79 王家の魔法
二階には五部屋ほどの部屋数があり、その内の一室に入ると静かに扉を閉まる。閉まるのを確認したのちカルテッタが口を開いた。
「あれは、シメリアンテだね」
「やっぱり…そう」
「あともう一つ気になることがある。それは調べてから伝えるよ。今回のは明らかに試しだ。次から本気ってところだろうね。しかし…フィーは優しい子だから、だいぶ心に来てるね」
さらっと気づいたことを告げ、追求心を与えない伝え方をした。
「あの子…言わないのよ。そこがいいとこでもあるのだけれど」
「言わないというより言えない方だろうね」
「………。カルテッタ、ありがとう」
「んにゃ。これぐらいならお安い御用さ。ところで…」
そういうとカルテッタが今日、始めて不機嫌そうに眉を寄せ、私を睨む。
「ミシェル…あんた、また使ったのかい…治癒魔法」
「…えぇ。仕方がなかったのよ」
私は、肩をすくめながら苦笑いをする。
カルテッタは知っている。私の魔法の欠点を。
* * *
魔女の里を作ったあの日、魔女の長となったカルテッタから告げられた言葉には、続きがあった。
『ジョーカス。貴方が以前から感じているこの世界は、その仮説で間違いない。そして、十五の歳を迎える第一王女の苦難もまたその通りになる。今から対策したほうがいい』
『っ!!な、なぜそれがわかるのだ?』
『あたいは魔女だよ?これでも二千の歳を超えてるんだ。馬鹿にしないでおくれ』
ニカッと悪戯な笑みを浮かべるカルテッタが続けて言う。
『多くの命と引き換えにこの暮らしを手に入れた私の罪だ。ジョーカスの力になって少しでも罪滅ぼしをさせて欲しい。何かあれば頼ってくれ。君なら彼奴等みたいなことはしないだろう?』
今にも泣きそうな顔で言われると、ジョーカスもミシェルも胸が苦しかった。
『それと…ミシェル。貴女の聖魔法は使わない方が良い』
その言葉にミシェルは身体をビクッと震わせた。身に覚えがあるのだろうとカルテッタが呆れた視線を向ける。
『ミシェル?』
『あぁ、ジョーカス あんた、知らないんだね』
はぁぁと、困り顔でため息をつくカルテッタは、ミシェルに問う。
『隠していてもいずれわかることだ。自分で言うかい?』
『……うまく言える自信がないわ』
『夫婦だから…なのか。なら、あたいから言おう。――ジョーカス』
カルテッタの纏う雰囲気がサッと変わる。緊張感のあるピリついた空気。何を言われるのだろうとジョーカスは身構える。
『正確に言うと治癒魔法の一部の魔法だが、ミシェルが使うと命を削る魔法なんだよ』
『!!!』
バッとジョーカスがミシェルへと身体を勢いよく向けると、当の本人は“そんな大したことじゃないのよ”と言うように苦笑いをしていた。
しかし、そんなミシェルの想いとは裏腹にカルテッタが言葉を続ける。
『もう二回使ってる』
『…カルテッタ……、そこまで…わかってしまうのね』
『魔女にはね…わかってしまうんだ。あたいたちも特殊だからね。でもミシェルはあたいたちと違う。普通の人間だ。そして未来の王妃。現王妃から聞いてるだろう?王家の魔法について』
王家には魔法に対して、しがらみがある。
国王と王妃には、子孫…すなわち子供や孫たちへ向けられた魔法に対し、攻撃魔法は使えない。また、王位継承権を持つ子供同士でも攻撃魔法を使うことは、できない。
どんなにジョーカスとミシェルのLEVELがカンストしていようとも子供たちを守るために対峙する敵への攻撃が魔法では出来ないのだ。
これは、王族として国登録され、王位継承権を得た瞬間に契約、制限される。
昔、王位継承で骨肉の争いが絶えなかった時代に王位を継承した国王が争いに嘆き悲しみ、国を守ること以外への攻撃魔法を制限した。
たとえ、身を守るためであっても…だ。
《出来ることなら攻撃魔法の使用を全面禁止にしたかった》と、当時の苦悩と共に禁書に記載されている。
そして、聖属性をもつ者が王妃に即位した場合、または、その子どもが聖属性を得た場合、治癒魔法の一部を禁術扱いとした。
