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『本物だけが立っている』

結論から言おう。

怒涛の新入生歓迎会から一週間後。

あれほどひしめき合っていた合気武道部の道場に残っていた新入部員は、わずか『10人』にまで激減していた。


「うぅぅ……っ。なぜだ……! なぜ皆、辞めてしまうのだ……っ!」


放課後の道場。

持子は畳の上に突っ伏し、ボロボロと大粒の涙をこぼしていた。

その隣では、主将の千手と森も、タオルに顔を埋めて肩を震わせて泣いている。


「私たち、あんなに優しく……懇切丁寧に教えたのに……っ!」


「手取り足取り、怪我しないように気をつけてたのに……どうして……っ!」


三人の悲痛な泣き声が、ガランとした道場に空しく響き渡る。

彼らは誓って、鬼のシゴキなどしていない。初日に持子が戦慄した『素振り千回』『四股千回』のような地獄のメニューは一切封印し、本当に、本当に優しく基礎の基礎から教えたつもりだったのだ。

だが、ダメだった。

どれだけ優しく教えようとも、実戦を想定した『合気武道』の稽古は、普通の運動部や同好会に比べれば遥かにハードなものだったらしい。

さらに持子たちを絶望させたのは、辞めていった30人の元・新入部員たちの「その後」である。


「あははっ! やっぱり合気道は楽しいねー!」


「ねー! 和気藹々(わきあいあい)としてて最高! 汗もそんなにかかないし!」


なんと彼らは、隣の道場で活動している普通の『合気道部』にこぞって移籍し、ヘラヘラと笑いながら平和な青春を謳歌していたのだ。


「……わしの色仕掛け(ハニートラップ)で興味を持たせ、釣ることはできても……結局、キツい稽古に耐える根性までは植え付けられなかったということか……っ!」


持子はギリッと唇を噛み締め、己の浅はかな軍略を呪った。

どうすればいいのか、さっぱりわからない。このままでは、残った10人もいずれ隣の楽しそうな合気道部へ流れてしまうかもしれない。


「……なぁ、千手、森よ」


持子は涙をごしごしと乱暴に拭い、バッと顔を上げた。

その黄金の瞳には、かつてないほど真剣な光が宿っている。


「わしは間違っておった。人数を集めるためにへりくだり、手心を加えるなど、武を志す者の覇道ではない」


「持子……?」


「本気の稽古をして……それで最後まで残った奴こそが、『本物』なんじゃないか? わしらと肩を並べる、本当の仲間になる奴なんじゃないか?」

持子の提案に、部室の空気がピンと張り詰めた。


「で、でも……本気の稽古なんてしたら、今残ってる10人も、全員逃げ出しちゃうかもしれないよ……?」


主将である千手は、せっかく集まった部員を失う恐怖から、不安げに眉をひそめる。

だが、その千手の肩を、森が力強くポンと叩いた。


「いや、千手。持子の言う通りだ。それでいい」


「森くん……」


「隣の合気道部みたいに、和気藹々と楽しむだけの部活にしたいなら、俺たちは同好会のままでよかったんだ。俺たちが欲しいのは、ただの数合わせじゃない。一緒に強くなれる『仲間』だろ?」


森の熱い言葉に、千手はハッと目を見開き、そして……力強くコクリと頷いた。


「……うんっ! わかった。やろう、私たちの『本気』の稽古!」


腹は決まった。


その日の稽古から、持子たち三人は甘えを一切捨てた。

もちろん理不尽なしごきはしない。だが、自分たちが日々こなしている『いつもの稽古』の厳しさを、容赦なく新入部員たちに叩きつけたのだ。


「甘いぞ! 足腰の踏ん張りが足りん! もう十本!!」


「は、はいぃぃっ……!!」


結果。

稽古が終わる頃には、残っていた10人の新入部員は全員、生まれたての小鹿のように足をガクガクと震わせ、畳の上にバタバタと倒れ伏してしまった。


(……やりすぎたか。これは、明日は誰も来ないかもしれんな)


持子も千手も森も、倒れた彼らを見つめながら、内心で半分諦めかけていた。


***


そして、次の日の放課後。

持子たち三人が、静まり返った道場で掃除をしながら待っていると。

ガラッ。

重い道場の引き戸が開き、五つの影がドカドカと足を引き摺りながら入ってきた。


「「「……ちわぁっす……!」」」


そこに立っていたのは、全身筋肉痛でロボットのような動きになりながらも、決して逃げ出さずに道場へ戻ってきた『5人』の姿だった。

阿部あべ――女子、芸能科。

かど――男子、一般科。

佐藤さとう――男子、一般科。

高橋たかはし――男子、芸能科。

南原なんばら――女子、芸能科。

全員、今年入学してきたピカピカの一年生である。

彼らの顔には疲労の色が濃く滲んでいたが、その瞳の奥には、隣の合気道部でヘラヘラ笑っている連中にはない、確かな『武への熱』と『折れない根性』がギラギラと燃えていた。


「お前ら……っ!」


千手と森が、信じられないという顔でパァッと表情を輝かせる。

持子は、腕を組んだまま、フッと傲岸不遜な、しかし最高に嬉しそうな笑みを浮かべた。


(ふははっ。見ろ、千手、森よ。わしの言った通りではないか)


40人から始まり、10人に減り、そして最後に残った、この5人の馬鹿正直で真っ直ぐな一年生たち。


(こいつらは……間違いなく、わしらの『仲間』になるぞ)


極黒の魔王の心に、確かな手応えが宿る。

甘っちょろい勧誘から始まった新入生騒動は終わりを告げ、ここから本当の意味での『合気武道部』の、熱く泥臭い覇道がスタートしたのである。


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