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『呂布に刺された魔王董卓、気づけば貂蟬そっくりの美少女モデルでした』

書き直し〜

✴︎焦熱の終焉と、一輪の涙


西暦一九二年、長安。

天下を震撼させた『魔王』の最期は、あまりにも無惨なものであった。


「……ぐ、おおおおおっ……!」


董卓の太い喉元を、冷たく光る鋭利な刃が貫いていた。

それは他でもない、彼が最も信頼し、己の牙として寵愛した養子・呂布りょふ奉先が放った、方天画戟の穂先である。


(……熱い。全身が、焼けるように熱い……!)


喉を貫かれ、巨木が倒れるように地に転がった董卓の体に、何者かの手によって火が放たれた。

彼の腹から溢れ出たおびただしい贅肉の脂肪が灯芯となり、肉体をじりじりとしぶとく燃やし続けている。

薄れゆく意識の中、業火の向こうに一つの影が見えた。


相国しょうこく様……っ!」


絶世の美女が、顔を覆って泣き崩れていた。

董卓と呂布を引き裂いた張本人であり、董卓が愛してやまなかった女――貂蟬ちょうせんだ。


(……貂蟬。お前はなぜ、泣いておるのだ……)


己を裏切ったはずの彼女が流す、大粒の涙。

それが罪悪感からなのか、それとも別の感情なのか、もはや董卓には分からない。

ただ、重苦しく醜いこの肉体が燃え尽きる寸前、彼は強烈な渇望を抱いた。

(この重苦しい肉体から、解放されたい……! もっと軽く、自由な器へ……!)


――ギチ、ギチギチギチッ!!


その執念が、因果の渦を巻き起こしたのか。

肉が、骨が、魂が、凄まじい密度で圧縮され、魔王・董卓の魂は千年の時を超え――北の大地から流転してきた、一つの『器』へと吸い込まれていった。



✴︎輝ける十七歳の黄昏、あるいは覚醒


舞台は変わり、現代の令和。

喧騒から少し離れた、都内の撮影スタジオ。

無機質なLEDライトに照らされた控え室で、モデルの恋問持子こいとい もちこは、背後に立つ事務所社長・立花雪たちばな ゆきと二人きりで帰り支度をしていた。

持子は高校二年生。そこそこの知名度は得たものの、伸び悩み中の中堅モデルだ。


「持子さん、今日も一日お疲れ様。もっと上を目指して、これからも一緒に頑張りましょうね」


雪が書類を片付けながら優しく励ますと、持子は顔をカッと赤く染め、わざとらしくそっぽを向いた。


「……ふんっ、言われなくても分かってるわよ! 勘違いしないでよね、私はただ、雪さんの事務所が潰れて困らないようにやってあげてるだけなんだから。もっと私に感謝しなさいよね!」


「はいはい、ありがとう持子さん。さあ、今日はデビュー一周年のお祝いよ。美味しいイタリアンへ行きましょう」


「な、なまら最高……っ!」


思わず地元の言葉が漏れそうになり、持子は慌てて口元を押さえた。


「べ、別に行きたかったわけじゃないけど! 雪さんがそこまで言うなら、付き合ってあげてもいいわよ!」


持子はぶっきらぼうに愛用のバッグを掴み、メイクの崩れを確認しようと、鏡へ顔を近づけた。

その時だった。


挿絵(By みてみん)


――ドクンッ!!


「……えっ?」


心臓を、大型の鉄槌で叩かれたような暴力的な衝撃。

持子の視界がぐにゃりと歪み、脳裏を燃え盛る長安の『血の記憶』が駆け抜ける。


「……あ、れ? な、に、これ……」


持子は、鏡に映る自分自身を凝視し――そして、内なる魂(董卓)は絶句した。


(……なんだ、この肉体は!?)


鏡に映っていたのは、まさに絶世の美貌。

華奢な肩から流れるような鎖骨、細く引き締まったウエスト。だが、それだけではない。胸元や腰回りは豊満で蠱惑的な弧を描いており、見事なまでの完璧なプロポーションだった。

そして何より、董卓の魂を激しく揺さぶったのは、その顔立ちである。


(貂蟬……!? いや、違う! だが、なんという生き写しだ……!)


