第88話 『次のセリフは──私が、あなたのヒロインです』
──選抜戦、最終日。
校庭の特設ステージは、朝から人だかりで騒然としていた。
「まさか、声優本人が“最終スピーチ”ってマジ?」
「SNSでトレンド入ってるぞ、《るりあvsリアルヒロインズ》」
「今日、何か“物語”が終わる気がする……」
でも、俺──久慈川幸喜にとっては、
ここが始まりでもある気がしていた。
***
ステージ上。
マイクの前に立つ、姫崎るりあ。
制服のまま、髪を結い直し、
今日だけは“声優”でも“ヒロイン役”でもなく、一人の女の子として、立っていた。
「こんにちは。姫崎るりあです」
その声が響くだけで、観客は静まる。
「私は、今日、“最後のセリフ”を言いに来ました」
そう言って、胸元から取り出したのは、アニメ版『黒薔薇ノ戦姫』第12話、最終回の台本。
「──これが、私が演じてきた“ヒロイン”の最後のセリフです」
ページを開き、るりあは、まっすぐ俺を見つめたまま朗読する。
「“たとえあなたが、私を選ばなくても。
私があなたを選んだことは、永遠だから”」
一拍の間。
「──でも、今日は“アニメのヒロイン”としてじゃなくて、
“久慈川幸喜くんが描く物語”のヒロインとして、言わせてください」
そして、台本を閉じ、言った。
「“次のセリフ”は──私が、あなたのヒロインです」
***
沈黙が、拍手より先に満ちた。
舞香も、歩美も、玲奈も、黙ってそれを見守っていた。
それは、“戦い”ではなくなっていた。
もう、誰も競ってはいなかった。
るりあの言葉が、あまりに真っ直ぐで、
あまりに“声”ではなく“想い”だったから。
***
俺は、ステージに一歩踏み出した。
観客席のざわめきが遠のいていく。
壇上で、俺はマイクも使わずに、静かに言った。
「……俺は、今でも“答え”を決められない」
「歩美も、舞香も、玲奈も。るりあも。……そして幸香も」
「全部が大切で、全部が“ヒロイン”で、
でも、誰かを“選ぶ”ことが、今の俺にはまだ、怖い」
るりあが、小さく俯く。
でもそのとき、俺は言った。
「……だから、俺は、君たちと“続きを書きたい”って思ってる」
その言葉に、舞香が目を伏せ、微笑み。
玲奈が胸元をぎゅっと掴み。
歩美が、涙をこらえながら笑った。
そして、るりあもまた、静かに微笑み返してくれた。
「──それ、めっちゃラブコメ主人公のセリフじゃないですか」
「……うん。でも、それが俺の、“今の”答えだ」
***
数日後。
るりあは元の仕事スケジュールへ戻った。
でも、学校に“たまに戻ってくる”という形で、
「物語の続きを演じること」が続いていた。
俺は、ラノベの続きを書き始めた。
タイトルは──
『俺はプロラノベ作家なのだが青春ラブコメが書けない』
──第2部開始、と大きく掲げて。
***
放課後。
教室に戻ってきた俺に、誰かが声をかける。
「ねえ、こうき。今日の“添い寝ローテーション”、どこまで進んだっけ?」
歩美だ。
「兄、今日のスケジュールは“右腕:私、左腕:玲奈”です」
幸香だ。
「“お風呂”の予約は空いてますわよ? 二人で」
舞香も、笑っていた。
──そして、スマホの通知。
姫崎るりあ
「今日、録音あるけど、終わったら“あの続きを演じる”時間ある?」
俺は、キーボードを叩きながら呟く。
「うん。まだまだ、俺たちのラブコメは書き終わらない」
──物語の“本当の最終回”なんて、まだ遠い。
だから俺は、何度でも言う。
「次のセリフは──誰のものになるのか。
それを決めるのは、きっと“明日”の俺だ」
***
【完】




