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あとがき

 この作品を書き終えたあと、しばらくノートを閉じたまま机に置いていた。

 文字がまだ体のどこかに残っていて、ページをめくるたびに旅の匂いが蘇った。

 東京の夜明け、高架下の金属音、青森の雪、函館の潮、京都のざわめき、広島の沈黙、高知の風、福岡の灯、熊本の泥、鹿児島の灰。

 どの風景にも、息をひそめた自分がいた。



 最初は「疲れた人間が旅に出る」という単純な衝動だった。

 けれど書いていくうちに、それは逃避ではなく「回復」になっていた。

 誰かに理解されたいというよりも、自分自身の声を聞き直すための旅。

 人の優しさや自然の静けさは、理由を問わずそこに存在していて、こちらが立ち止まったときにだけ見える。



 生きるという言葉は、大きすぎて扱いにくい。

 でも、書くことはそれを少しだけ扱いやすくする。

 言葉にして並べると、曖昧な痛みや迷いが「形」として目の前に現れる。

 形になったものは、たとえ壊れやすくても、手で触れられる。

 触れられるものは、必ずどこかにあたたかい。



 この物語の主人公は、特別な誰かではない。

 誰の中にもいる「生きることに少し疲れた自分」だと思う。

 だからこそ、彼の旅路は終わらない。

 ページを閉じても、彼はどこかで列車に乗っている。

 新しい朝の光の中で、もう一度ノートを開いている。



 もし読んでくれたあなたが、いま少し息苦しい場所にいるのなら、この物語の中にある静けさの一片が届けばいいと思う。

 旅をしなくても、人は変われる。

 見つけようとしなくても、光はときどきこちらを見ている。



――人生は、終わりではなく、書き続ける過程の中にある。


 この言葉を、最後の一行として、そっとここに置いておきたい。

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