『花の都のランデヴー。忠犬の特等席と、甘い口づけ』(イラスト有り)
第三章:花の都のランデヴー。忠犬の特等席と、甘い口づけ
春の陽光が降り注ぐ、午前十時のパリ。
シャンゼリゼ通りの石畳を、二人の極東の美少女が並んで歩いていた。
一人は、真紅のシルクワンピースの上に漆黒のライダースジャケットを羽織った、神がかり的な美貌の少女、恋問持子。
もう一人は、春風に淡いピンク色の髪を揺らす、洗練されたセットアップ姿の元トップモデル、本多鮎である。
「ふはは! 見よ、鮎! この果てしなく続く華やかな大通りを! どこを見渡しても美味そうなカフェと、煌びやかな店ばかりではないか! 雪から巻き上げた五十万円、存分に使い尽くしてくれるわ!」
「はいっ、持子様! 今日の持子様も最高に輝いておられます! さあ、この私めが、持子様の美貌をさらに引き立てる最高のショッピングと、至高の美食エスコートをお約束いたしますぅ!」
二人は分厚い現金の入った封筒を鞄に忍ばせ、意気揚々と花の都のど真ん中を闊歩していた。
周囲のパリジャンたちが、あまりの美しさと思わず息を呑んで道を譲る中、鮎はおずおずと、しかし確かな熱情を込めて持子の隣へとすり寄った。
「あ、あの……持子様。せっかくのパリでの、二人きりのデートですし……その、手を、繋いでもよろしいでしょうか?」
上目遣いで頬を染める鮎。忠犬としての控えめな主君への伺い……の皮を被った、肉食系女子の猛烈なアピールである。
持子は歩みを止めず、ふっと口角を上げて悪戯っぽく笑った。
「ふん。わしの隣を歩く特等席を与えられたのだ、そのくらい好きにするがよい」
「ああっ、ありがとうございます持子様ぁぁッ!」
許可が下りるや否や、鮎は嬉々として持子の白く細い右手を取り、自身の指をしっかりと絡め合わせた。単なる手繋ぎではない、指と指を深く交差させる『恋人繋ぎ』である。
持子の少し冷たくて滑らかな肌の感触に、鮎の脳内で幸福の鐘がガンガンと鳴り響いた。
「えへへ……持子様の手、とってもすべすべで気持ちいい
「馬鹿者、だらしなく鼻の下を伸ばすな。ほれ、あそこのブティックに入るぞ」
しっかりと手を繋いだまま、二人は世界最高峰のハイブランドが立ち並ぶエリアへと足を踏み入れた。
「おおっ、この黒い帽子、わしに似合うのではないか?」
「素晴らしいです持子様! その帽子に、こちらのスカーフを合わせれば、まさに魔王の威厳とパリの洗練の完璧な融合! 即買いです!」
高級ブティックでの買い物の主導権は、完全に鮎が握っていた。元トップモデルとしての審美眼と、持子への狂信的な愛が合わさった彼女のコーディネートに隙はない。
五十万円という潤沢な資金に物を言わせ、持子に似合うアイテムを次々と買い漁っていく。
「ふふふっ、これでまた持子様の麗しいコレクションが増えましたね! さあルージュ、荷物番の出番ですよ!」
鮎が足元の影に向かって声をかけると、ドロリと黒い影が波打った。
『ちょっとお待ちになってマスター! わたくしの優雅なる影のお部屋を、これ以上下等な紙袋で埋め尽くさないでくださいませ!』
影の中から、不満げな吸血鬼の女王、ルージュの生首がヒョコッと現れた。
「やかましいですね! 太陽の光から守ってあげてるんですから、文句を言わずに働きなさい!」
鮎は容赦なく、大量の高級ブランドの箱や紙袋を、自分の足元の影へと次々に放り込んでいく。
『あいたっ! 角が! 箱の角がわたくしの頭に当たりましたわ! ああ、もう! まったく乱暴なマスターにございます!』
影の奥で箱を受け止めながら、ルージュがぶつぶつと文句を垂れる。しかし、鮎への絶対服従の首輪がある以上、逆らうことはできない。
『それに……わたくしだって、こんなに美しいドレスが並んでいるのですから、少しはオシャレがしたいですの! マスター、わたくしにもその可愛いレースのドレスを買ってくださいませ!』
影の中からショーウィンドウのドレスを指差してねだるルージュに、鮎は冷たい視線を落とした。
「は? 寄生獣の分際で生意気ですよ。あんたにはこれで十分です」
鮎はレジ横にあった、おまけのような小さな赤いリボンを一つ購入し、影の中へポイと投げ入れた。
『……ひどいですわ。でも、まあ……赤はわたくしのパーソナルカラーですし、少しだけ嬉しいですの』
チョロい吸血鬼の女王は、小さなリボンを大事そうに抱えて影の奥へと沈んでいった。
完全に手ぶらとなった持子と鮎は、再び恋人繋ぎで指を絡め合わせ、身軽な足取りでパリの街を満喫し続けた。
買い物を終えた二人が向かったのは、セーヌ川沿いにあるオープンカフェだった。
「おおおおっ! なんという肉厚なステーキだ! それにこのガレットという食べ物、チーズがとろけておって絶品ではないか!」
テラス席のテーブルに並べられた豪華なランチと色鮮やかなスイーツを前に、持子の黄金の瞳がキラキラと輝く。
「ふふっ、持子様がいっぱい食べてくださると、私も幸せですぅ。あ、持子様、あちらのベリーのタルトも美味しいですよ。はい、あーん♡」
鮎がフォークでタルトを切り分け、持子の口元へと差し出す。
「む? うむ、苦しゅうない」
持子は全く躊躇することなく、鮎のフォークからタルトをパクリと口に含んだ。
「んんっ! 酸味と甘味の調和が素晴らしいぞ! さすが花の都だ!」
「あぁぁっ……持子様が私の使ったフォークで……間接キス……ッ!」
持子が美味しそうに頬張る姿を見つめながら、鮎は両手で頬を押さえて身悶えした。自分の魔力回復の相手であり、絶対的な主君でもある持子の無邪気な姿は、鮎にとって何よりの劇薬だった。
「おい鮎、貴様も食わんか。ほれ、この肉の切れ端をくれてやろう」
持子が自分のフォークでステーキの一切れを刺し、鮎の口元へ突き出す。
「い、いただきますぅぅッ!」
鮎は感涙を流しながら、持子から与えられた肉を恭しく咀嚼した。
(美味しい……持子様からの直々の餌付け……! これぞ忠犬の極み……ッ!)
