第2話 黄色い傘と白い猫
朝、目が覚めると雨が降っていたから、僕は傘を差して家を出た。
僕専用の黄色い傘が大人の傘に埋もれてて、見つけるのに時間がかかった。
少し寝坊したせいもあって、登校班の集合時間に少し遅れてしまった。
だから、集合場所には、誰もいなかった。
僕は早歩きで通学路を歩いて行った。
僕が通う大和田小学校には広い石段がある。その石段を上るとグラウンドがあり、奥に
校舎が見える。
先生たちが傘を差して、ぞろぞろと登校する小学生たちに挨拶をしている。
皆がグラウンドの端っこを歩いている。
グラウンドを通って真っすぐ行けば、端っこを歩くより距離が短いじゃないか。
僕は、皆がわざわざ石段を上ってから左へ行き、グラウンドの端っこを歩いているのが不思議だった。
そこで、そのままグラウンドを真っすぐ歩いた。
グラウンドを渡り終えた時、教頭先生が僕を見て
「何してんだ!!」
いきなり怒鳴られて、びっくりしていると、
「昨日用務員さんがグラウンド整備してくれたのに、何で足跡をつけるような事をするんだ!!」
振り返ると、綺麗に整備された土のグラウンドには、僕の足跡だけが真っすぐについていた。
それから、しばらく怒鳴りつけられたけれど、僕は怒鳴り声が怖くて、
何を言われたかそれから覚えていない。
教室まで歩いている時に、自分がしてしまった行為と、怒鳴り叱られた事がショックで
頭が真っ白になっていた。
教室に入って椅子に座ると、僕は泣きそうになってしまった。
隣の席の友達、郁子ちゃんが僕の様子を見て
しばらく考えたのち、声を掛けた。
「ひで君、なんか叱られてたね~」
にやにやしながら、からかっている風を醸し出している。
「うん、叱られちゃった…」
郁子ちゃんは小学校2年生の時からの仲良しで、家も近所でよく遊んでいる。
「ばっかだね~」
なんて言いながら、僕の肩をツンツンつついてきた。
僕は、郁子ちゃんの優しさで溢れそうな涙を必死でこらえ、
「郁子ちゃんだってバカじゃん!」
と言い返した。
「算数のテスト、こないだ50点だったじゃん」
涙目でやっとそう返した。
「うるさい!黙れ!」
郁子ちゃんはそう言って、僕の肩をぽかぽか叩いた。
そこで先生が入ってきて、1時間目の授業が始まった。
1日の授業が終わって、僕はすぐに帰ろうとした。
「ばいばい」
「おっ、ひで君ばいばい!」
郁子ちゃんに手を振って、僕は下駄箱に向かった。
雨はまだ降り続いていた。
夏休み前で暑い日が続いていたけど、
半そで半ズボンだとちょっとだけ寒い。
うわばきから長靴にはきかえ、傘を開いて校舎を出た。
僕はグラウンドの端っこを歩いた。
頭の中で、教頭先生の怒鳴り声が繰り返し響いていた。
大人にあんなに怖い顔をして怒られたのは、初めてだった。
グラウンドの中央を見ると、僕の足跡が
真っすぐに残っていた。
石段を下りて、道路沿いの郵便局の前を通った。
僕はずっと、今日の朝の出来事で落ち込んでたから、
下を向いて歩いていた。
「にゃあ」
急に、僕の視界に白い何かが入ってきた。
驚いて立ち止まって見ると、それは白い猫だった。
「にゃあ」
白い猫は、びちょぬれの体を僕の長靴にすり寄せてきた。
見上げてくるその顔は、どこか必死で、かわいいと言うには
あまりにも生命力があふれていた。
白い猫は、黄色い瞳で僕の顔をじっくりと見ていた。
僕はしゃがんで、白い猫の瞳をじっと見つめた。
黄色い傘でかこわれた、僕と猫。
白い猫も僕をずっと見つめている。
傘の中は、僕と猫だけの世界で、ほかは
なんにもないみたいだった。
傘に雨が当たる音が聞こえてきた僕は、はっと我に返り、
その猫に呼びかけた。
「おうち、来る?」
本当に、不思議なんだけど。
この後家族や友だちに言っても誰も信じてくれなかったんだけど。
その白い猫は、その時人間みたいにうなづいたんだ。