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恋の詰み筋

第十四章:包帯の真祖と、性癖という絶対の真理


南仏の眩い太陽と青い海をバックにした『リュクス・アンペリアル』の撮影は、五日目を迎えていた。

スケジュールもいよいよ大詰め。持子たちも長かった南仏での日々に慣れ、撮影の合間にはジェラートを食べ歩き、最高級のシーフードを堪能するなど、バカンスの側面もしっかりと満喫していた。


「ふははっ! この『ぶいやべーす』は何度食っても美味いな! 鮎、お代わりだ!」


「はいっ、持子様! お鍋ごとどうぞ!」


その日の夜も、スイートルームのダイニングテーブルには豪華な料理が並び、持子の規格外の胃袋に次々と吸い込まれていく。

だが、その平和なディナータイムに、もはや「恒例行事」と化した招かれざる客がやってきた。

スゥッ……。

開け放たれたバルコニーの窓から、フラフラとした覚束ない足取りで、一人の男が姿を現したのだ。


「……また来たの。本当に懲りないわね、あんたも」


雪がナイフとフォークを置き、呆れ果てたようにため息をつく。


「出ましたね、究極のドM変態吸血鬼! 今日は粗塩だけでなく、特製の激辛タバスコも用意してありますよ!」


鮎が身構え、影の中のルージュは『あぁ……かつて誇り高かった元・夫の見る影もないお姿……』と、両手で顔を覆って現実逃避を始めた。

バルコニーから室内へと入ってきたのは、エティエンヌ・ド・ロシュフォール=ノクティスだった。

しかし、その姿はかつての「夜の王子」のごときスマートなものではない。

昨夜、持子の『合気武道』と極黒の魔力を込めた打撃によって全身の骨を砕かれ、高級ホテルの壁に深々とめり込まされた結果――現在の彼は、頭から足の先まで『真っ白な包帯でぐるぐる巻き』にされた、ミイラ男のような痛々しい姿になっていたのだ。

本来なら一瞬で傷を治せる真祖の回復力をもってしても、魔王の純粋な魔力と物理の破壊力は、一朝一夕で治るものではなかったらしい。


「持子……。私の、美しき女王……っ」


エティエンヌは、包帯の隙間から覗く赤い瞳を熱に浮かされたように潤ませ、ズリズリと持子に這い寄ってきた。


「……なまら鬱陶しいな。昨夜、二度と来るなと窓から投げ捨ててやっただろうが」


持子は食事の手を止めず、心底面倒くさそうにジロリと睨みつけた。

その冷酷な視線を浴びた瞬間、エティエンヌはビクンッ! と体を震わせ、恍惚とした吐息を漏らした。


「あ、ああぁ……っ。その冷たく見下すような視線……。体が砕けてもなお、君のその瞳に見つめられるだけで、私の魂は歓喜に打ち震えるのだ……っ!」


「……鮎。やっぱりこいつ、頭がおかしいぞ。さっさと捨てろ」


「はいっ、持子様! 汚物として処理します!」


鮎がエティエンヌの包帯の襟首を掴もうとした、その時。

エティエンヌは悲痛な叫びを上げ、這いつくばったまま持子に向かって手を伸ばした。


「ま、待ってくれ! なぜだ、持子……! なぜ君は、これほどまでに私を拒絶するのだ!」


「は?」


「私は真祖だ! 永遠の命と、莫大な富、そしてこの美しい容姿を持っている! 昨夜のように私を痛めつけるのも君の自由だ、すべてを受け入れよう! なのに……なぜ、私を君の伴侶として、あるいは愛の奴隷として迎えてはくれないのだ……ッ!」


血の涙を流さんばかりの勢いで、包帯姿の真祖が悲痛な想いを訴える。

そのあまりにも必死な(そして歪んだ)愛の告白に対し、持子は呆れ顔でフォークをカチャリと皿に置いた。

そして、腕を組み、深くため息をついてから、最も残酷で、最も根本的な『真実』を告げた。


「貴様、顔はいいが……根本的に間違っておるぞ」


「こ、根本的に……?」


「ああ」


持子は、ふんぞり返って自身の豊かな胸を張り、傲岸不遜な笑みを浮かべた。


「わしの『中身』は、かつて乱世を暴力で支配した魔王……『男(董卓)』だ」


「…………え?」


エティエンヌの動きが、ピタリと止まった。


「この肉体は確かに絶世の美女のものだがな、魂の根源は生粋の『オス』なのだ! ゆえに、男に抱かれる趣味など、微塵もないわ!」


「お、とこ……?」


「そうだ! わしが抱き、愛でて、寵愛を与えるのは……鮎や雪のような『美しい女』だけだ! 貴様のようにキザで、無駄に顔のいい男になど、一ミリも興味はないわ!!」


断言。


それは、どれほどの富や永遠の命を提示しようとも、決して覆ることのない『性癖という絶対の真理』だった。


「お、男だから……無理……?」


エティエンヌは、包帯の下でパクパクと口を動かし、雷に打たれたように固まった。

彼がこれまで五百年間、どれほど女を魅了し、抱いてきたか。その絶対的な自信の源である「男としての魅力」そのものが、持子にとっては『最大のマイナスポイント(拒絶理由)』だったのだ。


「ふはははっ! 理解したか、吸血鬼! 貴様がどれほどわしに付きまとおうとも、男である時点でアウトなのだ! さっさと諦めて、自分の城に帰って寝るがいい!」


持子の容赦のないトドメの宣告が、スイートルームに響き渡る。


「…………っ」


エティエンヌは、ガクリと肩を落とし、大理石の床に力なく両手をついた。

これまでの暴力や拒絶とは違う、どう足掻いても覆せない「性別の壁」。

あまりのショックに、彼は一言も発することができず、ただフラフラと立ち上がると、亡霊のようにバルコニーへと向かって歩き出した。


「おや、珍しく大人しく引き下がりましたね」


鮎が不思議そうに首を傾げる。


「ふん。やっと己の無謀さを悟ったか。これで今夜からは静かに眠れそうだな」


持子もやれやれと肩をすくめ、再び食事へと戻った。

しかし。

彼らは気づいていなかった。

バルコニーから夜の闇へと溶けていくエティエンヌの、包帯の下に隠された赤い瞳が、絶望ではなく、ある『狂気じみた閃き』によってギラギラと怪しく光っていたことに。


(そうか……そういうことだったのか)


夜空を飛びながら、エティエンヌは自身の城へと向かって一直線に急いだ。


(持子が私を拒絶していたのは、私の愛が足りなかったからではない! 私が『男』だったからだ!)


彼の中で、点と点が結びつき、最悪の化学反応を起こしていた。


(ならば……答えは一つ。私が『女』になれば、彼女は私を受け入れてくれるということ……!!)


吸血鬼の真祖たる彼には、長い年月の中で収集した数々の禁断の魔術と、秘伝のアイテムが存在する。

その中には、己の肉体構造すらも作り変えてしまう、恐るべき秘薬も眠っているのだ。


(待っていてくれ、私の女王……! 次こそ、完璧な姿で君の愛を手に入れてみせる……ッ!)


南仏の空に、真祖の吸血鬼の不気味な笑い声が静かに響いた。

そして翌日。持子の華麗なるバカンスは、思わぬ形での『最大の貞操の危機』を迎えることになるのである。


ほっんとーにキャラクターって暴走します。

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