春の心地よい風が吹き抜けるカフェのテラスで、二人は周囲の目も気にせず、甘く濃厚な(そして少し狂気じみた)ランチタイムをたっぷりと堪能したのである。
時計の針が午後四時を回る頃。
太陽が少しずつ西へと傾き始め、パリの街並みが柔らかな黄金色に染まり始めた。
持子と鮎は、静かなセーヌ川のほとりをゆっくりと歩いていた。
遠くにはエッフェル塔の美しいシルエットが浮かび、川面を撫でる風が、二人の黒髪とピンクの髪を優しく揺らしている。
「……もう夕方か。美味いものを食い、綺麗な服も買い、なかなか充実した半日であったな」
持子は繋いだ鮎の手を軽く引きながら、満足げに目を細めた。
「はい。……本当に、夢のような時間でした」
鮎は持子の少し前を歩き、くるりと振り返って持子を見つめた。
西日を背に受けた持子の姿は、逆光の中で神々しいまでの美しさを放っている。その黄金の瞳に見つめられるだけで、鮎の胸の奥が甘く、激しく締め付けられた。
「持子様。私、持子様に出会えて……持子様に敗北して、本当に良かったです」
鮎は、繋いだ持子の手を両手で包み込むようにして、熱を帯びた瞳で見上げた。
「持子様が私の全てを壊して、そして新しく支配してくださったから……私は今、こんなにも満たされて、幸せに息をしています。私の心も体も、未来も……全部、持子様だけのものです」
狂信的で、どこまでも重い、純度百パーセントの愛の告白。
普通の人間なら引いてしまうようなその言葉を、極黒の魔王は真っ向から受け止めた。
「ふん。何を今更当たり前のことを言っておるのだ」
持子はふっと優しく微笑むと、空いた左手を伸ばし、鮎の美しい顎をスッとすくい上げた。
「んっ……」
「貴様はわしの、一番の忠犬だ。そして、わしの大切な『共犯者』だ。これからもわしの隣で、その特等席で、一生わしに尽くすがよい」
至近距離で交錯する、黄金の瞳と、潤んだ鮎の瞳。
周囲のパリの景色が完全に色褪せ、世界に二人しかいないような、濃密で甘い沈黙が落ちる。
持子はそのまま、ゆっくりと顔を近づけ――鮎の桜色の唇に、自身の唇をそっと重ね合わせた。
「ぁ……んっ……」
ただのキスではない。ほんの僅かに『極黒の魔力』を帯びた、魔王からの絶対的な寵愛と支配の刻印。
鮎の膝から力が抜けそうになるのを、持子が力強い腕でしっかりと抱き寄せる。セーヌ川のほとりで、二人の美少女は、まるで一枚の絵画のように美しく、そして深く口づけを交わした。
『ちゅぅぅぅぅぅ……あああっ! わたくしの魔力パスにも、甘くてビリビリする刺激がダイレクトに……っ! もっと、もっと深くやってくださいませ!』
影の中から空気の読めない吸血鬼の女王が歓喜の声を上げていたが、今の二人の耳には一切届いていなかった。
午後四時五十五分。
「ただいま戻ったぞ、雪!」
シャンゼリゼ通りの超高級ホテル、最上階のスイートルーム。
指定されたタイムリミットの五分前、持子と鮎は恋人繋ぎで手をしっかりと握り合ったまま、満面の笑みで部屋へと帰還した。
鮎の足元の影の中には、今日一日で買い込んだ大量のブランド品の箱が、ルージュの文句と共にパンパンに詰め込まれている。
「……お帰り。どうやら、五十万円分きっちり楽しんできたみたいね」
ソファで仮眠を取っていた雪が、眼鏡をかけ直しながら二人を迎える。
二人の間に漂う、朝とはまた違う「甘ったるい空気」に気づきつつも、雪はプロデューサーとしてあえてそこには触れなかった。
「ええ! 最高のデートでした! さあ雪さん、約束通り十七時に戻りましたよ! ここからはお仕事の時間です!」
鮎がやる気に満ちた表情で胸を張る。
「うむ! わしもしっかり英気を養ったぞ! 南仏だろうが何だろうが、どんとこいだ!」
持子もまた、魔王としての覇気をみなぎらせて不敵に笑った。
「結構。それじゃあ、リュクスが手配したプライベートジェットで、南仏コート・ダジュールへ向かうわよ」
雪が立ち上がり、タブレットを小脇に抱える。
パリの街で極上のデートを満喫し、愛と魔力(と物欲)を限界まで満たした極黒の魔王と忠犬。
彼女たちの華麗で騒がしい覇道は、いよいよ太陽と青海が輝くリゾートの決戦の地へと、プライベートジェットの翼に乗って飛び立っていくのであった。




