80 贈り物
フィリティが目を覚ましたのは、それから二時間後のことだった。
学園に入学してからと言うもの元気は元気だった。でも、常に一枚布がかかっているような動きづらさを感じて、今日まですごしてきた。
質が悪い眠りばかりで寝苦しい日々だった。
魔女の里にきて、カルテッタと挨拶をしたところまでは覚えている…。でも、その先の記憶がない。
私はどうしちゃったの…かしら?
*
「カルテッタさん!母上様!フィーリが目を覚ましました!!」
アルドルトは、フィリティが目を覚ますまでずっと側にいた。
――目覚めた時に一番に安心させてやりたい。
――瞳に映るのはいつでも一番は、僕がいい。
そんな独占欲もあって…だ。
「………」
天井をぼーっと見つめていた視線が周りを見回し始めた。しばらくして、アルドルトと瞳が合う。焦がれた水色の瞳にアルドルトが映ったとき、彼はクシャリと破顔した。
「……アル?」
「フィーリ。起きた?」
「えっ…と…ここは?……あっ!」
ガバっと起き上がるフィリティに優しい声で忠告される。
「ああ、そんなすぐに起き上がるんじゃない。――気分はどうだい?」
「えっあっ、悪くない…です?」
「ならよかった。今日からは、よく眠れるようになるよ」
「…すごく身体が軽いです。特に足とか…」
伸ばしている足を左右にゆっくり揺らしながら変化を実感する。エリーにマッサージを受けた後のようなスッキリとした感覚に首を傾げる。
(やっぱり枷をつけられていたねぇ)
「そうかい。そうかい」
「あの…私はどうして…」
「フィーちゃん。おはよう。ふふっ。顔色もいいわね。ちょっと転移酔いしちゃったみたいよ。時差でね。転移酔いは、初めての人に多いの。時遅れの人も一握りいるわ。でも次はもう大丈夫よ」
「転移…酔い?」
「今日はもうここでゆっくりしていきな。フィーは何か聞きたいことがあったのだろう?」
(そうだ。聞きたいことが山のようにあったんだった!)
それからフィリティは、寝ていた時間を取り戻すようにカルテッタとおしゃべりをした。
“あの箒はどうなっているの”
“耳は初めからとんがっているの”
“仕事ってなにをするの”
など、最初に思っていたことよりも多岐にわたり、一度口を開いたら止まらなかった。
その様子をアルドルトが嬉しそうに眺めていた。いつの間にかミシェルが菓子でも焼いているのだろう。台所から甘く香ばしい香りが漂ってくる。
「フィーはさぁ、ミシェルの手料理は好きか?」
「大好きですっ!」
「あたいもすきなんだ。この世界にない発想も多いし。フィーも教わっておくんだぞ。でないといつかは、失われてしまうからな」
人の寿命は短い。魔女のカルテッタは、二千の歳を超えているが、人に置き換えると、やっとミシェルと肩を並べられる歳だ。ミシェルと共に生きる年代は、きっとカルテッタにとっての黄金期になるだろう。この時代が終わったら…。
(こんなに人に情を移すなんてな…)
二千年の間に失われたものは、数え切れないほどたくさんある。カルテッタにとっては、姉を失ったことが大きかった。何度も姉が夢に出てくる。亡くなってからもう十年以上の時が過ぎ去っている今もなお。
姉だけじゃない。自らが選択したことで、滅ぼしたものも存在する。それこそ、国を一つ滅ぼしてしまった。
『失わなくていい命が失われたことは、償っていただきたい』
あの時、指摘されるまで、そんなことにも気づかなかった。
仲間を守りたかった。守るためになんでもした。その結果、敵も味方も犠牲になった命がある。
それを奪ったあたいは、生きてていいのだろうか…。
そう思ったとき、ジョーカスの言葉が続く。
『…ありきたりな言葉だが贈りたい………生きててくれて、ありがとう』
――あぁこの人は、許してしまう。あたいの罪を。ならば、あたいはこの人のために尽くして、生きよう。
魔女の里を作るきっかけとなった事件を思い出しながらカルテッタはフィリティと対話する。
ミシェルの血を受け継ぐ彼女がいつかミシェル亡き後も継いでくれるだろうか。
カルテッタにとってミシェルは、かけがえのない存在なのだ。
その娘であるフィリティもそういった関係に慣れるだろうか。そう願いながらこの先の付き合いを望んでいる。
「はいっ!」
なんの混じりもない純粋な笑顔にカルテッタも微笑む。
*
夕方、カルテッタと魔女の里を見渡し、視界に入るさまざまなことに興味を持ち、質問するフィリティとアルドルト。
ティータイムを過ぎた頃、夕日がきれいに見える展望台があると案内を受け、見計らいカルテッタ同行のもと、連れていってもらった。移動には人生二度目の転移魔法だ。
展望台から魔女の里を一望する。
東の方から徐々に星がキラめきだし、アンジュール国の王都付近よりも光が少ない魔女の里の夜空は、“満天の星とはこういうことなんだ”と、眺めながら二人は思った。
「あぁそうそう。フィーには贈り物があるんだ。受け取ってくれるかい?」
突如、思い出したかのようにカルテッタがフィリティに言う。
「贈り物ですか?なんか…凄そうですけど…」
「凄かないさ。これがあれば、もっと楽になるはずだからね」
(まぁこんなことをしなくとももう少しすれば、フィーもわかるようになるんだがな。不公平は…可哀そうだからな)
桃色の瞳が楽しそうに水色の瞳に向かって、ちょいちょいと手招きする。
「ちょっとしゃがんで」
フィリティは言われるがままにしゃがむ。淑女の礼のようだと想っていると、意外なことを言われてキョトンとなる。
「目を閉じて、ヤマガラのルーを思い出して」
(えっ?ルー?)
魔女の里にはルーは同行していない。ここにいないルーをカルテッタが知っていることにも不思議に思ったが魔女なのだ。それだけで納得してしまう。
なぜルーのことなのか、フィリティにはどうつながるのか全く想像できないが、とにかく言われた通りに集中する。
瞳を閉じて、なんとなく項垂れて、大好きなルーを想う。
――ルーをみつけたときのこと
――餌を器用にたべるところ
――返事にいつもこたえてくれるところ
一緒に過ごした日々を思い出す。
思わず、頬が緩み自然と笑みを浮かべてしまう。
シャラシャラシャラ…
聞き慣れない音と共に、雪が肌にぶつかるようなひんやりとした感覚が襲ってくる。とはいえ、集中しているフィリティにはさほど気になることではなかった。
「もういいよ」
カルテッタからお許しが出たので目を開ける。
見た目は…全くさっきと変わらない。
「家に帰ってからのお楽しみ」
なんだかよくわからないけれど、お礼は言うべきだと口を開く。
「ありがとうございます?」
語尾が上がってしまったのは許してほしい。
カルテッタは、うんうんと満足そうに頷いている。
それを見ていたフィリティも嬉しくなった。
「楽しみにします」
側で見ていたアルドルトは、キラキラ光る粉のようなものがカルテッタのこする指先から出現し、次から次へと舞う。徐々にフィリティの頭上に降らせた粉は、彼女を覆うように増していった。その様子は、絵本「いちご姫と剣士の大冒険」に出てくる頁そのもの。
(あの物語は…ただの作り物ではない…のか?)
その頁は、魔女がいちご姫に加護を与える場面。
アルドルトに小さな疑念が生まれるが、目の前のフィリティが何を贈られたのか、過程よりそちらが気になって気になって仕方がなかった。




