『欲求不満はバトルで晴らせ』
ファミレスの鬱憤と、美食に目覚めた吸血鬼のドライブ
深夜のファミリーレストラン。
窓際の席で、恋問持子は巨大なチョコレートパフェをヤケ食いしながら、ギリッ、ガリッと親の仇のように奥歯を噛み鳴らしていた。
「……ええい、なまらむしゃくしゃする! なぜわしが、自室の極上シルクベッドを合気武道部の部員(森と千手)の情事のために明け渡し、こんな深夜のファミレスで時間を潰さねばならんのだ!」
「まあまあ持子さんっ♡ これも合気武道部・部長としての愛のベッド提供ですぅ! さあ、怒ってないで私の『あ〜ん』でポテトを食べてくださいっ!」
向かいの席で目をギラギラさせているのは、花園美羽だ。
サクッ。
持子が美羽の差し出すポテトを鬱陶しそうに噛み砕いた、その時。
ウィィィン!
ファミレスの自動ドアが勢いよく開き、パァァァッ! と効果音がつきそうなほど華やかなオーラを放つ金髪の絶世の美女・ルージュと、息を切らしたピンク髪の本多鮎が駆け込んできた。
夜間のため、吸血鬼のルージュは影に隠れることなく堂々と実体化している。
「皆様、ごきげんよう!! 夜のティータイムには最高の時間帯にございますわね!」
「はぁ、はぁ……っ、持子様ぁぁぁッ! お待たせいたしましたぁっ!!」
「おお、鮎、ルージュ。遅かったではないか」
「申し訳ありません! テレビの収録が長引いた上に……免許取り立てで、まだ運転慣れなくって、少し道に迷ってしまって……!」
鮎がハアハアと息を整えながら言い訳をすると、美羽がすかさず噛み付いた。
「うざいですぅ鮎先輩!イチャイチャタイムを邪魔しないでください!」
「はぁ!? 私の持子様になに馴れ馴れしくポテトなんて食わせてるんですか泥棒猫!!」
ギャーギャーと騒ぎ始める狂信者二人。
(……ええい、どいつもこいつも騒がしい!)
持子が深くため息をつきつつ視線をずらすと、そこには異様なテンションでキラキラと輝くルージュの姿があった。
「……む? ルージュよ、なんか今日、やけにテンションが高くないか?」
普段なら「ひぃっ、下等な人間の世界など恐ろしゅうございます!」と怯えるルージュが、今日は満面の笑みでクルクルと回っているのだ。フワリ、と春の新作コレクションの軽やかなシフォンドレスが揺れる。彼女の透き通るような白い肌と金髪の美しさを、これでもかと際立たせる可憐なデザインだった。
「ふふっ、お気づきになりまして!? なんと鮎様が、この春物の新作ドレスを買ってくださったのですわ! わたくしに似合う『赤』の差し色が入った特注品ですのよ! どうです!? わたくしの美しさがさらに引き立って、最高にエレガントでキュートでしょう!?」
「べ、別にルージュのために買ったわけじゃないですよ! あんたが『マイルーム(影の中)のクローゼットが寂しい』って毎日毎日うるさいから、仕事帰りに仕方なーく買ってあげただけです!」
鮎はフイッとそっぽを向いたが、その実、満面の笑みで喜ぶルージュを見て(……まあ、金髪に赤は似合ってますし。ちょっとめんどくさいけど、着せ替え人形みたいで可愛いですからね)と内心で目を細めていた。
ルージュの方も(口うるさい乱暴なご主人様ですけれど……わたくしのリクエスト通りに赤いドレスを買ってくれるなんて、案外可愛げがありますわね!)と、なんだかんだで二人はウマが合っていた。
「それに! 鮎様の下僕(使い魔)になってからというもの、鮎様から直接魔力供給をいただけるおかげで、わざわざ人間の血を吸う必要がなくなりましたの! そして……」
ルージュは興奮気味にテーブルに身を乗り出すと、鮎が注文して運ばれてきたばかりの熱々の『デミグラスハンバーグ』と『メロンソーダ』を、獲物を狙う鷹のようなキラキラした瞳で見つめた。
「三百年の時を経て、人間の食べ物の味が、ハッキリと分かるようになりましたのよぉぉっ!!」
パクッ。
ルージュはハンバーグを上品に、しかし凄まじい勢いで口に運び、カッ! と両目を見開いた。
「んんんんん〜〜〜ッ!! な、なんでございますかこの肉汁の暴力は!? ギュッと詰まった牛肉と豚肉の完璧な黄金比! 噛めば噛むほどジュワァァッと溢れ出す旨味の奔流! そしてこの『めろんそーだ』なる緑の霊薬! 舌の上でパチパチと弾ける甘美な刺激……ッ! ああ、三百年前にこんな美食があれば、わたくし吸血鬼になんてなりませんでしたわ!! 美味しい! 美味しゅうございますわぁっ!!」
モグモグ、モグモグ!