かつて自分を破滅へと導き、炎の向こうで涙を流していたあの女と、恐ろしいほどに瓜二つの顔。

さらに、ふとした瞬間に鼻腔をくすぐる、甘く芳醇な花の香り――これも間違いなく、あの貂蟬と同じ良い匂いだった。

(……軽い。腕が、足が、羽毛のように軽い……!)

持子の華奢な身体から、常人の目には映らない禍々しい黒い魔力のもやが噴き出していく。

そして極めつけに、鏡の中で見開かれたその瞳は、人外の魔力を宿した妖しい『黄金の瞳』へと変貌を遂げていた。

しかし魔力を持たない雪には、持子がただ一点を見つめて硬直しているようにしか見えなかった。



✴︎豹変する魔王、疼く乙女心


「持子さん? 急にどうしたの? 大丈夫?」


雪が心配そうに駆け寄り、持子の肩にそっと手を置いた。

「っ……!? 離れよ!!」


バチンッ!!


持子は、弾かれたように雪の手を激しく振り払った。

その瞬間、董卓の魂は激しい戦慄を覚えた。

雪の掌から伝わってきたのは、刺すような拒絶でも殺意でもなく、すべてを包み込むような底知れぬ『温もり』だったからだ。


(……何だ、この感覚は!? この女に触れられると、胸の奥が不自然に弾む。わしの、いや、この娘の心が……触れられただけで『喜び』で震えておるのか!?)


持子の肉体と魂は、立花雪という女性を深く愛しており、触れられることで深い悦びを感じていた。

だが、奉先の裏切りの中で凄惨な死を遂げた董卓にとって、無償の愛や温もりなど、己を油断させる最も警戒すべき『罠』に他ならない。


「……控えよ、と言ったのだ」


持子の声から、先ほどの無垢な響きは完全に消え失せた。

地を這うような重圧。

彼女は鏡の中の自分から目を離さず、自らの胸を、細い指が食い込むほどに強く、激しく掴んだ。


「……っ!!」


豊かな肉の弾力。指先からダイレクトに伝わってくる、力強く、そしてかつてないほど速い鼓動。

(動く。動くぞ……! 脂の塊のようだったあの醜い肉体ではない。この細い指、この滑らかな肌、この力強い心臓! 絶世の美貌と、この完璧な肉体! わしは……わしは今、間違いなく生きているのだ!)

自らの胸を掴んだまま、彼女は狂気に満ちた笑みを浮かべた。

だが、その頬は、雪への愛着からか、微かに林檎のように赤らんでいる。


「雪。貴様、今……わしの体に、安易に触れたな?」


「えっ、持子さん……? どうしたの、その喋り方……それに、目つき……」


雪は戸惑い、持子の顔を覗き込んだ。

次の瞬間、雪の全身の産毛が総毛立つような、本能的な恐怖が襲いかかった。

持子の瞳が、妖しく、残酷な黄金色に輝いたのだ。


「っ……!? ひっ……」


雪は反射的に後ずさり、背後のパイプ椅子を大きな音を立ててなぎ倒した。


「……ははは。はーっはっはっは!!」


その笑い声は、華奢な少女のものとは思えないほど重く、鋭く、控え室の壁をビリビリと震わせた。


「雪よ! よく聞けい! わしは……わしは、なぁんまら天に愛されているようだな!」


持子はゆっくりと一歩、雪の方へ踏み出した。

彼女の周囲では、濃密な黒い魔力が暴風のように渦巻き、空間を歪めている。


「貂蟬に生き写しのこの美貌! 完璧な肉体! そして、この『れいわ』という時代の豊かな富! イタリア料理だと? ふん、良いだろう。その豪華な餐宴、わしの**『即位の儀』**の祝い膳として食らってくれるわ!」


