董卓OS、美少女ハードで動かず
書き直しー
――四時間目。理科(化学)の授業。
「……なまら、意味がわからんだべさ……」
わしの眼前には、またしても未知の言語が広がっていた。
『H2O』だの『CO2』だの、数字とアルファベットが奇妙な規則性で並んでいる。黒板に描かれた亀の甲羅のような六角形の図形(ベンゼン環というらしい)に至っては、もはや異界の召喚陣にしか見えない。
未知の呪術(数学)とミミズ文字(英語)の連続攻撃で既に瀕死状態だったわしの脳髄に、この『理科』という名の錬金術のごとき学問は、トドメの一撃を刺すには十分すぎた。
教師が何を言っているのか、一文字たりとも理解できない。前世で数万の軍勢を指揮したこのわしが、黒板の前でただ目を白黒させ、口を半開きにして立ち尽くすことしかできないのだ。
「こ、恋問? 大丈夫か、顔色が悪いぞ……」
「……だ、だいじょうぶ……だべさ……」
フラフラとした足取りで、なんとか自分の席に戻る。
すわった目で虚空を見つめながら、わしは己の内で静かに、だが極めて論理的に思考を巡らせた。
おかしい。絶対におかしいのだ。
前世のわし――暴力で天下をねじ伏せた巨大な怪物たる魔王・董卓が、ここまで頭が悪いわけがない。権謀術数が血みどろの渦を巻く洛陽の宮廷を生き抜き、我が軍師たる李儒の進言や、複雑怪奇な策の数々をわしは正確に理解し、重用していた。あともう一歩のところで天下を手中に収めかけた男なのだ。決して、知性が欠如した単なる愚か者ではなかったはずだ。
だというのに、なぜこのミミズ文字(英語)や、アルファベットの混ざった呪術(数学)、そして錬金術(理科)を前にすると、脳が完全にフリーズしてしまうのか。
……答えは一つ。この「恋問持子」という器の問題だ!
どれほど優秀なOS(董卓の魂)をインストールしていようと、それを動かすパソコン本体の性能が時代遅れのポンコツであれば、システムは正常に起動しない。処理能力の低い旧型PCに最新鋭の高負荷プログラムを突っ込めば、画面は固まり、たちまち熱暴走を起こして機能停止してしまう。
己の身体を見下ろす。
絶世の美女・貂蝉に生き写しの神々しい美貌。そして、格闘技の女王とやり合える規格外の運動神経。
ああっ、完全に理解したぞ! この身体は、誕生の段階で「美貌」と「運動神経」にステータスを極振り(全ツッパ)してしまった、極端な超特化型の肉体なのだ! 代償として、学力や暗記力といったパラメーターは初期値のまま完全に放棄されているに違いない。
こうして自身のポンコツ具合を論理的に分析できている時点で、思考回路自体は正常に機能している。だが、英単語や数式という「新たな知識」を脳のハードディスクに保存しようとした瞬間、記憶領域が完全にエラーを吐くのだ!
「…………っ、あ、あつっ……!」
複雑な自己分析を深く掘り下げた結果、わしの脳細胞が悲鳴を上げ始めた。
文字通り、頭がなまら熱くなってきたのだ。容量オーバーの旧型パソコンが『ウィィィィン!』と限界の排気音を立てるように、顔がカッと熱を持ち、首筋から汗が滲み、耳の裏あたりから本当にプシューッと湯気が出そうになる。
「い、いかん……これ以上『なぜ自分がバカなのか』を賢く思考すると、脳が焼き切れる……っ!」
警告音が鳴り響く。熱い。なまら熱い。
そして――プツン。
ああ、ついにわしの脳内で「ブルースクリーン」が表示された。
魔王の強靭な自我が、強制終了していく。自らの意思では、もうどうにもならない。生命の危機を感じたわしのポンコツハードウェアは、脳の負荷を極限まで下げるため、最も原始的な『セーフモード(幼児退行)』へと勝手にシステムを移行させてしまったのだ!
