表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

薔薇の鉢植え

作者: 後東衣桜利

「行ってらっしゃい」

朝方、若奥さんである女は夫を仕事に送り出した。

残された女は一人で寂しくなる。

6月の北海道の晴天の日、女は早々に台所の食器を洗い、洗濯機で洗った衣類を部屋干しし、外へ出かけて行った。自転車で行ける距離にあるホームセンターで濃いピンクの薔薇の鉢植えを買った。余裕のある大きめの鉢に薔薇をうつし替えるために薔薇の花用の土も一緒に買った。鉢の底に入れる石も買った。

女の名前は紫花乃(むらさきはなの)。旧姓は桃井ももいだ。

歳は18歳。高校を卒業してすぐ結婚した。6月の末に誕生日がきたら19歳になる。

最近彼女は妊娠したことが発覚した。体調が悪くなり、始めたばかりのパートもすぐ辞めた。

今日は比較的体調が良かった日で、突然、ベランダに鉢植えを置きたくなり、急遽、買いに行ったのだ。

家に帰るとすばやくプラスチック製の空の鉢に薔薇の花が咲いている中身をうつしかえた。100円均一の店で買った小さなじょうろに水を入れて、薔薇の鉢全体に水をあげた。

鉢の底に敷いている皿に、水があふれるまで何度もじょうろに水を入れた。

身体が疲れたので花乃はベランダから中に入った。

ここは市営住宅の一階だ。夫と結婚してすぐ抽選で当たったのだ。建てたばかりで新築で綺麗だ。

花乃はそのまま眠りについた。


花乃は夢の中で、薔薇ばかりが咲いている薔薇の国にいた。そこで1人の不思議な男性に出会った。その男性は細身で全身が薄桃色がかっていて何も言わずに花乃を見ていた。普通の人間には見えなかった。


「何?今の。」

昼ご飯も食べずにずいぶんと眠ってしまっていた。時間は14時を過ぎていた。

花乃は妊娠しているとはいえ専業主婦なので家の事をするのが主な仕事だ。

よろよろと起き上がると、掃除機をかけた。

最近夫の帰りが遅いので夕食はいそがなくても良いだろう。掃除機をかけると椅子に腰掛け、体を休めた。

何か昼ご飯を食べないと。でも、何も食べたくない。

果物でも食べよう、と冷蔵庫のりんごを出して台所の水で洗ってまるかじりで食べた。途中で具合が悪くなった。つわりかもしれない。

何とか冷蔵庫の中の物で夫の夕食を用意する。自分はあまり食べられないから適当だ。

深夜になり夫が帰ってきた。

遅くなるから寝ていて良いよと夫からメールが入っていたので花乃は先に寝ていた。

夫は寝ている花乃のほっぺたにチュウをし、夕飯を食べた。

花乃は外見も佇まいも美人だった。花乃に夫が学生時代アプローチしたのだ。他に花乃の事が好きな男もいて三角関係にもなりそれに勝利した夫。にも関わらず夫は浮気心がむくむくと沸いていた。夫もなかなか職場では女性の視線があるモテる男性で職場の女性との不倫願望が沸いていた。今日は職場の若い独身の女子社員を飲みに誘ったのだ。もちろん2人っきりではなく、職場の他の仲の良い社員さんを誘って3人でだ。若い女子社員はこの既婚者の夫に対して全くその気はなかったが、同僚として付き合いで飲み会に応じてくれた。3人での会話ははずみ、2人での会話も弾んだ。夫は完全に狙っていた。というか、いつの間にか若い女子社員のことを好きになっていた。若い女子社員も夫のことを会社の同僚としてではなく、1人の男性として気になっていた。2人は連絡先を交換した。


花乃の夢の中。花乃はある店に入った。手の平に入る位の小さな妖精達が沢山檻に入って売られていた。妖精達の目はうつろでぼろぼろなのかと思ったら、目がくりくりっとしててキラキラしていた。これらの妖精達はもしかして販売用に生産されていて、何も知らない赤ちゃん妖精なのかもしれない。

店主が花乃に言う。

「どれにする?1つ980円だよ。」

「!」

まるでペットショップでハムスターを買う時のようだった。

花乃のズボンのポケットに昼間薔薇の花を買った時の財布がそのまま入っていて、中を確認すると千円札が1枚入っていた。

「人間のお金は我々妖精には価値があるんだ。」

店主は言った。店主も妖精で同じ仲間の妖精を売っているのだ。

花乃は複雑な気持ちで辺りをキョロキョロと見回すと端っこに小さな檻が1つあり、これはぼろぼろなピンクの妖精が入っていた。

「店主さん、これは…?」

花乃がたずねると、あぁ、と店主は言い話してくれた。

種主(たねぬし)だよ。」

花乃は1つの小さな妖精を購入していた。店主に種主と言われた妖精をだ。新しい種主にすると言うことで500円で売られていた。ハムスターなどの小動物を買った時のような小さな紙の箱に入れられて渡された。

