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『助けてください(※言ってない)』

(……本当に、口が裂けても言えませんよ。あんなこと)


とある氷川神社の社務所。

一人でお茶を啜りながら、風間楓は深いため息をついた。

先日の、内閣府庁舎で行われた『主要クラン会議』。あの場にいた日本の裏社会のトップたちは皆、芝公園に現れた怨霊と謎の黒幕の脅威に青ざめ、真剣に国家防衛を語り合っていた。

だが、楓だけは知っている。

源義経と武蔵坊弁慶という特級の怨霊と持子たちが激突することになった、その『本当の理由』を。


(国家転覆のテロ? 霊脈の破壊工作? ……違いますよ。あれはただ、持子先輩と鮎先輩と美羽がルージュのドレス姿にムラムラして襲い掛かろうとしたから、貞操の危機を感じたルージュがタゲ逸らしのために魔力レーダーで適当なバケモノを見つけてけしかけただけですからね!!)


退治した後、無理矢理連れていかれた打ち上げの焼肉を食べながら、このバカ話を持子達がバカ丸出して話して来た。

もし、このあまりにもバカバカしい真相が国の上層部にバレたら、TIAはおろか日本の霊的防衛網の威厳が根本から崩壊する。

「私だけの胸にしまっておこう……」と固く誓った楓は、スマートフォンを取り出し、とあるグループLINEに短いメッセージを送信した。

『今日の夕方、氷川神社に集合してください。来なかったら呪います』



■ 呼び出しと、札束の雨

夕刻。茜色に染まる神社の境内に、三人の少女(+影の中に一人)が、まるでドナドナと売られていく仔牛のように重い足取りで現れた。


「……なぁ、鮎、美羽。わしら、今日は一体なんの説教をされるのだろうな……」


「増上寺の石畳を粉砕した件ですかね……。それとも、ルージュをホテルに連れ込もうとした件でしょうか……」


「ど、どちらにしても、楓ちゃんのシゴキが待ってるですぅ……。帰りたいいぃ……にゃぁん……」


ビクビク、オドオド。

普段は傲岸不遜な魔王(持子)も、狂戦士(鮎)も、暗殺者(美羽)も、こと楓の説教に関しては完全にトラウマを植え付けられており、すっかり借りてきた猫状態だ。


「遅いですよ、先輩たち」


社務所の縁側に腰掛けた楓が、ジト目で三人を見下ろす。


「ひぃっ!」「す、すみませんっ!」と身を縮める彼女たちに対し、楓は何も言わず、傍らに置いてあった紙袋から『分厚い茶封筒』を三つ取り出し、ポンッ、ポンッ、ポンッ! と三人の目の前に放り投げた。


「え? ……こ、これは……?」


「今回の増上寺の一件で、国(彼岸花)から出た『S級怨霊討伐の特別報酬』です。TIAが窓口になって受け取りました。先輩たちの取り分ですよ」


持子が恐る恐る茶封筒を開けると……そこには、福沢諭吉が分厚い束になってギッシリと詰まっていた。


「なっ……!? な、ななななな……ッ!?」


「さ、三百万!?これ!? 鮎、美羽、お前らのもか!?」


札束を見た瞬間、三人の怯えは一瞬にして消え去った。


「うおおおおおッ!! やったぞおおおッ! これで、わしの謎の借金やら、食費のツケが一気に完済できるではないか!! 今夜は最高級の寿司だァァァッ!」


持子が札束に頬ずりをして歓喜の雄叫びを上げる。実は彼女、雪が立ち上げた会社でモデルとして稼いでいるはずなのだが、なぜかエンゲル係数が異常に高く、なんだかんだと常に借金まみれの自転車操業状態だったのだ。


「す、素晴らしいです持子様! 私はこれを、全額堅実なインデックスファンドの投資と定期預金に回して、将来持子様と同棲するための『愛のタワマン購入資金』にしますぅぅっ!」


鮎は現金を前にしても冷静沈着(?)に、恐ろしいほどの計画性を発揮している。


「あぁぁ……神様、仏様、楓様ぁぁぁっ……!」


美羽に至っては、札束を抱きしめたまま滝のように涙を流し、その場に崩れ落ちた。


「これで……これで実家に仕送りができますぅ……! 親の借金も少し返せますぅ……! もう、もやしとパンの耳だけの生活から抜け出せるですにゃぁぁぁっ!!」


キャーキャーと抱き合って喜ぶ三人。

すると、鮎の足元の影から、金髪の吸血鬼がヌルリと顔を出した。


「ちょ、ちょっと! わたくしの分はないんですの!? わたくしも防御魔法でメチャクチャ頑張りましたわよ!!」


「……ああ、あなたの分もありますよ、ヴァンパイアクイーンさん」


楓はため息をつきながら、背後に置いてあった大きな有名ブランドのショッパー(買い物袋)をいくつか持ち上げ、ルージュの前に置いた。


「現金じゃ使い道に困るでしょうから、私が適当に見繕ってきました」


「こ、これは……!」


ルージュが袋の中身を引っ張り出すと、そこには春らしい軽やかなパステルカラーのワンピースや、上品なレースのブラウス、そして彼女の金髪に完璧に似合う深紅のカーディガンなど、最新の春服が数点入っていた。


