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イフトーリ  作者: 源平藤橘
黎明編
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第一話 「獣行く」

約500年にも渡る大分裂、『大冷戦期』。民はかつて存在した希望にあふれる『千年王国』の黄金時代を夢想するがそれを体現する者はなく、あまりに過酷で長く苦しいその時代は、人々に疲労と倦怠を与え、希望と野心を減退させた。人類は総じて無気力化し、退廃、停滞、楽観、快楽などの負の側面ばかりが力を得、社会の活力が失われた。時代はまさしく真の『暗黒期』であった。


人々は総じて思った、「聖者は死んだ」。従来の宗教の神聖さは失われ、生命が軽視され、モラルが嘲笑される時代に民衆が唯一出来た事といえば、こんな時代を終わらせる新たなる救世主の登場を願う事だけであった。


世界暦431年・新帝国暦1年、反乱者を率い『秦都の戦い』に大勝し、帝位に即位したケバジンは、「ケェヌヴァース大王の再来」とも言われる辣腕ぶりを発揮し、当時国力最大と謳われた『花帝国』の花北方面軍を壊滅させ、同地に大毳帝国を建国した。その苛烈さは批判も受けたが、歓呼の声はそれよりもはるかに大きく、暗黒の時代に苦しんだ民衆は、この若く英気に満ちた新しい英雄を、東方の『救世主』として迎えたのである。


一方、世界暦455年・新帝国暦25年、西方において最大の都であり、またかつての『千年王国』時代の首都でもあったイスタンブール(コンスタンティノープル)を陥落させ、『千年王国の再興』を掲げたヴラドは欧州諸国と連携し、『千年王国』滅亡後、名目は残され、運営されてはいたものの、不規律的で脆弱な組織であった『元老院議会』の抜本的な改革を希求した。ケバジンよりも若く、才気に富んだこの若者に、西方の民衆は期待を抱き始めていたのだった…。


460年・ホラント連合王領ワーテルロー。またの名を『水間原』。歴史上最も大規模かつ同時多発的な世界的『熱戦』によって、暗黒の時代は今終わりを告げようとしていた。かつて東西ユーラシアを統一していた二大大国の版図に奇しくも似た二国である、ケバブ帝国とルーマ第三帝国。今や互いに皇帝(インペラトル)となったケバジンとヴラドの両者によって今、世界の形が定まろうとしていた…。

 それは、ヴラドが16歳になる誕生日のことであった。


 447年・オスマン帝国首都イスタンブール。


「ヴラド、誕生日おめでとう。皇帝陛下(パーディシャー)から書簡だ。どうやらワラキアで何かがあったらしい。」


 元モルダヴィア公嫡子でヴラドの従兄弟であるシュテファンはそう言うと私の膝元にそれを置いた。


(…父と兄が沼地において事故に遭い死亡。公不在の為、至急戻られたし。)


「どうしたんだ?」


「…。」


 分かっている。間違いなく、父兄の死因は事故などではない。父と兄は、誰かにとって邪魔になったから殺されたのだ。つまりその後を継ぐという事は…


「…父と兄が死にました。恐らく公文書庫の情報と照らし合わせると、オスマン帝国の敵対勢力に暗殺されたと考えるのが妥当でしょう。」


 父は442年のオスマン征伐にハンガリー側として参戦したが敗れ、その後はオスマンへの臣従を誓った。私と弟ラドゥがオスマンに送られたのも、半ば人質としての意味を持ったものであったのは疑うまでもない。


「そうか…。お気の毒に。」


 以前、ヴラドと同様父を暗殺によって失い、ヴラドを頼ってオスマンに亡命したシュテファンは同情し、肩を震わせた。ヴラドはシュテファンの肩に手を置き、一呼吸して語った。


「自分が嫌になります。」


「どうしてだ?ヴラド。」


「父も兄も死んだのに、ようやく私自身の『運』が開けたと思っているからです。」


 シュテファンはハッと息をのむ。


「これまでの私は父と兄の人質…、いわばワラキアの『付属品』でした。私は父を尊敬し、兄を敬愛してはいましたが、彼らが死んだ今、ようやく『生』を実感出来たような気がするのです。」