聖属性が使用する治癒魔法とは、正確に言えば【時戻り】だ。時を戻すことで負った怪我をなかったことにする。その代償は、己の寿命の消耗。
歴代の国王は、己の妃が命を削り、時戻りの魔法を放つことで自身の寿命をのばす考えが当たり前だった。
時戻りが治癒魔法と名を変え、広く伝わったのは、国民からの指示を得るため。
聖属性は、便利だ。
《【聖女】と崇め【祈り】によってなんでも叶う》と思われた。現代でもその考えを持つ者は多く居り、根強い。
かの時代、どんな状況にも聖属性由来の治癒魔法により、最初こそ《傷を癒す奇跡》と呼ばれていた。しかし、肉体を再生させることで精神が破壊されようとも肉兵として、何度も何度も繰り返し、人ではなく道具として使い続ける戦いを強制しだした。いつしか《奇跡》は奇跡ではなくなった。
その戦を目の当たりにした若き新国王は、禁術扱いとし、禁術を無理やり試行させた場合、指示を出した者への肉体的代償を受けるように禁術契約の際に制約をかけた。たとえ相手に制裁を与えても、王妃自身にふりかかる代償を無くす事が出来なくても。
その契約を持って、残酷な時代に終わりを告げた。己の愛する妃の犠牲と共に作ったこの禁術契約が唯一、新国王の傷を和らげるものとなった。
『――本人の意思で使用した場合、肉体的代償はない。もう命を削ることで十分代償になっているからな。当時の国王が記したとされる書と国王を支えた人物の書が禁書の中にあるはずだ。探してみるといい』
幸い、アンジュール国はここ何百年と戦争という戦争は経験していない。
肉兵などと考える兵士も今、この国にはいないだろう。
魔女の一件は、ジョーカスを指定してきた殺気立つ魔女たちを宥めるための要請であり、現地に赴いたのは一部の兵とジョーカスのみだった。
ジョーカスは回顧し、ひとつ思い当たる出来事があった。
『ミシェル…もしかして…出産のときのあれが?』
『……ごめんなさい。でも、あそこで使わなければ私はここにはいないわ』
悔し気に顔を歪ませて、ジョーカスは拳を握った。
そして、もう一つがわからなかった。
『もう過ぎたことよ。過去は、思い出さなくていいわ』
『ミシェル…なんで…言ってくれなかった?』
そこでふっと力の抜けた顔でミシェルは、ジョーカスに微笑んだ。
『これは妃に伝わる秘密なの。王には…秘密なのよ』
人差し指を口元にたて、しーっと微笑みながら言う。その彼女の姿は、悠乃と重なりジョーカスは何も言えなかった。
そして、ミシェルはカルテッタに抱きつき告げる。
『カルテッタの人生を私は応援するわ。だから私の人生も応援して頂戴ね』
《あぁ、この人に何を言っても聞いてはくれないだろうな》
歳だけは人の何倍も生きてきたカルテッタは、察してしまう。だからこそ願いを込めて言う。
『生きろよ』
その会話は、ジョーカスには聞こえなかった。
* * *
私がキースを治したとき、キースは青ざめていた。
キースは…第四騎士団の一部の者は、禁書庫を閲覧できる。きっと読んだことがあるのだろう。
もう古語を読める人なんて、ほとんどいないのにね。
でも、キースには元気でいてほしい。そして、願わくば子供たちを…フィリティを守って欲しいの。
私には、出来ることが限られているから。
「はぁぁああ」
盛大なため息を私のためについてくれるカルテッタを…私は、苦笑いするしかない。
「ミシェル…」
「なあに?カルテッタ」
優しい声で名を呼ぶと、ガバッとカルテッタに抱きしめられる。
「お願いだから…生きてよ」
擦れた声で、けれどはっきりと懇願している。
あの戦争で最愛の姉を亡くし、悲しむ間もなく、それでも仲間と共に奮い立ったカルテッタ。
こんなに懇願するカルテッタは見たことがない。
――あぁ、彼女は先を知っているのかも。
私は、ふわふわの桃色の髪を撫でる。私より二千年も長く生きる彼女が、今は末のカイルよりも幼く見えた。




