第44話 『兄の選択──誰かを選ぶということ』
文化祭が終わった。
燃えたパンツ。
響き渡ったプロポーズ。
ステージ乱入と展示室封鎖。
すべてが“歴史”になった後の、静かな夕暮れ。
俺──**久慈川幸喜**は、
中庭のベンチでひとり、呆然と空を見上げていた。
「……選ばなきゃいけないのか、俺は」
誰か一人を。
正妻を。
物語の“主ヒロイン”を──
それが、“ラブコメ”という物語における、絶対のルール。
だけど、目の前の現実は──
あまりにも、現実すぎた。
***
その日の夜。
俺の部屋には、順番にヒロインたちがやってきた。
口調は違えど、みんなが語ったのは同じ問いだった。
──「私は、選ばれるの?」
【歩美】
「……もう、ずっと待ってるんだよ? 私。
隣にいたのに、気づいてくれなかった。
でも、あんたが“選ぶ”って言うなら、
そのときは──ちゃんと、こっち見てよね」
【舞香】
「貴族でも、転校生でもなく──
私はただ、“あなたが好きな女の子”でありたい。
だからこの文化も、言葉も、全部覚えたの。
あなたの隣で、笑いたかったから──」
【玲奈】
「言葉じゃ伝えきれない想いがあると、
先輩が教えてくれました。
私は、あなたの“静かな時間”になりたい。
選ばれなくても、最後まで読みたいんです──あなたという本を」
***
だが、最後に来たのは──やはり、あいつだった。
妹・久慈川幸香。
今日の彼女は、
もうドレスでもなければ、抱き枕も持っていない。
ただ静かに、
制服姿のまま、俺の前に立っていた。
「ねぇ、お兄ちゃん。
あたし、ずっと考えてた」
「“妹”っていう立場、使いすぎてたかなって。
本当は、それって──ずるかったのかなって」
「……でも、もう全部、出し切っちゃったからさ」
「今度こそ、最後にするね」
そう言って、彼女は微笑んだ。
それは、
いつもの“狂気交じりの笑顔”じゃなかった。
ただ、少し寂しそうで、
少しだけ強がった、**“恋する少女の顔”**だった。
「お兄ちゃんが、誰かを選ぶなら──」
「……あたしは、消えるから」
***
言い残して、部屋を出ていく妹の背中を──
俺は、引き止められなかった。
胸が痛かった。
心臓が、まるで紙みたいに、折れそうだった。
恋じゃなくて、情でもなくて。
ただ、“一緒に生きてきた時間”がそこにあって。
(俺は、誰を選ぶべきなんだ……?)
その夜、俺はラノベを書けなかった。
プロットは真っ白で、文字は何も浮かばなかった。
代わりに──妹が置いていった指輪が、机の上で静かに光っていた。




