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南仏の太陽と、完璧なる保護者同盟

第四章:南仏の太陽と、完璧なる保護者同盟


コート・ダジュールの眩い太陽と、サファイアブルーの地中海。最高級リゾートのプライベートビーチで、『リュクス・アンペリアル』の夏向け新作コレクションの撮影は極めて順調に進んでいた。

現場を取り仕切るのは、スノーの社長・立花雪と、リュクスの若き女帝エレーヌ・リジュの二人。互いの知性と意図を完璧に理解し合う二人は、阿吽の呼吸で現場を支配していた。監督が「こんな光が欲しい」「こういうアングルで」と指示を出すよりも早く、二人は的確にスタッフを動かし、最高の環境を先回りして作り上げていく。

その完璧に整えられたステージの上で、恋問持子もまた、極黒の魔王たる圧倒的なカリスマ性とプロポーションで、神々しいまでの美しさを発揮し、完璧にモデルをこなしていた。


「素晴らしい……! Magnifiqueマニフィークだ、マドモアゼル・コイトイ!」


巨匠監督のシャッター音が、波の音に混じって絶え間なく鳴り響く。

透き通るような白磁の肌が地中海の太陽を照り返し、極限まで布地を削ぎ落とした漆黒のサマードレスが、持子の完璧な黄金比ゴールデンバランスの肉体を際立たせている。


「あぁぁっ! 今日の持子様も最高に輝いておられますぅぅッ! 青い海と極黒の魔王のコントラスト! 尊い! 尊すぎます!」


モニターの裏では、ピンク髪の忠犬・本多鮎が、自前の一眼レフカメラを構えながら恍惚の表情で身悶えしていた。昨夜のホテルでの『秘密の儀式』により魔力が完全に満ちている彼女は、いつも以上にハイテンションだ。


『ちゅぅぅぅぅ……ああ、南仏の太陽は恐ろしいですが、マスター・鮎の影の中は快適にございますわ。それにしても、偉大なる持子様の放つ覇気……見惚れてしまいますの』


鮎の足元の影の中からは、吸血鬼の女王ルージュが、古風で優雅な貴族口調で呟きながら魔力を啜っていた。


「ちょっとルージュ、静かにしてなさい! 今は持子様の神聖なる撮影中ですよ!」


鮎が小声で影を踏みつけながら、再び持子へと熱視線を送る。

持子は自身の美しさに、絶対の自信を持っていた。

前世である董卓の魂が持つ圧倒的な覇気と、貂蝉から受け継いだ絶世の美貌。この世界において、己の右に出る者などいないとすら思っていた。

しかし――この直後、持子は「世界」の本当の広さと深さを知ることになる。



第五章:言語の壁と、世界を統べる王の直感


「Tres bien(素晴らしいわ)、持子。次はグループショットの撮影よ。……みんな、入ってちょうだい」


リジュが優雅に手を叩くと、控えの大型テントから数人の女性たちが姿を現した。


「……ほう」


持子の黄金の瞳が、僅かに見開かれた。

現れたのは、リュクス・アンペリアルが世界中から選び抜いた、専属の『スーパーモデル』たちであった。

持子も身長175センチと日本人離れした長身だが、彼女たちはさらにその上をいっていた。180センチを優に超える長身。ただ細いだけではない、しなやかな筋肉と骨格が織りなす、まるで美しい野生動物のような躍動感。

輝くようなブロンドヘアーのモデル、黒豹のようにしなやかで神秘的な褐色の肌を持つモデル、そして氷の彫刻のように研ぎ澄まされた白人モデル。

彼女たちは皆、持子の「絶世の美」とはまた違う、それぞれが極限まで磨き上げられた『個性と魅力』という強烈なオーラを放っていた。


(なんという覇気だ。殺気とは違う、己の肉体と美しさを極限まで鍛え上げた者だけが放つ、確固たる強さのオーラ……!)


