第20話 『リアルは修羅場、物語は進む』
春の終わり、夕暮れの差し込む自室。
俺、**久慈川幸喜**は、静かにノートPCを開いた。
キーボードは埃をかぶっていたわけじゃない。
けれど──ずっと、“押せなかった”。
正確には、押す余裕がなかった。
家にいれば幼なじみが押しかけてきて、
妹は布団に入り込み、
転校生は結婚宣言、
図書委員は手でおにぎり握ってくる。
挙げ句の果てには──
「正妻ヒロイン投票」
「お弁当戦争」
「ラブレター誰が書いたか地獄ゲーム」
「中庭で決闘、そのまま俺気絶」
──これ、全部、“現実”だ。
「……青春ラブコメなんて、書けるわけがないと思ってた」
思ってた。
でも、違った。
書けなかったのは、ネタがなかったからじゃない。
目の前にある現実が、激しすぎて。
本気すぎて。
眩しすぎて。
怖かったのだ。
(でも、もう逃げない)
俺は静かに、ファイルを開いた。
カーソルが点滅しているその一行目に──
俺は、キーボードを叩いた。
『俺はプロラノベ作家なのに、青春ラブコメの中にいた』
──これが、新作タイトルだった。
“書けない”じゃない。
俺は、その中にいたんだ。
妹が泣いて笑って、
幼なじみが料理してぶつかって、
転校生が夢を語って、
図書委員が静かに寄り添ってくる日常の中に。
それをちゃんと、言葉にして、物語にして、届けることが。
俺の仕事であり、願いであり、生きる意味だった。
「書こう。俺の物語を。
このめちゃくちゃで、バカみたいで、でも本気でぶつかってきてくれる女の子たちとの、
この修羅場の日々を──全部、書いてやろう」
***
その頃、廊下の向こうでは──
ヒロインたちが集まっていた。
誰も喧嘩はしていなかった。
でも、全員が“自分が引かない”という覚悟だけは持っていた。
歩美「結局、誰が“勝った”とかじゃないのよね。今の時点では」
舞香「ええ。でも、勝負は終わってない。むしろ──始まったばかり」
玲奈「物語の中で、選ばれるか。現実で、選ばれるか」
幸香「でも最終的に選ぶのは、お兄ちゃん。だから……私の勝ち♥」
全員「黙れ地雷」
***
夜。
俺は、1ページ目の執筆を終えたところで、ふと手を止めた。
外を見ると──空には月が浮かんでいた。
その光が、部屋の中に射し込む。
「よし。いくぞ、ここからが本番だ」
パチンと指を鳴らして、俺は打ち始める。
第一章『神様、俺にヒロインを!と祈ったら、全部現実に降ってきた話』
第二章『正妻戦線異常あり──俺の生活が戦場と化した件』
第三章『妹が布団に潜り込んだら、ヒロインたちが刃物持ってやってきた朝』
第四章『お弁当が愛情爆弾だった日』
第五章『ラブレター事件──“誰が本物か”なんて、もう分からない』
──次から次へと、頭に浮かぶ。
あの日々が、騒がしかった日常が、
一つずつ、物語になっていく。
そう。これは、“プロローグ”だったのだ。
そして、俺の物語は──
ここから始まる。