「……あ、あま……あまいの、たべたい……」
机に突っ伏したわしの口から、覇王の威厳など欠片もない、とろけたような声が漏れた。金箔パンケーキのような、極上の甘味が欲しい。
「うぅ……雪さぁん……。ゆきしゃんに、あまやかしてほしいのぉ……」
わしを孤独から救ってくれた恩人であり、絶対的な母のような存在である雪社長。彼女の匂いに包まれたい。
「ゆきしゃんママァ〜、だいしゅき〜……」
「持、持子ちゃん……!?」
突然バブみを発揮し始めたわしに、クラスの女子たちがザワッと息を呑む。だが、暴走したわしの幼児化はもう止まらない。本能の赴くままに、一番好きなものだけを口走る。
「えへへ……わし、なまら綺麗でしょぉ〜……? おにゃのこ、可愛いおにゃのこ、だぁいしゅき……むぎゅってしてぇ……」
「きゃあああっ! 持子ちゃん激カワっ!!」
「なにこれ尊い! 幼児化してる!?」
「よしよし、お姉ちゃんが撫でてあげるからねーっ!」
わしの無防備な幼児化に、同情的だった女子たちが一斉に母性を爆発させて群がってきた。わしの艶やかな黒髪が、何本もの柔らかい手で優しく撫で回される。
(ち、違う! わしは魔王……天下を統べる、覇王……っ! こんな、女子高生どもに愛玩動物のように撫で回されて喜ぶなど……ああっ、でもなまら気持ちいいだべさぁ〜……)
董卓の魂が遠くの方で情けなく抗議の声を上げていたが、わしの口からは「あう〜、そこもっと撫でてぇ〜」というだらしない産声が漏れるばかりだった。かくして、未知の呪術(数学)に敗北した魔王は、美少女たちの優しい手と甘い匂いのなかで、ただの可愛いバブちゃんとして平和に陥落するのであった。
――そして、放課後。
「持子さん、迎えに来たわよ」
教室の入り口から、凜とした、だがどこか呆れたような優しい声が響いた。
わしは弾かれたように顔を上げる。そこに立っていたのは、眼鏡の奥から知的な視線を向ける、わが至高の推しであり絶対的な社長兼マネージャー兼プロデューサー、立花雪その人であった。
「ゆき、しゃん……っ」
「全く、学園から『持子さんが幼児化して女子たちに囲まれている』って連絡を受けた時はどうしようかと思ったわよ」
ため息をつきながらも、雪さんはスタスタとわしの席まで歩いてくると、その胸にわしの頭を優しく抱き寄せた。
「でも、よく頑張ったわね」
ポンポン、と。母のような優しい手つきで、熱を持ったわしの頭が撫でられる。
「今半で、すき焼き食べようね」
その甘く、慈愛に満ちた微笑みと「すき焼き」という極上の響きに、わしの理性はついに決壊した。
普段なら、あまりの尊さに理性がメルトダウンしてしまうため、雪には「一メートル結界」を張って自身を律しているわしである。だが、オーバーヒートしてブルースクリーン状態の今のポンコツ頭に、そんな高度な防御魔法を維持する魔力など残っていなかった。
「うあぁぁん! ゆきしゃんだいしゅきぃ〜っ!!」
わしは結界を完全に諦め、雪の腰にガバッとすがりつき、その芳醇な大人の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。ああっ、尊い! なまら尊いだべさ!
「はいはい、わかったわかった。……どうする? 今日はもう限界みたいだし、お肉は諦めて帰って寝る?」
雪がクスッと笑って、わざと意地悪な質問をしてくる。
わしは雪の胸に顔を埋めたまま、ブンブンと激しく首を横に振った。そして、涙目で雪を見上げ、覇王の食欲を全開にして叫んだ。
「食べるぅ〜!!」




