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王宮で幼女は問題を解決する

「なにか、こまっていらっしゃるの?」


 煌びやかな衣装を身に纏った大人たちが集まり、香水の香りが入り乱れる。美しいシャンデリアが輝く中、人々は騒然としている。起こった騒動に巻き込まれ、夜会どころでなくなった王宮を警備する、勤務中の騎士。それがデナルドだ。

 そのデナルドの元に、どこからか現れた小さな少女が駆け寄ってきた。首を傾げ、見上げる姿は愛らしく、少女の身に纏う、少し型が古いが美しいドレスから、今日の夜会の参加者の家族と判断したデナルドが周囲を見渡すも、保護者や侍女、乳母のような者は見当たらない。夜にこんな幼子を放置するなんて、と思いながら、デナルドが同僚に声をかけ、しゃがんで少女に視線を合わせる。


「お嬢様。今、ここは大変なことが起こっているのですよ。おうちのひとも探しているでしょうし、僕と一緒に探しましょうか?」


 そんなデナルドの向こうを見るように、会場を覗き込んだ少女は、ニヤリと笑って言った。


「ねぇ、騎士様。もしかして、エンガルティ公爵夫人の身につけていた、家宝のブローチがなくなった?」


「な、」


 会場を外から軽く見渡しただけで、事件を言い当てた少女にデナルドが目を瞬かせる。


「エンガルティ公爵家の家宝のブローチといえば、真ん中に大きなサファイアがついた、ダイヤモンドで囲うように装飾された美しいもの、でしょう? その価格は王都に大きなお屋敷が何軒も買えるほど」


 すらすらと少女の口から流れる言葉に、デナルドが聞き入ってしまう。最初に話しかけてきた言葉足らずの様子などどこに行ったのか、大人のように落ち着いた口調で語り続ける。


「公爵夫人がそのブローチを大切にしていることは周知の事実で、保護の魔法がかかっているほど。そんな警備がしっかりしているブローチが、王宮の夜会でなくなった……しかも、公爵夫人は“盗まれた”と騒いでいる」


 そこまで言った少女は、少女らしいあどけない笑みを妖艶な笑みに変化させながら、デナルドに一歩近づいた。


「この事件、わたくしなら解決できるわ」








 同僚の前では幼児のように泣いたふりをする少女と片手を繋ぎながら、デナルドは「今回の騒動ではぐれた、少女の保護者探し」という名目で会場を抜け出した。


「このブローチがどこにあるか、これが今回の事件の解決の鍵よ」


 涙を拭いながら、胸を張ってそう言う少女の変わり様に目を丸くしながら、デナルドは少女の指さす方向へと歩みを向ける。王宮の庭に続く道。街灯が輝いているが、影になっている部分は暗くなっている。舗装された砂利を音を立てながら歩き、進んでいく。


「騎士様。貴方はわかる?」


 幼い足の長さに見合った歩幅で歩きながら、小首を傾げる少女に、デナルドが首を振って否定した。


「いえ、わかりません」


「貴方、本当に成年しているの? これくらいのこともわからないなんて」


 デナルドの返答に心底驚いた表情を浮かべた少女が、両手を口に当てて固まった。


「……ごめんなさい。驚きすぎて、足を止めてしまったわ」


 そう言って歩み出した少女の歩調に合わせ、デナルドは頭を掻きながら歩み始めた。


「……それならば、エンガルティ公爵の噂はご存知?」


「……高貴な方の噂など、僕の口からは申し上げられません」


 小さく息を呑んでから、そう返答したデナルドの様子にくすくすと笑った少女はこてりと首を傾げた。


「王宮のこんな場所には誰も来ないわ。来てもいつもこの時間は人の影すらないのよ。あら? 王家の影でも心配しているの? 重要な人物にしかついてないに決まっているじゃない。あなたって真面目なのね」