両頬をリスのように限界まで膨らませ、幸せそうにハンバーグを頬張る吸血鬼の女王。
それは奇しくも、持子が『董卓』として覚醒し、現代日本のジャンクフードの美味さに衝撃を受けたあの時と全く同じ、純粋で無垢なリアクションだった。
憎たらしい高飛車な吸血鬼の面影はゼロ。ただひたすらに、美味しそうにご飯を食べる金髪の超絶美少女がそこにいた。
「…………」
「…………」
「…………」
持子、鮎、美羽の三人は、無言でルージュを見つめていた。
(……可愛い。そして、なまらそそる)
ゴクリ。
持子の喉が、大きく鳴った。
実は最近、持子はモデルの仕事と合気武道の新入部員指導、鮎は大学とタレント業、美羽は歌手活動と楓のしごき……と、三人とも限界までスケジュールが詰まっており、夜の甘い営み(エッチ)をすっかりご無沙汰していたのだ。
ただでさえ欲求不満が溜まりまくってムラムラ状態だったところに、森と千手の情事を見せつけられ、さらに今目の前には、無防備で幸せそうにモグモグしている極上の金髪美女(新しいドレス着用)がいる。
「……なぁ、鮎、美羽」
「はい……持子様。私、なんだか急に喉が渇いてきました……」
「奇遇ですね鮎先輩……。私、あの子の新しいドレス、ビリビリに破いて泣かせたくなってきましたぁ……」
「うむ。わしもだ。あの膨らんだほっぺたを指でツンツンして、そのままベッドの上で美味しくいただきたい気分だぞ」
ジリッ……。
三人の瞳に、完全に『捕食者』のギラギラとした妖しい光が灯る。
「ひ、ひぃっ!?」
ビクゥッ! と肩を震わせ、異常な殺気(性的な意味で)を感じ取ったルージュがハンバーグの手を止めた。
「な、なんでございますか皆様! なぜそんな、飢えた狼のような目でわたくしを見つめるのですか!? わ、わたくしは食べ物ではありませんわよ!?」
「ふははっ。案ずるなルージュ。少しだけ、わしらの『鬱憤晴らし』に付き合ってもらうだけだ」
「じゅるり……。持子様、私がルージュのドレスを脱がせますね♡」
「私はホテルを予約しますぅ!」
「いやあああぁぁぁッ!! 誰か助けてえええぇぇッ!!」
貞操の危機を感じたルージュは、涙目で必死に夜の空気をクンクンと嗅ぎ回った。
彼女の『魔力レーダー』が、起死回生の一手となる異変をスキャンする。
ピコォォォンッ!!
「あ、あちら! あちらにございます!!」
ルージュはバンッ! とテーブルを叩き、港区の方向をビシッと指差した。
「芝公園の方角から、とんでもなくヤバい魔力の奔流を感じますわ! ただの悪魔や妖ではありません! 何やら途方もなく巨大で古臭い霊力が、別の凄まじい呪力と正面衝突しております!」
「ほう?」
「詳しい結界の構造とかは分かりませんが、とにかくメチャクチャやばい事態ですわ! 今すぐ行かないと、東京が爆発して消し飛びますのよ!!」
ルージュの必死すぎる報告(と悲鳴)に、持子たち三人はピタリと動きを止めた。
「東京が消し飛ぶ、か」
「持子様。……どうやら、もっと殴り甲斐のある『サンドバッグ』が見つかったようですね」
「ええい、欲求不満の矛先を向けるにはちょうどいいですぅ! そいつらをボコボコにして、スッキリしてからホテルに行きましょう!」
持子はニヤリと凶悪な魔王の笑みを浮かべ、バキボキと拳を鳴らした。
「よし! わしの庭でメチャクチャやっている輩に、極上の八つ当たりをしてやる! 出陣だ!!」
「は、はいぃぃっ……!(たすかった……)」
ギリギリで貞操を守り抜いたルージュを連れ、四人はファミレスの駐車場へと急いだ。
そこに停まっていたのは、ピカピカに磨き上げられた真っ赤なSUV――マツダの新型CX-5だった。
「おお、これが鮎の新車か。なかなか強そうな車ではないか」
「えへへ! ルージュが『絶対に情熱の赤がいいですわ!』ってうるさかったので、特別にこの色にしてあげたんですよ」
「当然ですわ! 魔王軍の出陣にふさわしい、最高にエレガントな色にございます!」
ふんぞり返るルージュを助手席に押し込み、後部座席に持子と美羽が乗り込む。
欲求不満でムラムラ&イライラが最高潮に達した最凶の四人組は、ブロロロロォォッ! と赤い新型CX-5のエンジンを唸らせ、未知のヤバい魔力が渦巻く芝公園へと向かって出撃したのだった。
あんな大事になるとは思わなかったよ。




