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73 粉々


ビィービィー


翌朝、ルーの鳴き声が聞え、胸のあたりにトントンと優しい振動が伝わる。重たい瞼をゆっくりと持ち上げて、陽の光を取り込む。


身体中に汗を掻き、シーツにも汗が滲む。


(あぁ、またあの夢をみたんだった…)


あの口にも出したくない夢を見た翌日は、汗まみれで気持ちが悪い。

着替えを取りにベッドから降りようとして、身体にへばりつく髪の色が素の色に戻っていて動作が止まる。


「な…なんで…」


ベッドサイドにある机の上の小物入れから予備の髪留めを手に取り、髪を結ぶ。キースやバトンが泊まると聞いて、髪色を変える魔道具の髪留めをつけたまま昨日は寝たのだ。

腰まで伸びた蜜色の髪が小麦色に変わりフィリティはふぅと息を吐いた。


ベッドに戻り、枕とシーツに散らばる粉々になった髪留めを集め始めた。


「いたっ」


注意して拾ったつもりが破片のどれかをかすめてしまった。指から円を描いて血が膨らみやがてツーっと指の腹に沿って流れ落ちる。

その様子をじーっと見つめ、昨夜の夢に出てきた見るも無残な自分の姿を思い出す。

素足を囲む粘っこいドロドロとした液体の感覚がよみがえってくる。


(あれは私の血液だったんだわ…)


ポタリポタリと垂れる鮮明な血を眺めたままでいると、ノックの音と共にミシェルが入ってきた。


「フィーちゃんおはよ…って!あら大変。怪我しちゃったの!?」


「…お母さん」


「あら?それって髪留めじゃないの!?…派手にやったわねぇ」


躊躇したりせずにテキパキとミシェルは動き、《癒し(ヒール)》と、治癒魔法をかけてくれる。あっさりと傷は治った。


「これでよしっと。昨日も暑かったから寝苦しかったでしょう?お風呂入れるようにしたから入ってきちゃって。今ならまだ男性陣は寝ているわよ」


ウィンクしながら「はい。着替え」と、用意周到で流れるように部屋から出された。


へばりつく髪も汗の匂いも確かに気持ち悪く、早くあの感覚から抜け出したいフィリティは、素直に風呂場へと足を進めた。


パタンとしまった部屋の中でフィリティが一階へ降りていく足音を聞きながらミシェルは、部屋を見渡す。


ほんの僅かだが魔力が感じられ、その魔力に全神経を集中する。

そこでフィリティが見た夢の断片でも見れないかと聖属性を利用して、祈る。


すると日本で言う映画館のスクリーンが頭に浮かび、ところどころ場面が飛び、浮かんでは消え浮かんでは消えを繰り返しながら流れる。

そして、フィリティが叫んだあの場面が浮かぶ。


「ヒッ」


ミシェルでさえもあの光景は、声が出るほどに恐ろしいものだった。脳内ではフィリティの悲鳴と共に映像が消え暗転した。


乱れた息を整えて、額の汗をぬぐい、粉々になった髪留めへと視線が戻る。


(そう…。あなたも大役だったのね)


髪留めは、王立学園入学と共にミシェルが作り直したもので、フィリティを守護する魔法が込められていた。それが今回発動したのだ。粉々になるほどに。


昨夜、フィリティの守護魔法が破壊された時、ミシェルもフィリティの部屋へ行った。

しかし、先約がいたために部屋の外から様子をうかがっていた。


彼らが部屋を出るタイミングで自室に戻り、ジョーカスと通信した。

まだフィリティは魔法が出現していない。物語の始まりは、魔法の出現が鍵だと思っていた。

なのに…。


(フィーリの心を壊しに来るなんて…想定外だわ)


心となると身体とは違って24時間監視のしようがない。ましてや夢の中なんて…。


「まずは、あの手足の枷を何とかしなくては…」


ミシェルは、悠乃の記憶をたどりながら打開策を思考するのだった。



* * *



フィリティが身体を清め、スッキリとした気持ちで風呂場から居間に戻る。

居間には、キースが目覚めの珈琲を飲んでいた。


「フィー、おはよう。朝風呂は気持ちよかったろ?スッキリしたか」


ニカッと気持ちのいい表情で挨拶する。


「キィじぃ、おはよう。キィじぃも入る?シャワーだけでも気持ちがいいよ」


「わしはええわ。珈琲でシャキッと目が覚めたからな」


「そう。今日はもう帰ってしまうの?」


「あぁ。昼飯をご馳走になってから帰るつもりだ。ミーの飯はうまいからな!がっはっはっ」


「いっぱい食べて食べて!お母さんも喜ぶわ!それと、よかったら剣術の指導をお願いしてもいいかしら?」


「ん?いいだろう。ただ、昨日の話を気にしているならフィーはなかなかいい筋しているから焦らなくてもいいんだぞ?」


「ううん…こうパアっと身体を動かしたい気分なの。お願い」


「いいぞ!身体を動かすのは気持ちがええからの。朝食食べて少し休んでからやりよるか」


「はいっ!」


フィリティは一度二階の自室へ戻る。キースとの手合わせは昨日体感して非常に楽しかった。昨夜の悪夢を打ち消したいフィリティにはキースが受けてくれてありがたかった。


小麦色の髪を揺らしながら、二階へ上がる姿を目を細めて眺めるキース。


キースも昨夜、フィリティの部屋を訪れていた。

影の仕事で一番多いのが対象人物の護衛である。その経験はもちろんキースもこなしてきた。

その経験から屋根裏に潜入し、フィリティの様子を見ていた。

フィリティと一つ屋根の下にいれる機会なんてそうそうにない。

せっかくだからと隠れ家の作りを把握しながらジョーカスからの依頼もこなそうと思っていた。


ハプニングは、ルーがアルドルトとバトンを部屋に呼んだことだ。

そして、フィリティの髪の色が露見し、アルドルトが素性を告白。その流れでキースが城勤めも兼任していることが暴かれてしまった。


好機なのかどうかはわからないが…一度、じっくり話をしてみるのもいいかと思考している。


「姫様を守るためには…か」


影の仕事には誇りと自信を持っている。過信はしない。過信していたら当にこの世から消えているだろう。目を閉じ、ソファに深く背中を預け、フィリティの剣術指導をどうしてやろうかと思案するのだった。





ミシェルの治癒魔法の《ヒール》ですがあえて、【回復】と【癒し】を使って表記しています。よろしくお願いしますm(_ _)m

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