花乃が目を覚ます。夫が帰ってきているようだ。夫は夕食を済ませスマホをみているようだった。花乃は自分の枕の側に紙の箱があるのに気づく。夢で見た箱だ。花乃はおそるおそるそれを手に取り中を開けてみる。

すると、中から1人の妖精が出てきた。

ピンク色の二頭身の小妖精のようだった。その姿に花乃は目を丸くした。花乃が自分の手の平を小妖精の前に差し出すと、小妖精はゆっくりと花乃の手の平に乗って恥ずかしそうにしていた。「私達友達ね!」花乃は友達の数はあまり多くない。しかし、花乃はこの珍しい小妖精と友達になることにしたのだ。小妖精も「うん!」と元気よく言っていた。

花乃は小妖精を連れそっとベランダに出た。

夜のベランダは昼のそれとは違い、幻想的だった。

花乃はそっと小妖精を薔薇の鉢に離した。

「花ちゃん何してるの?」

夫が花乃に気づいてやってきた。

「少し夜風に当たってただけ。」

花乃は小妖精を薔薇の鉢に残し家の中に入っていった。

小妖精は薔薇の鉢の薔薇の蕾の中にスッと消えた。


最近夫の言動がおかしくなっている。帰りが遅くなり、スマホをこそこそ隠してみるようになった。

そして花乃はすぐに夫が職場女性と不倫をしていることがわかった。花乃宛に職場の見知らぬ人から送られてきた夫と見知らぬ女がラブホテルに入る直前の告発写真と、『旦那さん会社の同僚と不倫してますよ』とパソコンの文字での手紙によって知ることが出来た。

花乃は妊娠しているのだ。そんな時期にこんなことを聞かされたらお腹の赤ちゃんにも影響が出る。

しかし、意外にも何とか日々を過ごすことが出来ていたのは、ベランダの薔薇の鉢に住む薔薇の妖精のおかげだろう。

花乃は毎日ベランダに出て、花に水をやったり花の手入れをする。花に話しかける。妖精とも少々会話をする。

少し経つと、職場で不倫が問題になり、同僚女性は仕事を辞め、職場を去っていった。

これも告発手紙で知った。

花乃は夫に問い詰めることはしなかった。

妖精が花乃の話を聞いてくれたというのもあるが、別れるにしてもお腹に子供がいるし、何より信じたくないということもあった。

これは2人の仲を裂きたい誰かのでっち上げで、夫は本当はそんな人ではないという風に思っていた。

仮にもし本当だとしても、こんなこと、知りたくなかった。

実は最近夫と結婚する前に花乃といい感じだった男が花乃の周りをうろうろしている。

花乃が外出をしたら、つきまとうようになった。その男、竹野(たけの)は高校を卒業後、現在浪人生で公務員試験を受けるために公務員予備校に通っている。本当は昔振られた女のことをストーカーしている暇はないはずだが、現実逃避なのか、花乃をストーカーしている。現在こんなことになっているのは花乃のせいとまで思っている。警察には相談したし、夫にも告げたが、どちらもあまり役には立たなかった。

ある日、竹野が家の中に入ってきた。花乃は逃げたが追ってきた。

しかし、妖精が守ってくれた。小妖精がいつか夢にみた細身で全身が薄桃色がかっていた不思議な人に変わり、竹野に飛びかかり、竹野は気絶した。

花乃はすぐに警察を呼んだ。竹野は警察に連れていかれた。


あれから一年後の6月。現在花乃は生まれた女の赤ちゃんと共に薔薇の鉢植えに水をやっている。

夫とは離婚していない。今もそしてこれからも。

「僕がいるから大丈夫。」

薔薇の妖精はこう言った。どういう意味なのかはわからないが、夫の不倫は今のところ発覚していないし、未遂に終わっているようだ。未遂になるように妖精が仕向けているらしい。妖精が言っていた。

あれから、花乃につきまとう男はいなくなったし、危ないこともなくなった。

妖精のおかげだ。妖精のことは夫には話していない。

今日も薔薇の鉢の薔薇は美しかった。






































評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