「持子……さん……?」


持子は床にへたり込み震える雪を冷たく見下ろし、自らの肩に残る雪の『温もり』を振り払うように一瞥した。

だが、その黄金の瞳には、殺意と共に、隠しきれない困惑と複雑な色が混じっている。


「雪。貴様は今日からわしの臣下だ。中堅モデルだと? ぬかせるな。わしをこの世界の頂点、天下無双の『覇王』へ、そして『魔王』へと押し上げるための『参謀』となれ。……だが、勘違いするな」


魔王は、己の胸の高鳴りを必死に抑え込むように、声を張り上げた。


「二度と、わしに気安く触れるな。……その温もりは、わしを狂わせる。べ、別に……っ! 貴様と一緒にいるのが嫌だと言っているわけではないのだからな! ただ、わしの許可なく、勝手に触れるなと言っているのだ! 分かったか!」


最後の一喝は、王の絶対的な威厳か、それとも恋する少女の不器用な照れ隠しか。


「さあ、案内せよ! この『魔王』に相応しい極上の食卓へとな!」


撮影が終わった静寂の控え室に、魔王の再臨を告げる狂気の高笑いと、ツンデレ少女の強がりが、奇妙な調和を持って響き渡っていた。



✴︎鉄の馬車と、参謀プロデューサーの憂鬱


控え室での「即位の儀」宣言から数十分後。

都内のきらびやかな夜の街を、一台の黒いミニバンが滑るように走り出した。

ハンドルを握りながら、立花雪はルームミラー越しに後部座席の少女を盗み見た。

恋問持子。高校二年生にして、雪の弱小事務所が抱える唯一の希望。

普段はスマホをいじりながら「なまら疲れた」「雪さんがポンコツだから私が苦労する」などと憎まれ口を叩いている彼女が、今は窓枠に両手をぴたりとつけ、食い入るように外の景色を凝視している。

その横顔は、見惚れるほどに美しい。

流れるような長い黒髪、意志の強さを感じさせる形の良い眉。そして、制服の上からでもはっきりと分かる、細いウエストと豊かな胸の完璧なプロポーション。

どこか近寄りがたいほどの絶世の美貌を誇る彼女だが、今はまるで初めて外の世界を見た子供のように、目を丸くして外のネオンサインを追っていた。

雪は小さくため息をつき、母のような慈愛に満ちた瞳で前を向いた。

一方、後部座席の持子――その内側に宿る魔王・董卓の魂は、窓の外の光景に度肝を抜かれていた。


(なんという事だ……! 夜だというのに、街が燃えるように明るい! それに、この馬のいない鉄の箱(車)は一体なんだ!? なぜこれほど滑らかに、かつ矢のような速さで進むのだ!)


董卓は、シートのふかふかとした手触りに感動しつつ、窓ガラスに映る『今の自分』の姿を見つめた。


(……やはり、何度見ても貂蟬ちょうせんに生き写しだ。あの裏切り者の女に……!)


燃え盛る炎の中、自分を見下ろして泣いていた貂蟬の顔が脳裏をよぎる。

だが、今の自分はその貂蟬と全く同じ、いや、それ以上の完璧な肉体を手に入れている。

ふとした瞬間に自分の身体から漂ってくる、甘く芳醇な花の香り。これもあの女と同じ匂いだった。

加えて、常人には見えぬが、己の瞳は人外の魔力を宿した黄金色に輝いている。


(この絶世の美貌と、羽毛のように軽い肉体……。そして何より!)


董卓は、運転席の雪の背中をギラギラとした目で見つめた。

(あの雪という女。ただの非力な平民にしか見えぬが……この娘(持子)の肉体と心は、あの女を狂おしいほどに慕っておる。雪の声を聞くだけで、視界に入るだけで、心臓が高鳴り、頬が熱くなるのだ!)