 踏み出した足を軸にして、くるりと振り返った少女が口を開いた。


「エンガルティ公爵は誰かと不倫をしている」


 幼い口から出るには似つかわしくない言葉と、街灯の消えた暗い庭園。そのせいか、少し恐ろしく思ったデナルドがごくりと唾を飲む。


「あの噂は真実よ。だって、こんな場所に夫人の大切な家宝のブローチが隠れているんですもの」


 立ち止まって物影を指した少女の指の先には、キラキラと輝くブローチが茂みに隠されるように落ちていた。




 デナルドが駆け出しブローチを拾って振り返ったときには、少女の姿はどこにもなかった。











「デナルド! お手柄じゃないか!」


「いや、僕は何も……」


「何もなんて謙遜して! 迷子の子供を送り届けたらブローチを見つけるなんて、すごいぞ!」


 夜会の翌日。騎士の仲間たちにそう褒められながら、揉まれたデナルドは庭園を振り返る。その後、周囲を探したが少女の姿が見当たらなかったため、デナルドはブローチを届けに会場に戻った。その後、他の騎士に協力してもらったが、少女は見つからず、家の人と会えたのだろうと判断された。すっかり明るくなった庭園には、少女の姿など見当たらない。……なぜかまだ少女が庭園にいるような気がして、デナルドはつい庭園を探してしまう。








「よかったじゃない。仲間に褒められて」


 夜。暗くなり、あの事件の日のような暗い夜。一人で庭園を警備していたデナルドの元にそんな声が響いた。慌てて辺りを見渡しても、誰もいない。きょろきょろと辺りを見渡すデナルドの様子をみて、少女はくすくすと笑った。


「こっちよ。……木の上」


 木の上に腰掛けた少女はあの日と同じドレスを着ている。高さがあるため心配して駆け寄ったデナルドの手など取らず、少女は風に揺れる木の葉のように華麗に着地した。


「君は! 無事だったのか? 家には帰れたか? それに、なぜブローチの場所がわかった? あの手柄は君のものだ! なぜ栄誉を受け取らない?」


 捲し立てるデナルドにため息を落とした少女がスカートを払いながら答える。


「そんな一気に聞かないで」


 風で草が揺れる。少女はデナルドを見上げ答えた。


「無事に家には帰ったわ。ここを探索していたら見つけたの。手柄? そんなめんどくさいことに巻き込まれなくないじゃない? 栄誉はあなたが大人しく受け取りなさい」


 そこまで言い切った少女はくすりと笑った。


「なぜブローチの場所がわかったのか知りたいって顔ね。いいわ。教えてあげる」


 あの日のように歩き出した少女の歩幅に合わせ、デナルドも少女の後を歩き始めた。


「わたしね。夜会の日は少し離れたこの庭園からあの煌びやかな灯りを見るのが好きなの。近づくには煩わしいけど、美しい景色は楽しみたいじゃない」


 暗い庭園の微かな街灯の中、明るく光の灯される夜会会場は、その優美な姿が光の暗影によって色づけられる。キラキラと輝く光は確かに美しい。遠くに微かに香る料理の香りも胸が躍るような贅沢な香りだ。


「木の上で座っていたら、エンガルティ公爵夫人が周りを気にしながら歩いてきたの。何をするかと思ったら、大切なはずの家宝のペンダントを隠した」


 少女の髪が風でさらりと靡く。手入れはされているが、少し痛んでいる。そのチグハグな様子に違和感を覚えながらデナルドは話を聞く。


「エンガルティ公爵には、公然の噂がある。不倫をしているという。実際、家にはあまり帰っていないそうよ。あなたもよく王宮で見るでしょう? エンガルティ公爵の姿を」


「はい。お忙しいようで、王宮内に遅くまでいらっしゃいます」


「ふふふ。あなたは本当に素直ね。じゃあ、最大のヒントよ。昨日の夜会は誰主催かしら?」


「王妃殿下の主催だと聞いています」


 ピンときていないようで、首を傾げながら答えたデナルドに、ため息をついた少女が言った。


「……ここまでヒントをあげても答えに辿り着かないの? そうね。エンガルティ公爵の役職はご存知?」


「筆頭補佐官です」


「筆頭と言っても、何人かいるでしょう? 他の筆頭補佐官たちはエンガルティ公爵ほど、お忙しいのかしら?」


「いえ……。まさか王宮内で不倫を?」


 驚いた表情を浮かべ、冷や汗を垂らしたデナルドに少女は言った。


「あなたって素直ね。エンガルティ公爵夫人が“家宝が盗まれた”ことにして、誰の咎にしたかったか。普通、犯人ね。見つからなかったら?」


「……王妃殿下」


「そうよ。王妃」


 少女は足を止め、振り返った。


「わたくしの母親よ」


 そう言った少女の顔には一切の色がなかった。


「え?」


 デナルドは事件の衝撃と少女の告白に言葉を失った。一度下を向き、デナルドが次に顔を上げたとき、少女の姿はもうどこにもなく、ただ静かな風が吹いただけだった。

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