番外編:影の密室と、三百年の愛憎バトル 〜正直者と真紅の告白〜
番外編:影の密室と、三百年の愛憎バトル 〜正直者と真紅の告白〜
事は終わった。
影のマイルームに漂う濃厚な魔力と、指先で交じり合った二人の血の香りが、戦いの激しさを物語っていた。
ベッドの上で乱れた真紅のドレスを整え、ルージュは勝ち誇った笑みを浮かべてエティエンヌを見下ろした。その頬はまだ熱を帯び、瞳は征服感に濡れている。
「ふふ……ふふふっ! 見ましたこと、エティエンヌ様。これが今の、わたくしの力に御座りますわ! 三百年前の、ただ貴方に傅くだけの下僕だと思ったら大間違いですのよ!」
「……はは、まいったな。完敗だよ、ヴィクトリア」
エティエンヌは金髪を乱したまま、仰向けで力なく笑った。真祖としてのプライドはどこへやら、その表情には憑き物が落ちたような清々しさが漂っている。
「左様ですわ! 今やわたくしの方が上! 貴方はわたくしの手の平で転がされる、ただの『愛玩物』に成り下がったのですわ! もう、貴方の言いなりになど……貴方の下僕になど、死んでも戻りませんわ!!」
ルージュは精一杯の虚勢を張り、エティエンヌから顔を背けた。三百年の孤独と、さきほどの情愛の余韻。彼女の心の中は、怒りと喜びが混ざり合い、ぐちゃぐちゃになっていた。そんな彼女に、エティエンヌはふと思い出したように口を開いた。
「……そういえばさ。お前が地下墓所から消えたって聞いた時、私は気が気じゃなかったんだぜ? お前を連れ戻すためだけに、私はあの中へ踏み込んで……結局、持子様たちのところまで追いかける羽目になったんだからな」
「……え?」
ルージュが驚きに目を見開く。エティエンヌがこの旅に加わったのは、単なる気まぐれではなく、自分を連れ戻そうと必死に探した結果だったというのか。
「お前がいない世界なんて、退屈すぎて死んじゃうからね。……でも、一つだけ言わせて。連れ戻そうと思って追いかけた先にいた持子様は……あの方は、本当に最高だった」
「……ちょっと、エティエンヌ様? 今、良い話の途中で御座いませんでしたか?」
ルージュが嫌な予感を抱いて眉を潜めるが、エティエンヌの勢いは止まらない。
「正直に言うよ。持子様はこの世で一番だ! 宇宙一の魔王様だよ。あの圧倒的なカリスマ、冷徹な美しさ……私のドMな魂をここまで震わせたのは、あの方だけなんだ。ヴィクトリア、お前のことも愛してるけど、持子様は私の『神』なんだよ!」
一点の曇りもない、清々しいほどの「正直者」の告白だった。
「……呆れて、怒る気も失せましたわ。わたくしが三百年かけて温めてきた情念を、ものの数秒で、その……『変態の理屈』で踏みにじるとは」
ルージュは冷ややかな目でエティエンヌを突き放そうとした。だが、その時。
「……そっか。本当、強くなったんだな、お前」
ふわり、と。
背後から、エティエンヌの長い腕がルージュの細い腰を包み込んだ。
女体化したエティエンヌの、柔らかくもどこか力強い体温が背中に伝わる。
「なっ……ななな、何をなさいますの!? 離しなさいませ! 敗北者が勝者に気安く触れるなど、無礼千万に御座りますわよ!?」
ルージュは顔を真っ赤にして暴れた。今の自分は誇り高き勝利者。もはや彼の言いなりになる下僕ではないと言い放とうとするが――。
「いいだろ、これくらい。……三百年も待たせた、私なりの『謝罪の続き』だよ。お前が私の下僕じゃないって言うなら、それでいい。これからは対等な、新しい関係になろう。……でも、これだけは言わせてくれ。ヴィクトリア、お前を一人にして、本当に悪かった」
「っ……!!」
その言葉は、ルージュが三百年間、一番欲しかった言葉だった。
もう、虚勢を維持する魔法は解けてしまった。
ルージュは暴れるのをやめ、エティエンヌの腕の中で、しおしおと肩を落とした。
「……ずるいですわ、エティエンヌ。……わたくしが、貴方を恨んでいるとでも? いいえ、恨み切れるはずなど御座いません。これほど酷い目に遭わされて……」
ルージュはくるりとエティエンヌの腕の中で振り返り、その豊かな胸に顔を埋めた。
「……それでも、それでも……貴方を、愛しゅう御座いますの。……三百年、ずっと。……今も、これからも」
「……ああ。知ってるよ。私もだ、ヴィクトリア」
エティエンヌは愛おしそうにルージュの背中を撫で、二人は影の密室で静かに抱きしめ合った。
元夫と元妻。正直すぎる変態真祖と、意地っ張りな女王。
三百年の愛憎は、ようやく穏やかな「恋」へと着地したのである。
数分後。
「……で、でも! 外では絶対に馴れ馴れしくしないでくださいませね!? 鮎殿や持子様に変な目で見られたら、わたくし、恥ずか死んでしまいますわ!」
「はいはい、分かってるって。……でもお前、さっきの『デレ』、録音しておきたかったなぁ」
「なっ、なんですってぇぇぇっ!? 矢張り貴方は下道に御座りますわぁぁっ!!」




