第27話 『推し声優にバレた瞬間』
──その一言が、すべての均衡を崩した。
場所は某アニメ制作会社の音響スタジオ、打ち合わせブース。
収録予定日を前にして、関係者と仮読み合わせを行うという場に、俺は立ち会っていた。
俺、久慈川幸喜。
ラノベ作家。
そして──九条ことねのガチファン。
そう、今日この場に、来てしまったのだ。
“推し”が。
──九条ことね。
透明感あるボイスと、包み込むような優しさ。
多くの深夜アニメでヒロインを演じてきたカリスマ声優。
そして、今作──
俺のラノベ『俺はプロラノベ作家なのに、青春ラブコメの中にいた』のメインヒロイン役に抜擢された彼女が。
今──目の前にいる。
しかも、俺に向かって──
「原作、読みましたよ。すごく素敵です」
──と、満面の笑みで言った。
***
時が止まる。
正確に言えば、俺以外の全ヒロインの動きが止まった。
背後に控えていたのは、いつものメンバー:
・袋田歩美(幼なじみ)
・舞香・A・C・リーヴス・天城(転校生)
・磐城玲奈(図書委員)
・久慈川幸香(妹)
全員、笑っていた。
……が、目が笑っていなかった。
ことね「ラノベって、こんなにリアルで、感情が生々しくて……すごくドキッとしました。まるで本当に隣にいるみたいなヒロインたちで……」
歩美「──へぇ」
舞香「“本当に隣に”……いるみたい、ですか」
玲奈「“リアル”……ですね」
幸香「“まるで”じゃなくて、“本物”なんだけどね♥」
ことね「あっ……皆さんは?」
渋谷「原作者のご友人、いわば……モデルの皆さんですね」
ことね「っ!? あっ、あの、あれは……あくまで創作で……」
俺「やめてええええええ!!! そこ深掘りしないでえええ!!!」
──だが、止まらなかった。
ヒロインたちは、“あくまで穏やかに”進行した。
歩美「ちなみに、どのキャラが一番“好き”なんですか?」
舞香「演じていて“感情移入しやすい”キャラとか」
玲奈「“私”と“ヒロイン”の違いって、ありますか?」
幸香「私、演技指導できるよ♥ 本物だから♥」
全員「だから黙れ地雷!!!」
***
その後の打ち合わせは、完全に“尋問”だった。
ことねは、声優スマイルを崩さず、ひたすら対応し続けた。
しかしその背中には、どこか冷や汗のオーラが浮かんでいた。
監督(小声)「……あれ、女子4人って、リアルにモデルいたの?」
P(小声)「マジだったんだな……今、ことねさん、ちょっと泣きそうだぞ」
音響「録音じゃなくて、放送できねぇこの空気」
俺「……誰か俺を、音響ブースに埋めてくれ」
***
打ち合わせ終了後、建物を出た瞬間。
俺は無言のヒロイン4人に囲まれていた。
……誰も喋らない。
だが、心の中で炎が燃えているのが分かる。
歩美「……良かったね、“ことね様”に褒められて。浮かれてたしね?」
舞香「顔、真っ赤になってたわよ。“この女”に褒められた時だけ」
玲奈「心拍数、220でした。人間の限界を超えていました」
幸香「……でも私のこと“匂い”で覚えてくれてるんだもんね♥」
全員「黙れ地雷!!!(本日3回目)」
俺「いや、待って!? 俺、なにも悪いことしてないじゃん!? 好きな声優さんに作品褒められたってだけでしょ!?」
歩美「でもその“好き”の顔がねぇ……違ったのよ。見たことない“メスの顔”だったのよ」
舞香「“よだれ”出てたわよね?」
玲奈「目、潤んでましたよ。“推しを見たオタクの目”でした」
幸香「“浮気未遂”で訴えられる前に、結婚しよ♥」
全員「だーーーまーーーれーーー地雷ぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!」
***
夜。
俺は布団に横になりながら、天井を見つめた。
(推しに作品を褒められた。嬉しかった。
でも……“命の危機”も、感じた)
スマホには渋谷からのLINEが届いていた。
渋谷「ことねさん、ヒロインたちからの圧が凄かったって笑ってた」
渋谷「でも“こういう修羅場があるから、演技に深みが出る”ってさ」
渋谷「やっぱ、現実が一番面白いよな」
「誰かもう俺の現実をアニメにしてくれ……(切実)」




