第2話 『神様、俺の周囲が既に“ラブコメ地獄”でした』
「──はぁ……」
朝のチャイムが鳴る直前。
俺は教室の自席に座り、窓の外を眺めながら深くため息をついた。
「どうしたんだよ、幸喜。朝から魂抜けた顔して」
「いや、なんていうか……“日常”って、こんなに濃かったっけ……?」
「は?」
そう声をかけてきたのは、俺の同級生にして腐れ縁のツッコミ役、高萩武士。
この男がいなかったら、俺はもう少し静かな学園生活を送れていたかもしれない。
だが残念ながら、こいつはこいつで“地元の情報屋”を自称するほどの噂好きだ。
「お前またラノベで徹夜したんだろ? どうせおっぱいのサイズに悩んで筆が止まったんじゃねーの?」
「……当たりすぎててムカつくわ」
正確には筆が止まったんじゃない。
書こうとした瞬間、脳裏に“リアルヒロインたち”が浮かんできて全てが白紙になるのだ。
ツンデレ?→歩美
妹キャラ?→幸香
地味子のギャップ萌え?→磐城玲奈
金髪巨乳ハーフ?→舞香
「お前さ……もし現実がラブコメだったらって妄想したことある?」
「あるわけねーだろ。現実はもっと、こう、乾いてるっていうか」
「……だよな」
──俺だけだよ。
現実がラブコメすぎて小説書けないプロ作家なんて。
***
放課後、図書室。
「先輩、今日も来てくれて嬉しいです」
「お、磐城ちゃん、いたのか。例のアレ、もう貸出できる?」
「はいっ、城郭特集号、確保しておきました」
静かな図書室。
そこに立っていたのは、地味メガネで三つ編みの図書委員・磐城玲奈。
ぱっと見、真面目そうな文学少女。
だけど──
(中身、コスプレイヤーなんだよな……しかも、伝説の綾波)
去年の冬コミ。
俺が偶然通りかかった同人ブースの前、手作り感全開のエヴァコスに囲まれてパニクってた一人の女の子。
俺が「写真列はこちらでーす」と誘導したのが始まりだった。
あのときの子が、まさか俺の後輩で、しかも俺の作品の愛読者だったとは。
「先輩、五巻ではどこの城が登場する予定ですか?」
「うーん、笠間城かな……あんまりメジャーじゃないけど地形的に面白くてさ」
「それなら近いですし、今度、私と一緒に……あっ、いえ、なんでもありません!」
──おいおい、待て。
これフラグじゃね?
今、間違いなく“ヒロインっぽい誘い方”だったぞ。
俺の中の編集者が叫ぶ。
《読者人気:地味子系ヒロイン! ギャップ萌え! コスプレ属性! 今、波来てます!》
それをかき消すように、俺は慌てて話題を変えた。
「と、とりあえず資料ありがとな! 助かった! あ、あとで返すから!」
「はい、いつでもどうぞ。先輩が“ちゃんと”資料活かしてくれるなら、私、いつだって協力しますから!」
──また来たよ、この“応援する後輩系”の萌え台詞。
あぁ、もうほんと勘弁してくれ……!
俺の頭の中には、これだけで10個以上のプロット案が湧き出す。
なのに……キーボードの前に座ると、全部消えるんだよな……。
***
帰宅すると、また“地獄”が待っていた。
「お兄ちゃん、おかえり」
そう言って出迎えてきたのは、妹・幸香。
ポニテ、チッパイ、ジャージ姿。足元は裸足。
どこからどう見ても、王道の“ツンブラ系妹ヒロイン”だ。
……ただし、性癖が少々おかしい。
「……今日のパンツは……まだだね。ふふふふふ」
呟きながら、脱衣所の洗濯かごに直行。
なぜ知っている。
なぜそんな行動を、日常のようにやるんだ。
しかも──俺は知っている。
妹は、俺のパンツに付着した“毛”を集めて瓶に入れている。
ラベルにはこう書いてあった。
《兄成分・特濃保存》
「おい、幸香、それもう犯罪だろ。つーか、俺が有名作家じゃなかったら通報されてるぞ?」
「へぇ? 通報したら? でも、パンツの在庫切れたら“お兄ちゃんの筆”止まっちゃうでしょ?」
「…………やめろ、いろんな意味で誤解を生む」
妹にすら“筆が止まる要因”を握られているこの状況──
これをラブコメ地獄と呼ばずして、なんと呼ぶ。
***
夕飯は、歩美が作ってくれた“鮟鱇鍋”。
「うわ、豪華だな。これ作るの大変だったろ?」
「幸喜が“書けない病”になったときは、鮟鱇鍋って決めてるの。茨城の誇りだし、スタミナつくしね」
「……ありがとな」
歩美の横顔を見ると、ほんの少しだけ、頬が赤くなっていた。
なんだその乙女感。
お前、ヒロイン力高すぎなんだよ……!
食後、歩美はさっさと帰っていった。
「はいはい、早く執筆しなさいよ」って言い残して。
俺は、机に向かう。
ラップトップを開く。
さっきの磐城の笑顔、妹のパンツ、歩美の鍋──
全部が頭に浮かんで、消えていく。
「……神様……マジで、俺の周囲、ラブコメ地獄なんだけど……」
それは、嬉しくて、苦しくて、少しだけ幸せな──
物語の始まりだった。




