打ち震えていた。
(おおお……っ! なんて健気で、なんて愛おしいのだ!)
自分の可愛い下僕たちの成長のために、自らの秘伝の技術を教え、的確に世話を焼いて導いてくれる不器用な後輩。そのあまりにも頼りがいのあるツンデレな姿を見た持子の中で、強烈な「萌え」と愛情のバロメーターが限界を突破してしまったのだ。
「ふははははっ! 楓ェェェッ!!」
突如として立ち上がった魔王の雄叫びに、楓がビクッと肩を跳ねさせる。
「貴様は本当に最高の後輩だな! わしは猛烈に感動したぞ! さあ、この極黒の魔王の胸にも飛び込んでくるがいい!!」
「は……? ちょっ、顔がヤバいです! 来ないでくださ――」
持子は、逃げる修羅の巫女の背後へと一瞬で回り込み、愛する下僕たちと同じようにガシィィッ! と背後から力強く抱きしめようとした。
――が。
「……死ぬか!」
ドゴォォォンッ!!
抱きつく寸前。放たれた楓の容赦のない『肘打ち』が、持子のみぞおちにクリーンヒットした。
「ぐ、ふぉぉぉッ!?」
暴君が、カエルが潰れたような声を上げて社務所の畳の上をゴロゴロと転がっていく。
「な、なぜだ……ッ!?」
持子は腹を押さえて涙目で顔を上げた。
「なぜ鮎と美羽はハグを許されて、わしだけ殺意の乗った打撃を向けられるのだ! この極黒の魔王に対する明らかな差別! 理不尽ではないか!」
抗議する持子に対し、楓は手首をポキポキと鳴らしながら、シベリアの永久凍土よりも冷たく、蔑むような絶対零度の視線を下ろした。
「当たり前です。――お前は中身、男だろ!」
「…………は?」
持子の動きが、ピタリと止まった。
――前世の暴君「董卓」と、現世のトップモデルとしての「持子」の数奇なる運命の深淵へと、さらに深く踏み込んでいくのであった。