「Hi. You must be the new muse Helene chose. Your presence is absolutely stunning. Like looking into a beautiful abyss.」


182センチの長身を誇るブロンドのトップモデルが、持子の前に立ち、美しいエメラルドグリーンの瞳で微笑みかけた。高圧的な態度は一切ない。そこにあるのは、同じ頂点に立つ者への純粋な好意と敬意だった。


(……むむっ? 英語か仏語か知らんが、さっぱり分からん!)


持子は学業の成績が絶望的なバカである。外国語など一ミリも理解できない。

しかし、言葉は分からずとも、相手から放たれる『気』の色や、眼差しに込められた敬意は、王としての本能で完璧に読み取っていた。


「ふん! 何を言っておるかはさっぱりだが、褒めていることだけは伝わったぞ! うむ、苦しゅうない!」


持子は傲岸不遜に胸を張り、言葉の壁など一切気にせず、不敵な笑みで彼女たちを見返した。

撮影が再開される。

スーパーモデルたちに囲まれる形で、持子が中央に立つ。

その時、褐色の肌を持つモデルが、持子の肩にそっと触れ、優しく微笑みかけながら何かを囁いた。


「Hey, you're too tense. Relax your shoulders a bit, and shift your weight to your right heel... just a few millimeters. The wind will do the rest.」


(……何を言っているのかは、やはり分からん。だが――)


持子は、肩に触れた彼女の手から伝わる『気伝エネルギーのベクトル』と、彼女自身の重心の置き方を、野生の勘で瞬時に感じ取った。


(なるほど。ただ仁王立ちするのではなく、この吹き抜ける海風に乗るために、右足の踵に重心をほんの数ミリずらせと言っているのだな!)


持子が幼少期から叩き込まれた『合気武道』の完璧な身体操作で、言われた通りに重心をミリ単位でスライドさせる。


瞬間。

フワリ、と。持子の纏う漆黒のドレスの裾が、地中海の海風を完璧に孕み、まるで大きな黒い翼のように美しく舞い上がった。


「ッ……!! 監督、今よ!!」


雪が鋭く叫び、巨匠監督のシャッターが連続して切られる。

ただの『静かなる魔王』から、風と自然すらも従える『躍動する美の化身』へと進化した一枚。


「Oh my god... Did she just...?」


ブロンドのモデルが、驚愕に目を丸くした。


「信じられない。彼女、私の言葉(英語)が全く分かっていない顔をしていたのに、私の手のタッチと視線のニュアンスだけで、要求を完璧に再現したわ……!」


褐色のモデルも、震える声で感嘆を漏らした。

言葉など必要ない。

持子は絶望的に頭が悪いが、他者の好意や技術の意図を汲み取る「身体的な勘」においては、文字通り天才だった。

そこからは、驚くべき光景が展開された。

世界最高峰のスーパーモデルたちが、持子の底知れぬポテンシャルと感受性に惚れ込み、身振り手振りや、僅かなタッチ、視線の誘導だけで、次々と自分たちの持つ『表現の極意』を伝授し始めたのだ。

持子もまた、持ち前の傲慢さを一切捨てることなく、彼女たちのジェスチャーから意図を完璧に読み取り、「ほう! 面白い! こうか!」と、スポンジのように彼女たちの技術を吸収していった。

