第57話 『真夜中のキス犯人は──私です♥』
「ねえ、昨日の夜……誰か、俺に……キス、した?」
その言葉を、俺──**久慈川幸喜**が口にした瞬間だった。
――空気が、止まった。
合宿中の旅館。朝の食卓。
湯気立つ味噌汁も、しゃもじの手も止まり、
ヒロインたち全員の目が、俺に集中する。
「は、はい? キスって……その、どこに?」
とぼけようとした妹・幸香の箸が震えていた。
「口、だよ。正面から、柔らかく、ぬるっと……甘いような、香りの──」
「それ、私です♥」
妹が真っ先に手を挙げた。
「はぁ!? あんた何言ってんの!?」
即座に立ち上がる幼なじみ・袋田歩美。
「違うから! 絶対、私がやったから!!
あんた熱でふらふらしてたし、なんか……好きになっちゃって……!」
「おやおや? それは我こそが犯人と言ってるようなものですわね?」
転校生お嬢様・舞香が優雅に立ち上がり、ティーカップを傾ける。
「深夜二時。 兄様の寝顔を見て、つい……唇を奪ってしまいましたの、うふふ♥」
「…………私です」
静かに手を挙げたのは、図書委員・磐城玲奈。
「先輩の寝息、録音しながら……どうしても、耐えきれなくて」
「待て待て待て待て!!!」
俺は叫んだ。
「全員『私です』ってなんだよ!!!」
***
【臨時開催:ヒロイン私的裁判会議──通称“キス犯人法廷”】
妹がホワイトボードに書き出した。
《容疑者リスト》
容疑者動機証拠備考
幸香(妹)日常的に兄を愛している兄の唇の“塩味”を再現可普段からキス魔
歩美(幼なじみ)看病ついで唇の柔らかさに自信あり衝動キス疑惑
舞香(お嬢様)無意識の癖香水と一致英国式挨拶を言い訳に
玲奈(図書委員)収集欲“先輩の口臭”を記録済それはそれで怖い
「じゃあさ……ひとつ、聞かせてくれ」
俺は絞り出すように問いかける。
「なんで、みんなキスしたの?」
歩美が言った。
「……好きだからに決まってるでしょ。
あんたが熱で寝てるの見てたら……触れたくなっちゃったのよ……」
玲奈が言った。
「……研究対象として、ずっと見てたから。
でも昨日は、“対象”じゃなくて、“好きな人”に見えたんです……」
舞香が言った。
「恋する乙女は、夜に咲くのですわ。
あれは一瞬の感情の爆発、だったとしか言いようがありませんわ♥」
そして──妹、幸香。
「お兄ちゃん……私は、ずっとキスしてた側だもん。
昨日のひとつが特別ってわけじゃないよ……?」
「狂気か!?」
***
「こうなったら、唇の感触から犯人を突き止めるしかないわね」
歩美が突然、唇を突き出した。
「さあ、比べなさい!!」
「なぜそうなる!?」
「さあ、唇鑑定タイムですわ♥」
舞香まで迫ってくる。
「兄様の肌に残る“感触メモリー”と一致するものを選定しましょう」
玲奈がタブレットを取り出し──
「先輩の皮膚温と唇圧から計算して、
最も吻合する角度と質感を──」
「お前だけやたら科学的だな!?」
***
結局。
裁判は結論が出ず、妹が再びホワイトボードを更新。
《本日の結論》
「犯人は、愛そのものでした」
「納得できるかあああああああ!!!!」
──こうして、謎は深まり、キスの記憶は夢となった。
だが俺は誓った。
必ず、“本当の犯人”を突き止めてみせる……!




