賽の目と極寒の車中泊、そして極東の神への祈り
第二十章:賽の目と極寒の車中泊、そして極東の神への祈り
田園風景が延々と続くフランスの下道を走り続け、時刻は正午を回った。
「はい、ストップ。お昼にするわよ」
助手席の雪の一声で、エティエンヌは道端の空き地に車を停めた。
「おおっ! ついに飯か!」
後部座席で虚無の表情を浮かべていた持子が、パッと顔を輝かせる。しかし、振り返った藤村Dこと雪の手には、見慣れないサイコロが握られていた。
「デデン!」
雪が自ら効果音を口走りながら、フリップを掲げる。
「これより昼食のメニューを決定するわ。1と2は『星付きレストラン並みの豪華な食事』、3は『普通の定食』、4は『お菓子』、5は『カチカチのフランスパン』、そして6は『水のみ』よ」
「……は? なんでメシを食うのに運否天賦を強いられねばならんのだ!」
「文句言わない! あんたが愛した『どうでしょう』の魂でしょうが! ほら、まずは私からね。……えいっ」
コロコロ……ピタッ。
「あら、1ね。豪華な食事ゲット」
「うふふ、私も振りますね!……あ、2です! 雪さんと同じ豪華な食事です!」
雪と鮎が歓喜のハイタッチを交わす。
「チッ……まあよい。次はわしの番だ! 魔王の覇気と豪運、とくと見よ! てぇいっ!」
持子が気合と共に投げたサイコロが、カランと音を立てて転がる。
「……5」
雪が冷酷に結果を読み上げた。
「ということで、持子の昼食はこれね」
渡されたのは、鈍器にできそうなほどカッチカチのフランスパン一本だった。
「硬っ!? なんだこの岩石は! 歯が欠けるわ!」
「ちなみにエティエンヌは4の『お菓子』よ」
「ふふっ……愛しの持子と同じ飢えを共有できるとは、マカロン一つでも至上の味わいだ……」
「お前は黙っとれ変態吸血鬼!」
雪と鮎がどこからか調達してきた極上のフレンチボックスをつついている横で、持子は涙目で岩のようなバゲットをかじり続けた。
そして、悲劇は夕食時にも繰り返された。
「デデン! 夕食のサイコロターイム!」
「おおおのれ雪ぃ! 今度こそ、今度こそわしは……っ!!」
コロコロ……ピタッ。
「……5。持子、またカチカチのフランスパンね」
「嫌だぁぁぁぁっ! もう顎が限界なのだぁぁぁぁっ!!」
雪と鮎は再び豪華なディナーを引き当て、エティエンヌもまたお菓子。魔王だけが一人、暗い車内でバゲットと格闘する羽目になった。
夜も更け、本日の移動は終了。いよいよ車中泊の時間がやってきた。
四月のフランスを舐めてはいけない。夜になれば気温は一桁台まで冷え込み、底冷えする寒さが襲ってくる。
「じゃあ、私たちは寝るわよ。エティエンヌ、あんたはどうするの?」
「私はルージュの影の部屋で休ませてもらおう。あそこならベッドもあって快適だからな」
「なっ!? ずるいぞエティエンヌ! わしもその影の中に入れろ!」
持子がすかさず抗議するが、エティエンヌはうっとりとした表情で首を横に振った。
「ダメだ、持子。これは『企画』なのだ。お前が苦しむ姿を見届けることこそ、私の愛の形……! さあ、存分に後悔と寒さに震えるがいい!」
言うが早いか、エティエンヌは足元の影にズルリと沈み込み、快適な闇の部屋へと消えていった。
残されたのは、狭い大衆車に取り残された人間(?)三人。
エンジンを切った車内は、みるみるうちに冷凍庫のように冷え込んでいく。雪は寝袋にくるまり、鮎も防寒具をしっかり着込んですでにスヤスヤと眠りについている。
「さっ、寒いいいい……っ! なんでわしがこんな目に……っ!」
持子は薄いジャージ姿のまま、後部座席でガタガタと震えていた。
丸まって膝を抱え、ひどく後悔の念に苛まれる。己の気まぐれでこんな地獄の企画を提案してしまった自分を呪った。
極寒と空腹、そして車中泊による全身の痛み。
極限状態に追い込まれた持子の口から、不意に譫語が漏れ始めた。
「あぁ……大泉洋……。ミスター……」
焦点の合わない目で、暗い車の天井を見つめる持子。
「彼らは、この地獄を幾度も乗り越えてきたのだな……。カブでベトナムを縦断し、オーロラを見るためにキャンピングカーでアラスカを走り……。それに比べれば、わしのこの苦しみなど、ちっぽけなものだ……」
持子はブルブルと震えながらも、その目に狂信的な光を宿していく。
「素晴らしい……。なんと素晴らしい精神力か……。大泉洋こそ、真の男……いや、真の『神』だ。ああ、北海道……極東の試される大地が生んだ奇跡よ……。いつか、いつかわしも……HTBの社屋を巡礼せねば……。ナムナム……」
極寒のフランスの夜。
魔王・恋問持子は、完全に大泉洋を神格化し、北の大地への愛をうわ言のように唱え続ける狂信者へと成り果てていた。
本当は、このどうでしょうのフランス編は10話こえの長編ストーリーでした。
ルージュには安田さん役で牛乳一気飲みや、色々な事件をやってもらってましたが、途中でこれは誰も読まないな・・・・・っとなり、読み飛ばしてもいいくらいにしました。




