表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

116/177

凱旋門は笑っていた 〜九百キロの果て、魔王はバゲットを掲げる〜

第二十一章:約束の地、パリ。そしてバゲットと魔王の帰還


翌朝。

フランスの冷たい朝焼けが、露に濡れた大衆車の窓ガラスを照らし出していた。


「……あ、あだだだだっ……首が……腰が……っ」


後部座席で丸まっていた持子が、軋む体を無理やり起こす。

寝袋で快適な睡眠をとった雪と、防寒対策バッチリの鮎が爽やかに目覚める中、持子だけは薄いジャージ姿のまま極寒の夜を耐え抜いていた。その顔はげっそりとやつれ、目の下にはくっきりと隈ができ、手には凶器のように硬い「食べかけのバゲット」が大事そうに握りしめられている。


「おはよう、タレント陣。さあ、いよいよ最終日よ」


雪が容赦なくカメラの照明を持子の顔面に当てる。


「眩しいっ……! 悪魔め……。わしは、わしは一睡もできなかったのだぞ……っ」


そこへ、足元の影から「スッ……」とエティエンヌが這い出してきた。

闇の部屋マイルームでふかふかのベッドを満喫した絶世の金髪美女は、肌ツヤも最高潮でウインクを決める。


「おはよう、愛しの持子。お前の苦悶に満ちた寝顔と寝言、影の中からたっぷりと堪能させてもらったぞ。さあ、今日も私を罵りながら、共に地獄を走ろうではないか!」


「おのれ変態吸血鬼……っ! 貴様だけは絶対に許さん……ッ!」


持子がバゲットを振り回して威嚇するが、体力はすでに限界だった。ちなみに、影の奥底ではルージュは爆睡していた。

車は再び走り出し、ついに花の都・パリの市街地へと突入した。


「さあ、見えてきたわよ! 前方、シャルル・ド・ゴール広場!」


助手席の雪が指差す先、放射状に広がる大通りの中心に、巨大で荘厳な石造りの建造物が姿を現した。


「おおっ……あれが……!」


「タレント陣、いよいよゴールよ! エティエンヌ、あの魔のラウンドアバウト(環状交差点)に突入しなさい!」


パリ名物、凱旋門を囲む悪名高きロータリー交差点。車線がなく、無数の車が入り乱れるそのカオスな空間に、エティエンヌは恍惚の笑みを浮かべてマニュアル車のアクセルを踏み込んだ。


「ふふふっ! ぶつかるかもしれない恐怖! 鳴り響くクラクション! ああ、たまらないスリルだ!」


「ギャアアアアッ! ミスター、危ない! 右からベンツが来とる! ぶつかるゥゥッ!!」


「もっとだ! もっと私を運転手ミスターと呼んで怒鳴りつけてくれぇぇっ!」


パリジャンたちの荒々しい運転と、ドM吸血鬼の狂気のドライブテクニックが交差する中、後部座席の持子は生きた心地がしないまま絶叫を上げ続けた。

そして――。


「はい、ストップ! 到着!」


雪の合図とともに、車は凱旋門のすぐ近くの路肩に停車した。


「……終わった。ついに、終わったのだ……」


ガチャリ、と重い車のドアが開く。

持子は力なくアスファルトの上に足をつき、這い出るようにして外へ出た。

南仏から始まった、九百キロに及ぶ下道縦断の旅。その結末である。

春の柔らかな日差しの中、荘厳にそびえ立つエトワール凱旋門。

観光客たちが優雅に写真を撮るその傍らで、シワシワのジャージを着た極黒の魔王は、ボロボロのバゲットを片手に立ち尽くしていた。


「持子様、ゴールです! 凱旋門ですよ!」


カメラ(鮎)が持子の顔にズームインする。


「ああ……あああ……っ」


持子の黄金の瞳から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。

それは、パリの美しさに感動した涙ではない。極限の苦行から解放された安堵と、謎の達成感が入り混じった、狂気の涙であった。

持子は天を仰ぎ、硬いバゲットを聖杯のように高く掲げた。


「ありがとう……神(大泉洋)よ……。わしは、貴方々の歩んだ覇道どうでしょうの過酷さを、この身で知ることができた……」


涙声で譫語うわごとのように呟く魔王。


「いつか必ず……北海道の地へ赴き、HTBの聖地を巡礼しよう……。ナムナム……っ!」


完全に間違った方向への悟りを開き、極東のローカル番組を讃えてむせび泣く持子。

その姿を無言で撮影し終えると、雪はパンパンと手を叩き、労いの言葉をかけた。


「はい、カット! 撮影終了。お疲れ様、持子」


「ゆ、雪ぃ……。これから、どうなるのだ? わしはもう、一歩も歩けんぞ……」


持子が涙目で雪を見上げる。その姿は、天下無双の魔王というより、ただの迷子の子猫のようだった。

雪はふっと、プロデューサーの冷徹な仮面を外し、保護者のような優しい微笑みを浮かべた。


「ええ、よく頑張ったわね。リュクス・アンペリアルの仕事はもう全部終わってるし、このままシャルル・ド・ゴール空港に向かうわよ。もう帰りのプライベートジェットの手配は済ませてあるわ」