「まぁぁぁっ!! なんですのこれ、メチャクチャ可愛いですわ!!」


ルージュの瞳が星のように輝く。


「楓様! あなた、あんな地味な巫女服やダサいジャージばかり着ているくせに、なんて素晴らしいファッションセンスをしてらっしゃるの!? 最高にエレガントですわ!!」


「……ダサいは余計です。あんたがボロ雑巾みたいな服でウロチョロしてると、こちらの目障りなだけですから」


ツンとそっぽを向く楓だったが、ルージュはすでに新しい服を身体に当ててクルクルと回り、大はしゃぎだ。



■ 会議の顛末と、結ばれた盟約

ひとしきり札束と新しい服で大騒ぎし、ようやく落ち着きを取り戻した持子たち。

社務所に上がり、楓が入れたお茶を飲みながら、彼女たちは真剣な表情で楓の話に耳を傾けていた。


「……なるほど。では、その『主要クラン会議』とやらで、わしらは国や他の組織から危険視され、排除されそうになったということか」


「はい。ですが、ウチのトップ……私の祖父である風間助平が、全責任を負うという形で無理やり話をまとめました。ですから、持子先輩たちは今後、正式にTIAの監視下……もとい、私の管轄下に入ったことになります」


楓の言葉に、鮎が眉をひそめる。


「つまり、私たちが今後動くときは、いちいち楓ちゃんの許可が必要になるってことですか?」


「いえ、そこまでガチガチに縛るつもりはありません。ただ……」


楓は、湯呑みをそっと机に置き、まっすぐな瞳で持子たちを見つめた。


「今後、また東京で『霊的な異変』や、今回のようなヤバい化け物に遭遇したら、まずは必ず私に連絡してください。勝手に突っ込んで、全滅しかけるようなアホな真似は二度としないでください」


「む……。わ、わかった。善処しよう」


痛いところを突かれた持子は、気まずそうに目を逸らす。

楓は小さく息を吐き、少しだけ口元を綻ばせた。


「……その代わり。もしも私やTIAだけで対処しきれない事態が起きた時や、私自身に何かあって動けない時は……先輩たちに、連絡します」


「……ほほう?」


「その時は、あのバカみたいな膂力と、非常識な魔力で、私を……助けに来てください」


静寂。


社務所の中に、数秒の完全な沈黙が落ちた。


(……助けに、来て、ください?)


持子、鮎、美羽の三人は、ピタリと動きを止めたまま、脳内でその言葉を反芻していた。

今まで自分たちは、遊び半分で結界に突っ込んでは死にかけ、その度に楓の神話級の力に命を救われ、迷惑と尻拭いばかりをかけさせてきたのだ。

そんな、常に孤高を貫き、一人で全てを背負い込もうとする最強の修羅の巫女が。ツンデレで毒舌なあの楓が。



――『私を、助けて先輩っ♡』



三人の脳内に、突如として恐ろしいほど都合の良い『妄想ビジョン』がフラッシュバックした。

普段の鋭い眼光はどこへやら、ウルウルと涙目を浮かべた可愛い楓が、頬を赤らめながら自分たちの袖をキュッと掴み、上目遣いで甘えてくる姿……。

ブチィンッ!!

三人の脳内で、何かが決定的に弾け飛ぶ音がした。


「うおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」


「わふぅぅぅぅぅぅぅぅっ!! ワンッ! ワンッ!!」


「にゃあああああああああああんッ!!!」


「ひっ!?」


突然、目を血走らせて獣のように吠え始めた三人に、楓がビクッと肩を跳ねさせた。


「か、楓ェェェェッ! 貴様、そんなにわしらが頼りか! そうかそうか、よしよしよしよしよしッ!!」


持子は鼻息を荒くして立ち上がり、両腕を大きく広げて楓に抱きつこうと突進した。


「任せておけ! 貴様が泣いて助けを求めてきた暁には、この極黒の魔王が真っ先に駆けつけて、どんな敵でも木っ端微塵に粉砕してやろうぞ!! さあ、胸に飛び込んでこい!!」


「持子様ずるいですぅ! 楓ちゃん! 私の大剣も貴女のものです! 苦しい時はいつでもこのピンクの胸に甘えてください! 撫でて! もっと撫でてぇぇッ!!」


「楓ちゃぁぁん! 私の恩人! 私の神様! 今すぐ敵の背中をブスブス刺してくるですぅ! だからスリスリさせてにゃぁぁんっ!!」


「ちょっ、待っ……! 来ないでください! 気持ち悪い! 顔がやばいです! その脂ぎった妄想の顔で私に触らないでくださいィィッ!!」


ムラムラと萌えと使命感が奇跡の融合を果たし、凄まじい勢いでグイグイと迫り狂う三人の先輩たち。

楓は顔を引き攣らせながら、体捌きを全力で駆使し、迫り来る魔王と狂戦士と暗殺者の抱擁ハグを必死に回避し続けた。


「まぁまぁ。人間の欲望というのは本当に恐ろしいですわねぇ……」


その地獄絵図のような光景を、ルージュは新しいパステルカラーのワンピースを身にまとい、安全な縁側から優雅にお茶を啜りながら見物していた。


「でも、わたくしのお洋服を選んでくれた義理もありますし。いざという時は、わたくしの防御魔法で少しだけなら守って差し上げてもよろしくてよ? 楓様」


「あんたは呑気に茶ぁ飲んでないで助けなさいよッ!!」


やかましく騒ぎ立て、社務所の中をドタバタと逃げ回る四人と一匹の吸血鬼。

楓は「本当にこいつらを頼ってよかったのだろうか」と一瞬後悔しつつも……自分に全力の愛情(物理)を向けてくる先輩たちの姿に、やれやれと内心で苦笑していた。


(……まあ、こんな騒がしい日常も、悪くはないですね)


夜の帳が下りる氷川神社。

札束と新しい服、そして新たな盟約(と強烈な萌え)を手に入れた魔王と愉快な下僕たちは、「よし、この金で今夜は回らない寿司だ!」「叙々苑のほうが高くて美味いですぅ!」とギャーギャー騒ぎながら、ネオン煌めく東京の街へと繰り出していくのだった。


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