董卓は己の胸をギュッと掴んだ。

裏切りに次ぐ裏切りの人生を歩んできた覇王にとって、他者への『無条件の好意』など、自らを滅ぼす猛毒でしかない。


「おい、雪とやら!」


「ん? どうしたの持子さん。もうすぐ着くわよ」


「この鉄の箱の乗り心地、悪くないぞ! 貴様、わしのために随分と良い馬車を用意したではないか! 褒めてつかわす!」


偉そうな態度の魔王。だが、持子の肉体は雪に褒めてもらいたくて仕方がないのか、その声はどこかウキウキと弾んでいた。


「ふふっ、ありがとう。事務所の経費で買った甲斐があったわ。でも、言葉遣いは直さないと、次のオーディションで落とされちゃうわよ?」


「むっ……! わ、わしは天下を統べる者だ! オーディションなどという平民の遊びに、この完璧な美貌が落とされるはずがなかろう! べ、別に、貴様が悲しむから受かってやりたいなどと、微塵も思っておらんからな!!」


「はいはい、ツンデレ覇王様。さあ、着いたわよ。今日のお店はここ」


車が停車し、雪がドアを開ける。

目の前に現れたのは、隠れ家的な高級イタリアンレストランだった。



✴︎即位の儀、あるいは伊太利亜イタリアへの降伏


薄暗い間接照明と、静かに流れるジャズ。

大理石をあしらったエントランスを抜け、二人は奥のVIP個室へと案内された。


「……なんという豪奢な造りだ。この透き通るワイングラス、そして白亜の卓! 長安の宮殿にも劣らぬではないか!」


ドカッと深紅のベルベットソファにふんぞり返る持子(董卓)。

黄金の瞳を輝かせ、店内を値踏みするように見回すその威風堂々たる態度は、まさに覇王のそれである。


「はいはい、声が大きいのよ持子さん。他のお客さんの迷惑になるから座って」


雪は冷たいおしぼりで顔を拭きながら、慣れた様子でメニューを開いた。


「雪! 貴様、わしを誰だと……!」


「はい、お待たせいたしました。『水牛モッツァレラとアメーラトマトのカプレーゼ』でございます」


ウエイターが恭しく一皿目を置いた瞬間、持子の言葉はピタリと止まった。


第一の陣:紅白の宝玉カプレーゼ


「……な、なんだ、この赤と白の艶やかな宝玉は……!?」


持子の視線が、皿の上で釘付けになる。

純白のチーズと、宝石のように輝く真紅のトマト。そこに緑のバジルソースが色鮮やかにかかっている。


「前菜のカプレーゼよ。ほら、フォークを使って」


(……ふん、毒味もせずに食わそうとは。だが、この芳醇な香りは……!)


持子は恐る恐るフォークを突き刺し、パクリと口に運んだ。

――その瞬間。


「……っ!!? な、なまら美味いッ!!」


持子は目を見開き、両手で頬を押さえた。


「この赤い果実! 噛んだ瞬間に弾ける甘露のごとき果汁! そして、この白い塊は何だ!? 牛の乳を固めたものだと推測するが、絹のように滑らかで、それでいて濃厚なコクが舌の上でとろけていく……! ほのかな酸味と塩気が、わしの口内で完璧な『陣形』を組んでおるわ!」


「トマトとチーズよ。あと、顔芸がすごいからやめなさい。モデルでしょ」


董卓の魂は感動に打ち震えていた。

かつて暴虐の限りを尽くし、金銀財宝とあらゆる贅沢を味わったはずの己の舌が、この単純な一皿に完全に敗北している。


(これが……『れいわ』の美食……! わしが食っていた干し肉や泥臭い酒は、一体何だったのだ!)


第二の陣:黄金のペスカトーレ


続いて運ばれてきたのは、魚介の旨味が凝縮された黄金色のパスタだ。


「……む? この細長い紐のようなものは何だ? 麺の一種か?」


「魚介たっぷりのペスカトーレよ。熱いから気をつけてね」

持子はフォークの使い方が分からず、箸のように二本のフォークで麺を掴むと、ズズズッ!と豪快にすすり上げた。

「んんんんんーーーッ!!」


持子は天を仰ぎ、両腕を大きく広げた。完璧なプロポーションの胸元が、制服の生地を押し上げるように大きく揺れる。


「海の神が宿っておる! 弾力のある黄金のパスタに、貝や海老の濃厚な出汁が、これでもかと絡みついてくる! そして、このピリリと舌を刺す刺激! まるで、呂布の武勇のごとき破壊力……! 噛めば噛むほど、脳髄に旨味の雷撃が走るわぁぁっ!!」