「ほ、本当か……!? もう帰っていいのか!?」


「ええ。飛行機の中には、フルフラットのふかふかなベッドも、温かいオムレツも用意してあるわ。日本に帰るまで、ゆっくりお休み」


「雪ぃぃぃぃっ! お前はやっぱり、至高の推しだぁぁぁっ!!」


持子は感極まり、カチカチのバゲットを握りしめたまま、雪に飛びついた。


***


数時間後――。

フランスの空の玄関口、シャルル・ド・ゴール空港。国家元首すら滅多に使用しない最上級のVIP専用ターミナルは、異様な静寂に包まれていた。


「すぅ……すぅ……大泉洋……ナムナム……」


広大なラウンジのソファで、持子はジャージ姿のまま、カチカチのバゲットを抱きしめて泥のように眠りに落ちている。

至高の推しが完全に夢の世界へ旅立ったのを確認した瞬間――その場を支配していたコミカルな空気が、一瞬にして絶対零度の冷気へと変貌した。


「……よくお眠りだ。我らが至高の王は」


ラウンジの入り口から、足音一つ立てずに現れたのはエレーヌ・リジュ。

彼女の背後には、一切の感情を消した数十人の重武装の黒服たちが控えている。このVIPターミナルのみならず、滑走路の一つをまるごとリュクス・アンペリアルの財力で「買い取り」、完全に封鎖していたのだ。国家の法すら超越する、欧州経済の真の女帝たる圧倒的な権力である。


「ええ。限界まで酷使したからね。……で、エティエンヌ。あんたはどうするの?」


雪が、グラスのシャンパンを揺らしながら冷徹な瞳で問いかけた。


「私はここに残る。……片付けねばならない『血の宿題』が山積みでね」


絶世の金髪美女の姿をしたエティエンヌが、ふっと目を細める。その瞬間、彼女の全身から溢れ出したのは、変態的なドM吸血鬼のそれではない。五百年の長きにわたり欧州の闇を支配してきた、「真祖」としての禍々しくも濃密な死の気配だった。


「ルージュが鮎(持子)の影に落ちたことで、パリの地下迷宮カタコンベの王座が空いた。すでに下等な吸血鬼や人狼どもが、縄張りを巡って血みどろの抗争を始めている」


エティエンヌは自身の赤い唇をなぞり、冷酷に微笑んだ。


「加えて、私が『女』になったという事実。裏社会の秩序は今、完全に崩壊し、私に対する反逆の狼煙が各地で上がっている。……全く、愚かな子供たちだ。この私が、誰のために姿を変えたと思っているのか」


彼女の言葉は静かだったが、そこには逆らう者すべてを物理的に殲滅し、ヨーロッパの闇を力と恐怖で再統一するという、血塗られた粛清の宣告が込められていた。数万の魔の眷属を束ねる頂点としての、底知れぬ凄みがラウンジを制圧する。


「表の経済と情報統制は、我が『リュクス』がすべて掌握します」


リジュが一歩前に出た。彼女の瞳にもまた、かつて三国志の時代に大陸を恐怖で震え上がらせた、冷徹な軍師(李儒)の光が宿っている。


「エティエンヌ、貴女が裏社会を粛清する間のカヴァーは私が引き受けましょう。新しい身分、戸籍、そして貴女が女帝として表舞台に立つための完璧な舞台……すべて手配済みです」


欧州経済の頂点に君臨する女帝と、欧州の闇を支配する真祖の吸血鬼。

世界を裏から操る二人の怪物が、持子という絶対的な核を前に、完全に手を結んだ瞬間だった。


「……いいこと? あんたたち」


二人の怪物を前にしても、日本の敏腕プロデューサーである雪は全く臆することなく、冷ややかな声で告げた。


「あんたたちがヨーロッパでどれだけ暴れようが勝手だけど、持子の覇道に泥を塗るような真似は一切許さないわ。いい?」


「無論です、マドモアゼル・タチバナ。すべては、我らが王のために」


「ふふっ……言われるまでもない。私のこの身も、魂も、そしてヨーロッパの闇すべてが、持子の靴の裏を舐めるために存在しているのだから」


リジュの巨大な財力と知略。

エティエンヌの絶対的な暴力と魔力。

そして、持子の手綱を握る雪のプロデュース力。

ここに、表社会と裏社会の理すら捻じ曲げる、最強にして最凶の『持子推し連合』が静かに、そして強固に産声を上げたのである。


「さて、それじゃあ私たちは帰るわ。……鮎、持子を運んで」


「はい、雪さん!」


数時間後。

日本へ向けてパリの空を飛ぶプライベートジェットの機内。

そこには、最高級のフルフラットベッドに潜り込み、よだれを垂らしながら爆睡する魔王・持子の姿があった。その胸元には、なぜか捨てずに持ち込んだ『カチカチのバゲット』が、まるで聖遺物のように大切に抱き抱えられている。

ヨーロッパ全土を震撼させるほどの恐ろしい密約が交わされていたことなど露知らず、持子はふかふかのベッドの感触と、夢の中の大泉洋の笑顔に包まれながら、日本への帰路につくのであった。


やっとここまで終わった。

持子版水曜どうでしょう。

最初に書いたときは10話を超えていた。

自分では、もしくは重度のファンは喜ぶかもしれないけど、殆どはひくなと思い削除( ; ; )


おー前にも同じことを書いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