第79話 『教室のドアが開いて、あの声が届いた』
──四月。桜の季節。
教室には、甘い新学期の空気が漂っていた。
日直の男子が黒板に「始業式」と書いている横で、俺は静かに机に突っ伏していた。
(……まさか、実家からの帰省合宿で“仏壇に婚約報告”まで終えて戻ってくることになるとは……)
そう、俺はただのラノベ作家・久慈川幸喜(17)であり、
“女子四人に同時に愛されながら同居してる”という時点で、もう人生バグっている。
でも、新学期。心機一転。
今日からは平穏で静かな日常を――
「おはよう、こうき♥」
「席、ここだったよね」
「兄、おはよう」
「……遅刻じゃないだけ、マシだと思って?」
俺の机の周囲に、いつものメンバーが着席していた。
──袋田歩美(幼なじみ)
──舞香(謎の元お嬢様)
──磐城玲奈(地味後輩)
──妹・幸香(本物の妹でハーレムプロデューサー)
(うん……いつも通りの地獄だ……)
***
担任・米村先生が教室に入ってくると、ざわつきが収まった。
「静かにー。じゃ、始業式も終わったし、早速だが転入生を紹介するぞ」
(ふーん。転入生か……って、この時期に珍しいな)
「──では、入ってきてくれ」
教室のドアがゆっくりと開いた。
その瞬間、空気が変わった。
廊下から差し込む逆光。
そして、そこから現れたのは――
「姫崎るりあです。よろしくお願いしますっ」
――声だった。
透明感があって、芯が通っていて、どこか鼓膜に響く“あの声”。
「えっ……?」
俺は、何が起こったのか理解するのに数秒かかった。
教室が凍りつく。
一瞬の沈黙。
そして、爆発。
「え、えええええええ!? 姫崎るりあ!? 本物!?」
「マジ!? マジで!? え、声優!? 推し!? アニメのあの子の中の人じゃん!!」
「うわ、てか声も顔もそのまんまじゃん!!!」
「推しが教室にいる……これ夢!? 幻覚!?」
男子生徒が次々に立ち上がり、机を叩き、歓声があがる。
教室がライブ会場になった瞬間だった。
***
姫崎るりあ。
高校生ながら、現在放送中のTVアニメ『†黒薔薇ノ戦姫†』で主人公ヒロインの声を務め、若干17歳で人気声優ランキングTOP3入りした、本物のトップアイドル声優である。
──そして。
彼女は、俺の原作のヒロイン役を演じている声優でもある。
(な、なんで……よりによってこの学校に!?)
先生が補足説明を始める。
「彼女は、アニメ制作の取材と“高校生としての日常体験”のために、うちの学校に一定期間“特別転入”してくることになった」
「くっ、さすがつくば! VTuberも声優も来る!!」
「この学校、いったい何ジャンルの聖地だよ……!!」
***
「じゃあ、空いてる席に……」
「──久慈川くんの隣が、ちょうど空いてるな」
(……は?)
るりあが、ニコッと笑って俺の隣に腰を下ろす。
「久しぶりですね、原作者さん♥」
小声。だがその“声”だけで、心臓が爆発しそうになる。
「ま、まさか……覚えてたの……?」
「覚えてるに決まってるじゃないですか。
だって、私の“初主演アニメ”の相手ですよ?」
その瞬間──
右後方の席から、鬼のような視線が刺さる。
歩美「ねぇ、今の聞こえた? 聞こえたよね?」
舞香「原作者……? どういうことですの?」
玲奈「つまり……“本妻ポジ”……?」
妹は笑った。
「わぁ、ついに“公式ヒロイン”が現れちゃった♥」
***
こうして――
俺の新学期は、
“推し声優が隣に座ってるクラス”という、
かつてない爆発寸前の地雷環境でスタートした。