「だからラーメンみたいに音を立ててすするな! ソースが制服に跳ねてるわよ! もう、エプロンつけなさい!」


雪は呆れ顔で立ち上がり、持子の首にナプキンをギュッと結びつけた。


「っ……! ゆ、雪! 気安く触れるなと言ったであろう!」


「じっとしてて。はい、これでよし」


雪の指先が首元に触れた瞬間、持子の心臓が再びドクン!と跳ね上がった。

貂蟬と同じ良い匂いを放つ持子の身体が、雪の至近距離での温もりに反応し、顔をカァァァッと林檎のように赤く染める。


「べ、別に結んでもらって嬉しいわけではないぞ! 勘違いするな! これは覇王のよろい……そう、よろいを装着しただけだ!」


「はいはい、立派なよろいね。次はお待ちかねの、お肉が来るわよ」


第三の陣:至高の肉塊(黒毛和牛のビステッカ)


そして、メインディッシュが現れた。

分厚くカットされた黒毛和牛のステーキ。外は香ばしく焼き上げられ、中は美しいルビー色に輝いている。


(……肉だ。肉の王が、来た!)


董卓の血が最も騒ぐ瞬間である。

持子はナイフも使わず、フォークで肉の塊を突き刺すと、野生の獣のようにそのままかぶりついた。


「――ッ!!!」


無言。


持子の黄金の瞳から、ツーッと大粒の涙がこぼれ落ちた。


「……泣くほど美味しいの?」


「……おのれ、伊太利亜イタリアめ……!」


持子は震える声で叫んだ。


「なんだこの柔らかさは!? 歯を立てた瞬間に、肉の繊維がほどけ、決壊した黄河のごとく肉汁が溢れ出してくる! 表面の焦げ目の香ばしさと、内側に潜む甘美な脂! 岩塩というシンプルな兵法が、肉本来のポテンシャルを極限まで引き出しておる!!」


持子は涙と肉汁で口の周りをドロドロにしながら、肉を咀嚼し続けた。


西涼せいりょうで狩ったどの獣より、天子の厨房で作らせたどの宴の肉より……美味いッ!! なまら最高だぁぁっ!!」


「西涼ってどこよ。とりあえず、口の周りが肉汁だらけだから拭きなさい。せっかくの可愛い顔が台無しよ」


雪がティッシュで持子の口元をゴシゴシと拭く。

その乱暴だが愛のある手つきに、持子(董卓)の心臓は三度、大きく跳ねた。


(……くそっ! この女に世話を焼かれると、胸の奥がじんわりと温かくなる……! わしは魔王だぞ! 覇王なのだぞ!! なぜこの女の指先に、ここまで翻弄されねばならんのだ!)


持子は顔を真っ赤にして、プイッとそっぽを向いた。


「ふ、ふんっ! 今日のところは、この伊太利亜の料理人に免じて、貴様の無礼を許してやろう! この店は、我が覇道のための重要な『兵糧庫』とする! 雪、全軍(お会計)の指揮を執れ!」


