勝利のランチを楽しんでいたら、粛清対象が自分でした
先ほどの暴風雨から一変し初夏の陽気が、都心の空を鮮やかに染め上げていた。午後一時。
超高級ホテル「グラン・アーク東京」の最上階、エグゼクティブ・スイートルーム。
そこには、眼下に広がる東京の絶景を背に、優雅にルームサービスを楽しむ本多鮎の姿があった。
「ん〜っ、美味しい! やっぱり勝利の味は格別ねぇ〜!」
鮎はシルクのバスローブ姿でソファに深々と身を沈め、ノンアルコールのスパークリングワインを揺らした。
テーブルの上には、手付かずの特製クラブサンドイッチと、分厚い茶封筒。中身は、あの反社の男たちへの「成功報酬」の残金だ。
本多鮎には、誰にも言えない——いや、常人には理解不能な、昏い性癖があった。
彼女は、心から「美しい」と感じたもの、あるいは愛した人間を、物理的・精神的に『壊したい』という強迫的な欲求に駆られるのだ。
かつて、同じ芸能科に通う恋人がいた。透き通るような硝子細工のような美青年だった。
鮎は彼を愛していた。狂おしいほどに。
だからこそ、彼を徹底的に追い詰めた。嘘の噂を流し、仕事を奪い、人格を否定し続け、最後には自殺未遂にまで追い込んだ。
彼が芸能界を去り、廃人のようになったと聞いた時、鮎の中で彼への情熱は急速に冷却され、無関心へと変わった。壊れた玩具に用はないのだ。
そして今、彼女の目の前には、過去最高の獲物が現れた。
恋問持子。
神が作ったとしか思えない絶世の美貌。圧倒的な才能。
鮎は持子を見た瞬間、強烈な羨望と、焼き尽くすような嫉妬、そして歪んだ『愛』を感じた。
(あぁ、持子ちゃん。大好きよ。だから……その綺麗な顔が恐怖で歪むところが見たい。あの自信満々な黄金の瞳が、絶望で濁り、許しを乞う瞬間が見たい……!)
その欲求を満たすためなら、手段は選ばない。反社だろうが何だろうが使う。
男たちの記憶——持子が魔眼で覗き見た情報によれば、実行犯のリーダーである「上役」の男一人が、この部屋へ成果報告と残金の受け取りに来る手はずになっていた。
「……そろそろかな」
鮎は唇を舐めた。
早く見たい。あの上役が撮ったであろう、持子の「壊された」写真を。泣き叫び、無様に命乞いをする姿を。
想像するだけで、鮎の身体は疼き、背筋がゾクゾクと震えた。
その時、部屋のチャイムが軽やかに鳴った。
ピンポーン
「あ、来た!」
鮎は弾むような足取りで玄関へと向かった。
ドアの向こうにいるのは、成功報酬を受け取りに来た上役だ。
「はーい、どうぞぉ〜。鍵開いてるから入っていいよぉ」
鮎はチェーンもかけず、無防備にその重厚なドアを開け放った。
部屋に招き入れ、二人きりでじっくりと「成果」を楽しむつもりだったのだ。
「ご苦労様。ねぇ、写真は? いい絵、撮れ——」
言葉が、喉の奥で凍りついた。
そこに立っていたのは、脂ぎった中年男ではなかった。
制服のスカートを微塵も乱さず、白磁のような肌に傷一つない。
背筋を凛と伸ばし、太陽よりも眩しい黄金の瞳でこちらを見下ろす、絶世の美少女。
「……こ、いと……い、もち、こ……?」
鮎の脳が処理落ちを起こした。
ありえない。幻覚か?
なぜここにいる? なぜ無傷なんだ?
あの上役は? 顔は? 手足は? ぐちゃぐちゃになっているはずじゃ——。
「——誰だと思っている」
持子は冷徹に言い放つと、凍りつく鮎の胸元に手を添えた。
「えっ、あ、きゃぁっ!?」
ドンッ!!
容赦のない突き飛ばし。
鮎は成す術もなく弾き飛ばされ、ふかふかの絨毯の上に無様に尻餅をついた。
「いったぁ……! な、なんなのよあんた……ッ!」
持子は鮎の悲鳴など意に介さず、悠然とスイートルームの中へと足を踏み入れる。
そして、背後の重厚なドアを、静かに、しかし絶望的な音を立てて閉めた。
ガチャン、ジャリッ。
オートロックの音に加え、チェーンをかける音が、密室の完成を告げた。
持子は今朝、雪を病院へ検査入院させた後(ほぼ怪我は無かったが念のためだ)、「今日は学校へ行って心のケアをするハレムするのだ」と嘘をついて別れてきた。雪をこれ以上、このドス黒い争いに巻き込むわけにはいかないからだ。
これは、魔王による単独の「粛清」である。
持子は部屋の中央まで進むと、テーブルの上の豪勢なランチと、分厚い封筒を一瞥し、蔑むように鼻を鳴らした。
「……ほう。随分と楽しそうではないか、本多鮎。わしが地獄の縁を見てきた間に、貴様はここで優雅にランチか?」
持子の背後から、怒りを超えたドス黒い覇気が立ち昇り、部屋の空気を軋ませた。
鮎は震える手でバスローブの襟を合わせた。恐怖と、そして理解を超えた状況に対する奇妙な興奮が入り混じる。
(なんで……なんで壊れてないの? なんで、傷ひとつなくて……もっと綺麗になってるの……?)
その圧倒的な「美」と「暴力」の気配に、鮎の本能が警鐘を鳴らすと同時に、歪んだ心が歓喜した。
持子は黄金の瞳で見下ろしたまま、冷酷に告げた。
「さあ、食後のデザートの時間だ。……たっぷりと味わうがよい」
改行だけ




