第3話 『執筆は進まず、パンツは増える──』
深夜0時。
世の中の賢い高校生たちは布団の中で夢を見ているだろう。
だが俺は、違う。
液晶の明かりだけが灯る薄暗い部屋で、ノートPCの前に座っている。
「……書けねぇ……」
ディスプレイの中には、プロット用のWordファイルが開かれている。
タイトルは【青春ラブコメ仮案 #38】。
ページ数は……1。
文字数……0。
キーボードの上に両手を置いたまま、5分経過。
「よし、一回深呼吸だ」
目を閉じ、思い描く。
──主人公・高校二年生。
──クラスには、地味だけど可愛いあの子。
──幼なじみはちょっとツンデレ。
──妹は実はブラコンで……
──転校生は金髪碧眼の……
(……おい)
(それ全部、俺の周囲にいる奴らじゃねーか)
インスピレーションが来る前に現実が割り込んでくる。
「もしかして……俺の脳、現実ヒロインに上書きされてんじゃ……?」
萌え妄想するたびに、歩美の割烹着姿が浮かぶ。
妹ヒロインのセリフを考えようとすれば、「お兄ちゃんのオケケ瓶」が脳内再生される。
「……これはもう、病気なのでは?」
パチ、とタスクバーをクリックしてTwitterを開く。
【#青春ラブコメ】【#書けない病】【#妹にパンツ狙われてる】
なんだこの検索履歴。
タイムラインでは今日も誰かが「尊い」と叫び、
誰かが「エモい」と泣き、
誰かが「最高のオタ活」としてラノベの感想を上げている。
ああ、俺も“そうなりたい”んだよ……!
でも、現実が強すぎるんだ……!!
──そのころ、脱衣所では。
***
「んふふふふ……」
誰もいない洗濯籠の前で、ひとり至福の笑みを浮かべる影があった。
妹・久慈川幸香。
高校一年生。性格・チョロい。属性・ブラコン。特技・フェチ全開。
「お兄ちゃんの青春の産物……今日は……あるかしら……♪」
そっと洗濯物をあさるその手つきは、もはや熟練の職人。
迷いのない動きで“それ”を取り出す。
──兄の脱ぎたてトランクス(今日の柄:萌えフィギュアの総柄)
「ふおおおおおおお……!! これは……芳しい……!!」
深く、深く鼻から吸い込む。
蒸れたコットンに微かに残る制汗スプレーと、男の獣臭。
「これぞ……兄の証……」
幸香は愛しげにパンツを抱きしめた後、慣れた手つきで“裏返す”。
「今日もあった……お兄ちゃんのオケケ、一本ゲットォ……!」
小瓶を取り出す。
キャップを開けて中にそっと入れる。
中には、数十本の毛がキラキラと詰まっていた。
ラベルにはこう書かれている。
【兄毛コレクション:2025春限定モデル】
「よし……今月あと7本集まれば……“兄毛フェス”が開けるわね……!」
この子、ガチでヤバい。
でも可愛い。
いや、ヤバい。
──ちなみに、彼女はこれを“萌え”と呼んでいる。
***
その頃、俺はといえば──
「……ちょっと煮詰まりすぎたな。風呂、入るか……」
立ち上がって浴室へ。
いつもなら妹が風呂掃除をしてくれているが、今日は珍しく空いている。
脱衣所で服を脱ぎながら、ふと脇にある洗濯籠を見る。
(……なんかパンツが減ってるような……? 気のせいか)
そのまま浴室へ入り、シャワーを浴びる。
湯船に浸かって、ふぅ、と息を吐く。
「……ヒロイン……ヒロインか……」
この世のどこかに、俺の“理想のヒロイン”って存在するのだろうか。
いや、それは作るものだろう? 創作の中でこそ、理想を描くんじゃないのか?
……なのに、俺は──
「現実のほうが、濃すぎるんだよなぁ……」
***
風呂上がり。
タオルで髪を拭きながら自室に戻ると──机の上に、新たな“贈り物”が置かれていた。
──俺の今日のパンツ。しかも“裏返し”。
「……いや、待て。誰だよ……っていうか、誰が戻した?」
震える指で持ち上げると、小さな紙片が貼り付いていた。
【ありがとう。また明日、期待してるね♥】
「おいィィィィィィィィィッ!?!?!?」
部屋中に響き渡る俺の叫び。
その瞬間、隣の部屋から妹の寝言が聞こえた。
「うふふ……明日は二本抜いてやる……」
お前かあああああああああああああああああ!!!!!
***
その夜、俺は思った。
ラブコメが書けないんじゃない。
俺の生活が、すでにラブコメ“超え”てるだけだ。
ツッコミが追いつかない、
フェチと変態とヒロインが交錯する──
そんな世界に住んでる限り、俺に“理想”なんて描けるはずがない。
「神様、俺、もう降参です……」
俺は再び、神棚の前に座った。
柏手を二回。
「……萌えヒロインじゃなくていい。せめて、落ち着いてパンツを干せる日常をください……」
──返事は、なかった。
でも、遠くから、笑い声が聞こえた気がした。