「要するに奢れってことね。……まあ、一周年記念だからそのつもりだけど。いっぱい食べてくれて、私も嬉しいわ」


雪がふわりと微笑むと、持子は限界を迎えたようにテーブルに突っ伏し、両手で赤い顔を隠した。


「……ううっ、だからその顔をやめろ……わしを狂わせる気か……」


「持子さん、なんか言った?」


「なんでもない! 早く次の飯を持て!」


魔王の受難と、別腹ベツバラという名の無限地獄

極上の黒毛和牛を平らげ、すっかり「伊太利亜イタリア」の軍門に降った魔王・董卓。

しかし、彼の真の試練はここからであった。


「お待たせいたしました。本日のドルチェ、『特製ティラミス』と食後の紅茶でございます」


ウエイターが恭しくテーブルに置いたのは、純白の皿に盛られた、四角い層状の物体。

その表面には、たっぷりと焦げ茶色の粉末がまぶされている。


「……む? なんだ、この土塊つちくれのようなものは」


ふんぞり返っていた持子(董卓)は、訝しげに美眉をひそめた。


「デザートのティラミスよ。ここのお店の看板メニューなんだから」


「でざぁと……? 甘味だと? ふざけるな!!」


ダンッ! と、持子はテーブルを叩き、不快感を露わにした。


「雪よ! わしを誰だと思っている! 天下を統べる覇王ぞ!? 甘味などというものは、非力な子供か、軟弱な文官が喜ぶものにすぎん! 真の男は、肉を喰らい、強い酒を煽るのだ!」


董卓の魂は、明確に甘いものを拒絶していた。

血生臭い乱世を生き抜いた彼にとって、口の中が甘ったるくなる感覚など、言語道断の軟弱さであり、戦士としての誇りを傷つける行為に他ならない。


「それに、わしは先ほどの肉で、すでに腹がいっぱい……あ、あれ?」


持子の声が、突然裏返った。


(……な、なんだ!? わしの右腕が……勝手に動いておる!?)


董卓の強固な意志とは裏腹に、持子の白く細い指は、流れるような美しいフォームで銀色のスプーンを握りしめていた。

そして、そのスプーンの先端は、吸い込まれるようにティラミスの層へと突き刺さっていく。


「ば、馬鹿な! わしはこれ以上、何も食えぬはず……っ!」


きゅるるるるるるっ。


持子の完璧なプロポーションの奥から、可愛らしくも力強い、空腹を訴える音が鳴り響いた。


「なっ……!? なぜだ! 胃袋は満杯のはず! なのに、なぜ腹の底から、新たな空間が生まれるような感覚が……!」


「ああ、持子さん。それはね、『甘いものは別腹』って言うのよ」


雪は紅茶を優雅に啜りながら、さも当然のように言い放った。


「べ、べつばら……!? 腹が、もう一つあるというのか!? なんという人体の神秘……いや、この娘の肉体はバケモノか!!」


「はいはい、御託はいいから食べなさい。アイスが溶けるわよ」


雪に急かされ、持子の腕は、たっぷりすくい上げたティラミスを自らの口へと運んだ。

董卓の魂は「毒を飲まされる!」と絶叫したが、肉体は歓喜と共にそれを受け入れた。


――パクリ。


「…………っ!!??」


持子の時が、止まった。黄金の瞳が、極限まで見開かれる。


(……あ、あ、甘ぁぁぁいぃぃぃっ!?)


挿絵(By みてみん)


脳天を突き抜ける、暴力的なまでの甘み。

しかし、ただ甘いだけではない。表面のココアパウダーのほろ苦さが、マスカルポーネチーズの濃厚なコクを引き立てている。

さらに、一番下のスポンジ生地からは、エスプレッソの芳醇な香りがジュワッと溢れ出し、完璧な計算のもとに口の中で溶け合っていく。


「ぐ、あああああっ……!」


持子は突如、頭を抱えて深紅のソファの上で身悶え始めた。


「な、なんだこの、脳髄を直接溶かされるような快楽は……っ! 甘い! 甘すぎる! こんな軟弱な味、わしの誇りが……! 覇王の矜持が……砕け散る……っ!!」


言葉とは裏腹に、持子の右腕はマシンのような正確さで、二口目、三口目とティラミスを口に運び続けている。


「や、やめろ、わしの腕! これ以上、この甘美な毒を体内に……ああんっ! スポンジに染み込んだ苦味が、また絶妙なアクセントになっておるではないか! なまら美味い! いや、美味くない! わしはこんなもの、認めたく……あむっ、んんっ……!」


全身をビクビクと震わせ、貂蟬と同じ美貌を真っ赤に染め上げながら、涙目でスイーツを貪り食う女子高生。

その姿は、魔王の威厳など微塵もなく、ただ「極上のスイーツに悶絶する乙女」そのものであった。


(くそっ……! この娘の肉体が……! 『もっと糖分を寄こせ』と、わしの魂を支配してくる! 身体中から、謎の快楽物質ドーパミンがドバドバと溢れ出しておるわ!! 止まらん! スプーンが止まらんのだ!!)


