第47話 『思い出の町──鮟鱇鍋と、冬の記憶』
つくば駅から、電車を乗り継いで一時間半。
俺たちは、茨城県北部の海沿いの町──北浜町に降り立った。
この町は、かつて俺と幸香が
一度だけ“家族旅行”で訪れた場所だった。
そのとき、ちょっとした喧嘩をして、
寒空の下、二人きりで迷い込んだのが──
そう。
あんこう鍋の店だった。
***
「……変わってないわね、ここ」
歩美が、懐かしそうに暖簾を見上げる。
「兄妹で寄ったって話、あの子から聞いたことあるよ。
『寒かったけど、心はぽかぽかだった』ってさ」
玲奈はスマホを閉じて頷いた。
「昨日、この町のターミナルで“それらしき子”が目撃されていました。
最後に立ち寄りそうな場所は、やはりここかと」
舞香は腕を組み、きっぱり言う。
「さあ、入りましょう。鍋と記憶、両方の残滓を回収しますわ」
***
──暖簾をくぐると、懐かしい匂いが鼻をくすぐった。
ダシの効いた、濃厚な磯の香り。
店の奥には、古びた木のテーブルと、壁に貼られた手書きのメニュー。
「いらっしゃい」
奥から出てきたのは、恰幅のいい女将さん。
俺たちが事情を説明すると──
彼女は一瞬、目を細めた。
「……ああ。あの子、来たよ。昨日の夕方だね」
女将さんは、静かに湯呑を差し出しながら語り始めた。
「ひとりで来てさ。注文もせず、しばらく席に座ってた。
じっと店内を見回して、まるで“思い出を探してる”みたいに」
「声かけたら、笑ってたけどね。目、真っ赤で。
『ここ……昔、兄と来たんです』って」
俺は、ごくりと喉を鳴らした。
「でね……最後にこう言ってた」
女将さんは、少し遠い目をして言った。
「“今度こそ、終わらせに来た”って」
***
席に座ったまま、俺はしばらく動けなかった。
あの時のことが、胸の奥からじんわりと浮かび上がってきた。
寒かった日。
俺と幸香は、ちょっとしたことで喧嘩をした。
「勝手についてくるなよ!」
「うるさい、バカ兄貴!」
そんな言い合いの後で迷い込んだのが、この店だった。
黙って座り、
黙って鍋をつつき、
最後には──ふたりで笑ってた。
「……ごめんね、お兄ちゃん。
あたし、好きって言っちゃいけないのかな」
あのとき、幸香がぽつりと言った。
「“妹”って、恋しちゃダメなの?」
***
玲奈が、女将さんに質問した。
「その後、あの子はどこに行ったか……何かおっしゃってましたか?」
女将さんは、少し考えてから言った。
「『神社、残ってるかな』って言ってたよ。
山の上にある、昔の神社。いまは廃れちゃってるけど、
“また来たい場所”なんだってさ」
俺たちは顔を見合わせた。
舞香が言う。
「そこが、次の目的地ですわね」
歩美が深く頷く。
「急ごう。あの子、寒さにも弱いんだよ。
一人きりで震えてるかもしれないじゃん……」
***
店を出たとき、空は薄曇り。
山の方角から、冷たい風が吹いていた。
俺は、心の中で何度も呟いた。
(待ってろ、幸香──)
(まだ終わってない。……お前を、“消させる”もんか)