己の美しさに絶対の自信を持っていた持子。しかし、世界は広く、学ぶべき美の形は無限に存在していた。

一人で君臨する孤独な王ではなく、数多の才能と美学が交差する中で、持子はさらなる高みへと駆け上がっていく。

スーパーモデルたちもまた、どんな高度なニュアンスも一瞬で己の物にしてしまう極東の魔王に、深い驚きと、それ以上の『敬意』を抱いていた。


「あぁっ……! 言葉の壁すらも超えて、世界のトップモデルたちと完全に心を一つにする持子様! 尊い! 尊すぎてカメラのレンズが割れそうですぅ!」


鮎がシャッターを切りながら滝のような涙を流す。


「……ふふっ。どうやら、あの子の器がまた一つ大きくなったみたいね」


雪はモニターに映し出される、極黒の魔王と多種多様な美を誇るスーパーモデルたちが完璧に調和したグループショットを見て、満足げに微笑んだ。


「ええ。言葉は通じなくても、彼女の魂は全てを理解している。本当に、恐ろしい王だわ」


リジュもまた、サファイアの瞳を細めて感嘆の息を漏らした。



終幕:初日の終わりと、迫り来る夜の影


「Cut!! 完璧だ! 最高だ、君たちは!!」


夕暮れ時。地中海が黄金色に染まり始めた頃、監督の割れんばかりの歓声と共に、全六日間にわたる『リュクス・アンペリアル』の夏向け新作コレクション撮影の、記念すべき第一日目が終了した。


「ふぅ……。まずは初日、完璧にこなしてやったぞ」


持子は大きく伸びをしながら、海風に黒髪をなびかせた。その顔には、心地よい疲労感と、新しい世界を知った充実感が満ち溢れている。

スーパーモデルたちが次々と持子に歩み寄り、満面の笑みでハグを交わす。


「You're the best, Mochiko!」


「うむ! 貴様らも素晴らしい動きであった! 言葉は分からんが、明日からも共に戦おうぞ!」


持子も堂々と彼女たちの背中を叩き、互いの健闘を称え合った。


「お疲れ様、持子。最高の仕事だったわ」


雪が歩み寄り、冷えたミネラルウォーターを持子に手渡す。


「雪も大儀であった! 完璧な戦場ステージを用意してくれたことに、感謝するぞ。……どうだ、雪! わしの完璧な美しさと覇気、しかと見届けたか!」


持子は水をごくごくと飲み干すと、ふんぞり返って得意げに胸を張った。

雪は呆れたように小さくため息をつきつつも、どこまでも優しい微笑みを浮かべた。


「ええ、よくやったわ。世界最高峰のモデルたちに一歩も引けを取らない、素晴らしいパフォーマンスだった。さすがは私の見込んだ自慢の娘ね」


「ふははは! 当然だ! わしは魔王だからな!」


至高の推しである雪から真っ直ぐに褒められ、持子は黄金の瞳をキラキラと輝かせて上機嫌に笑った。


「その調子で残り五日間の撮影も完璧にこなしなさい。すべて無事に終わったら、約束のボーナス、残りの五十万円をきっちり満額で渡してあげるから」


「おおおおおっ!! 任せておけ雪! わしのこの美貌で、地中海の太陽すらも屈服させてやるわ!」


「はいっ、持子様! その後は残りのボーナスで、ヨーロッパの美食をすべて食い尽くしましょう! 私、どこまでも持子様のお財布……いえ、お供をさせていただきますぅ!」


鮎も持子の背中に抱きつき、歓喜の声を上げる。


『マスター・鮎! わたくしにも、バカンスの際には可愛い日傘とお帽子を買ってくださいませ! 影の中ばかりでは退屈にございますの!』


影の中から要求を突きつける吸血鬼の女王は、鮎に「黙ってなさい寄生獣!」と容赦なく踏んづけられていた。

南仏の黄金色の夕日の中、最強の保護者同盟と、世界を知った極黒の魔王、そして騒がしい下僕たちの笑い声が響き渡る。

過酷な撮影スケジュールの初日を完璧に乗り切り、夜のホテルでの豪華なディナーと休息に向けて、持子たちの足取りはひどく軽やかだった。

だが、彼女たちはまだ知らない。

この南仏の甘い夜風に紛れて、あの『真祖の吸血鬼』が静かに忍び寄ってきていることを。

華麗なるバカンスと撮影の裏で、新たな死闘の幕が上がろうとしていることを。


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