第62話 『風呂の戸、開けたら負け』
温泉合宿二日目の午後。
朝から布団地獄に巻き込まれた俺・久慈川幸喜は、
昼食後もぐったりと畳の上に転がっていた。
「……誰か助けてくれ……この生活、理性が持たん……」
すると──
「……お兄ちゃん、午後は“ときめき強化プログラム”だよ♥」
妹・幸香が、不穏な笑顔で俺の耳元にささやいてきた。
「ど、どういう意味だよ……」
「午前の“添い寝バトル”が接戦だったから、午後は“風呂場イベント”で逆転狙う子が多いと思うの♥」
「お前、ラブコメのプロデューサーとしての自覚あるのか……!?」
「あるよ。だから今日のキーワードは──」
妹は笑顔で言った。
「“風呂の戸、開けたら負け”」
***
【16:00 男湯入口】
夕方、さすがに汗を流そうと大浴場へ向かった俺。
誰かが入っているか確認しようと、
そっと耳をドアに近づける。
(……物音なし。たぶん、誰もいない)
よし、と決意を固め、ドアを──
──ガラッ!
「きゃっ──!?」
湯気の向こうに現れたのは、
ちょうど湯船から上がったばかりの歩美だった。
しかも、タオルがゆるんで──
「なに見てんのよ!!」
ブンッ!
乾いた音とともに、俺の顔面にタオルが直撃した。
「ご、ごごごごごめん!!」
俺は慌ててドアを閉め、土下座ポーズで浴場前に正座。
(完全に見た。いや、見えた。っていうか、あれ……ホクロ……)
いやいやいやいや、考えるな俺!!
目に焼き付いた映像を脳内消去だ!!
「……正座30分な」
歩美はタオルを巻き直しながら、
ふくれっ面で去っていった。
妹が背後でささやく。
「“偶然装って”開けたフリするラッキースケベ、第一段階達成……っと♥」
「お前が仕掛けてたのかーー!!」
***
【17:15 再チャレンジ】
一時間後、まだ風呂に入れていない俺は、
今度こそ、と慎重に入口へ向かう。
「……今度は、ノックしてから開けよう」
──コンコン
(……返事なし。やっぱ誰もいない?)
ドアノブに手をかける。
ガラッ。
「ふわぁ……先輩……!?」
そこにいたのは、湯船から上がったばかりの玲奈だった。
浴衣用のタオルが──またゆるんでる!!
「ひゃああああっ!? な、なんで、なんで開けるんですかぁっっ!!」
バシャッ!
手桶が飛んできた。
見事に俺の額にヒット。
「ふ、不幸だ……」
再び正座。
今回は妹の姿も見えず、孤独な反省タイムだった。
(ってか、俺、今日二人目……)
***
【18:30 三たび挑戦】
意地になった俺は、三度風呂場を目指した。
今度は妹が同行。
「ちゃんと“安全確認”するまで開けないでよね~」
「……信じられん。なんで風呂に入るのに命懸けなんだ……」
だが、今度はドアの内側から声が聞こえた。
「……舞香さんですね?」
玲奈の声だ。
「はい、湯船譲りますわ~」
「いえ、もうちょっとだけ……」
「あら、遠慮は要りませんわ。どうぞどうぞ♥」
ガチャ。
俺と幸香の目の前で、
舞香と玲奈が浴場の引き戸越しに押し合い始める。
──なぜかタオル一枚状態で。
「ああっ!? 開いたぁ!?」
「ちょっと! 両方タオルずれてるって!!」
俺の視界には──
左に舞香の白肌、右に玲奈の黒髪美肌。
そして中央には、妹がスマホを構えながらニッコリ。
「はい、今の記録っと♪」
「撮るなぁああああ!!」
***
【19:00 ようやく入浴】
ヒロイン全員が「もう済ませた」と聞いて、
ついに風呂場へ。
「……やっと、普通に風呂に入れる……」
湯船に浸かり、疲労を洗い流す。
だが、俺の脳裏には──
タオルの滑る瞬間
湯気の向こうの姿
あらゆる生地感
湿度
体温
香り
それらが、はっきりと残像となって浮かんでいた。
「これ……耐久試験じゃなくて、拷問じゃね……?」
呟いた声が、湯面に溶けていった。