「今現在、新たなワラキア公であるダネシュティ家の者はハンガリー摂政フニャディの傀儡として即位しましたが、独断でオスマンに貢納を納めたことで評議会の怒りを買ったようです。それで現在ドラクレシュティ朝の生き残りである私に白羽の矢が立った…。」


「あなたも来てくれますか?シュテファン。」


 私がためらいながらもそう尋ねると、シュテファンは二つ返事で答えた。


「僕は昔から君の才能を買っている。それに約束しただろう?どちらかが公座に就けたなら、残された方の公座奪還に協力しようって。僕はそれをそばで見届ける義務があるからね。」


「我ながら、これほど良い義弟を持てたことは前世でよほどの徳を積んだようです。」


 家族の喪失という悲報でありながら、これから先の事を夢想し、二人は笑った。


 翌朝、事情を知った皇帝(パーディシャー)に呼び出され、ヴラドに対して、準備を整え次第すぐワラキアへ向かうよう命が下った。


 本来一年程度を予定していた人質の生活は、結局五年の時を数えた。


「兄上、もう行かれますか。」


 装備を整えている中、同じく人質の弟ラドゥが話しかけてきた。


「ああ。お前ももう自由だ、一緒に国へ戻ろう。」


 明瞭に誘った私をよそに、ラドゥはあっけらかんと答えた。


「僕は行きませんよ。…御冗談でしょう?だって、この土地にはワラキアと違って全てがあるんだもの。もう改宗もしたんですよ?兄上とは違って、私は皇帝(パーディシャー)の覚えもめでたく寵愛(しゅどう)を受ける身ですから…。」


「…そうか…達者でな。」


 事実、昔から私とラドゥには同じ人質であっても扱いにおいて差があった。人質の身でありながら、東西全ての情報が集まる帝国公文書庫を往来し、古今東西の情勢や知識を得ようとする私を脅威に感じ、その一方で、皇帝の小姓として小さい時分より仕えている弟には、その持ち前の明るさの中から純粋性を見出し、警戒を解いていたのだろう。


 本来属国の君主として最も求められる忠誠心においては弟の方がはるかに優れているはず。しかし…これは後に知った事だが、皇帝(パーディシャー)はラドゥを手放したくないがあまり、弟に届いた書簡は全て握りつぶし、必然的に()()()私を公座に推挙したようだ。


 …だがそれでいい。少なくともこれで、鳥籠に囚われ地の底に縛られる事なく、私は己の理想に踏み出す事が出来る。


 宮殿をあとにして、シュテファンと共に港に出た。皇帝があつらえたであろう、一際大きな船が見える。そそり立つ帆柱を眺めていると、中から船主が顔を出した。


()()様、出る準備は万端でございます。このまま直接ワラキアまでよろしいですか。」


「お願いします。」


 5年も見た景色が地平線へ吸い込まれていくが、郷愁を感じる事はなかった。


 黒海を航海する船上の上で、私はそっとシュテファンに話した。


「東方の英雄『毳武(もうぶ)帝』は、今の私と同じ齢16にして既に大兵を率いこの世に覇を唱えたと言います。私は、どこまで行けるか…。」


「小さなワラキア公に過ぎない君が、『皇帝』を目指してるなんて知ったら、恐らく全世界中の人々が君を笑いものにするだろう。…でも僕は信じてるよ。その為に5年間、あの都をずっと研究したんだろ?」


「ここからは俺たち二人の物語だ。もう"本性"を出してもいいんじゃないか?」


 ヴラドは応えた。


「…ああ、そうだな。…人質だからと言ってほったらかしたのが仇と出たな。『敵』に情報を与えすぎだ…。現在の情勢に、地理、政治、軍制、外交、経済…全てをこの目で確認した。」


「今はまだ不可能だが、いずれ陥落させたのち支配し、こう名付けてやる…」


()()()()()()()()()()()。」


 シュテファンは、ヴラドが人質の間長らく飼い殺していた『獣の性』が解放せられたのを見、微笑をたたえ星を見た…。


 あの星々に比べれば、この惑星(ほし)の中の戦いはほんの小さな瞬きの粒なのかもしれない。しかし、彼らの見ようとしているものの姿は、あの星々の輝きに比肩するほどの、巨大な『器』を必要としていた。


 …船は一路、北へと向う。


[続く]


挿絵(By みてみん)

 現在の公爵領(紅)

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