「……持子さん」


雪が、冷ややかな声で口を挟んだ。


「そんなに嫌なら、残していいわよ。もったいないから、私が食べるし」

雪がティラミスの皿に手を伸ばそうとした、その瞬間。


「シャアァァァッ!!」


持子は野生の猫のように威嚇の声を上げ、ティラミスの皿を両腕でガッチリと抱え込んだ。豊かな胸が皿に押し付けられ、さらに蠱惑的な光景を作り出している。


「触れるな! これは……っ、この危険な甘味は、覇王たるわし自らが、この身をもって処分せねばならんのだ! 貴様のような凡人が口にすれば、即座に骨抜きにされてしまうわ!」


「……そう。じゃあ、全部一人で『処分』してね」


雪はため息をつきながら、再び紅茶に口をつけた。


「むぐっ、んんんっ……! おのれ、伊太利亜……! おのれ、ティラミス……! このわしを、ここまで辱めるとは……っ!」


魔王・董卓の誇りは、マスカルポーネチーズとエスプレッソの前に完全崩壊した。

皿についた最後のクリームの一滴まで、彼女はスプーンで綺麗に掬い取り、舐め尽くした。



✴︎覇王の帰還、そして新たな戦いの幕開け


完食後。

持子はソファにぐったりと背中を預け、肩で息をしていた。

その表情は、熾烈な戦いを終えた武将のようでもあり、ただ単に甘いものを満喫して昇天しかけている女子高生のようでもあった。


「……ふぅっ、ふぅっ……」


「お疲れ様。満足した?」


「……雪。この『でざぁと』とやらは、我が軍の標準装備に加える。忘れるな」


「はいはい。でも、カロリー高いから、明日からまたジムでしっかり絞ってもらうけどね。モデルなんだから」


「な、なん……だと……!? じむ、とは何だ! またいくさだと言うのか!」


甘い誘惑の代償は、現代の「ダイエット」という未知の戦場であることを、魔王はまだ知る由もなかった。

店を出ると、夜風が火照った持子の頬を心地よく撫でた。

先ほどまでの狂乱が嘘のように、持子(董卓)の心は静かに澄み渡っていた。

重く醜かったかつての肉体はもうない。今ここにあるのは、羽毛のように軽く、貂蟬に劣らぬ美貌と完璧なプロポーションを持った、輝ける若き器だ。


「雪」


持子は、数歩前を歩く雪の背中に向かって声をかけた。


「ん? なに?」


「貴様は、わしを『とっぷもでる』とやらにしたいのであったな」


「ええ。持子さんなら、絶対になれるって信じてるから」


振り返った雪の笑顔を見て、持子の心臓がまた一つ、大きく高鳴った。

董卓の魂は、この温もりを警戒しながらも、同時にどうしようもないほどの心地よさを感じ始めていた。


「ふん……。良いだろう。貴様がそこまで言うのなら、この魔王・董卓が、天下無双の覇王となって、芸能界とやらを平定してやろう!」


「とうたく? なによそれ」


「気にするな! 良いか雪、貴様はわしの参謀だ。わしの傍を離れることは、絶対に許さんからな! べ、別に寂しいとかそういうことではないぞ! これは命令だ!」


夜の街に響く、ツンデレ魔王の宣戦布告。

雪は呆れたように笑いながら、持子の歩幅に合わせて歩き出した。


「はいはい、了解。それじゃあ覇王様、明日も朝早いから、まっすぐ帰って寝るわよ」


「うむ! 苦しゅうない!」


かくして、現代の東京に降り立った魔王の第一歩は、血みどろの粛清でも苛烈な支配でもなく――イタリアンのフルコースへの完全降伏と、一人の女性への不器用な恋心の始まりによって幕を開けた。

圧倒的な美貌と、隠しきれないポンコツさを併せ持つ『ツンデレ魔王モデル』の快進撃が、今、始まろうとしていたのである。



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