第71話 『突然の帰省──“母さんからの電話”はラブコメ崩壊の鐘』
日曜の昼下がり。
温泉旅館での“添い寝ローテ地獄”が一段落し、久慈川幸喜は畳の上で放心していた。
(……ついにED克服したと思ったら、今度は精神が燃え尽きた……)
カチカチと鳴るスマホのバイブに気づいたのは、五回目の着信音が鳴ったときだった。
画面に表示された文字を見て、全身の血の気が引く。
「……母さんだ……」
──それは、物語の崩壊を告げる、最初の“鐘”だった。
***
「は、はい……久慈川です……」
『あんた今どこおるの? 来週の土曜、法事やで』
電話の向こうの声は、関西弁のような茨城訛りのような、やたら威圧感のある美声だった。
かつて地元では“爆走慈母”と呼ばれた、伝説の元レディース総長──
久慈川静江、俺の母親である。
『じいちゃんの七回忌なんだから、ちゃんと顔出しなよ? あんた東京暮らしで浮かれてたら、家族にバチ当たるよ』
「うっ……はい、わかりました……」
『あと、お兄ちゃんって呼んでくれる可愛い子、ちゃんと紹介しなさいね?』
「え、な、なんでそれ──」
『母親の勘なめんなよ?』
──切れた。
***
リビングに戻ると、ヒロインたちがそれぞれくつろいでいた。
歩美はゲーム中、舞香は紅茶を淹れており、玲奈は旅館の本棚でなぜか「週刊少年フラッシュ」を読んでいた。
「……あの、来週、実家に帰ることになりました」
「……ふーん、で?」
「いやだから、みんなは温泉合宿続けてて……さすがに親の前に女の子全員連れてくのは……」
「無理だよ?」
歩美が即答した。
「お前一人で行くとか言って、向こうで誰か新ヒロイン増やすんでしょ!? 防衛戦線を築く必要がある!」
舞香「母上へのご挨拶、ちょうどしたかったところですわ♥」
玲奈「私……法事、好きです……静かで……火が綺麗で……」
(ちょっと待て、静かなの玲奈だけだろ!? 他は絶対火事起こすタイプ!!)
そして、決定打。
「安心して、お兄ちゃん♥ もう切符全部手配済みだから」
妹・幸香が、得意げに4枚の特急券を机に並べた。
「しかも“宿泊地:実家”♥」
「お前なぁぁあああああ!!」
***
──数日後、実家最寄り駅に降り立つ一同。
田舎の空気は澄んでいた。
駅前に停まっていた軽ワゴンから降り立つ女性の姿に、ヒロイン全員が固まる。
美しいストレートの黒髪。
スカジャンにサングラス、足元はピンヒール。
だが、雰囲気は“母性”と“威圧”のミックス。
「はじめましてぇ、幸喜の母ですぅ♥」
──背筋が凍った。
歩美「こ、こんにちは……(こわ……)」
舞香「素敵なお召し物ですわね(なんか既視感……)」
玲奈「オーラが……元ヤン……」
静江はヒロインたちを見回し、ニヤリと笑った。
「へぇ~。あんた、女に囲まれとるんやなあ? なに? モテ期?」
「いや、違……これはその……偶然で……!」
「偶然で毎回ちがう子と腕組んで登校するバカがおるかい」
鋭い。母親センサーが全方位カバーすぎる。
***
【久慈川家・夜】
食卓には、筑前煮・ひじき・常陸牛のすき焼き。
それを囲む、俺とヒロインたち。そして静江。
「へぇ……妹ちゃんはずいぶんお兄ちゃんにべったりやねぇ?」
「はいっ♥ お兄ちゃんの汗、飲めます!」
「聞いてねぇよ!?」
歩美「妹キャラって危険なんですよ……布団とか、勝手に入ってくるし……」
舞香「我が国では、兄妹婚は推奨されておりません」
玲奈「私は、控えめに観察してます……けど負けません……」
静江は酒を一口飲み、呟いた。
「──誰かひとり選ばな、バチが当たるで?」
その場が、凍った。
***
俺の実家は、静かな田舎の一軒家。
でもそこに、“嵐の卵”が4人同居してしまった。
これはもう──
親バレラブコメ地獄の始まりでしかない。




