71 打ち明ける
閲覧ありがとうございます。
少々刺激が強い表現があります。苦手な方はご注意ください。
バトンが重ねた手によって、氷のように冷たかった手に体温が移る。ほんの少し温かみが戻り、きつく握りしめていた力が緩んだ。
緩んだ手からさらりと掛布団が滑り落ち、隠れていた手首が露わになる。
「「 っ!!」」
二人は息を呑んだ。
(こっ…これは……っ!!なんだっ!?)
フィリティの腕には、蛍光色に光るロープ状の線が幾重にも巻かれていた。まるで拘束されているかのように。
アルドルトとバトンは、苦虫を噛み潰したような渋い顔になった。
アルドルトのこめかみから汗がツーっと伝う。手首を凝視していたのだが、ハッとして、フィリティの足首に視線を向けた。恐る恐るというように寝間着の裾をめくる。アルドルトの想いは虚しく、両足首にも同じように巻かれていた。
(っ!!!いったい…これはっ……)
即座にいくつもの魔法を脳内で羅列し、似たものを探す。あれも違うこれも違うとアルールが頭を悩ませていた時、突如、フィリティが声を上げた。
「ぃやあぁあああーーーーーーーーーーーーーっ」
「フィーリっ!」「フィーっ!!!」
* * *
あぁ、またこの夢…なの…。
楽しいことがあった日ほど、この夢を見る。
暗闇の中、漆黒のタイルを私は裸足のまま歩き続ける。
どこまでもどこまでも。
終わりがない。
それでも立ち止まっていられるほど、私の感情は鈍感にはなれなかった。
歩き続けると、いつの間にか左右に現れる歪な扉。
一歩進むと一つ。また一歩進めばまた一つと先へ先へ、平行するように左右に扉が現れる。
縁から冷気のような煙が漂い、冷気は黒を混ぜたようなごく暗い色調ものばかり。
閉まっている扉の向こう側から声がする。
漏れているレベルの声ではない。扉はあってないようなもの。
絶叫するような悲鳴…懇願しながら泣き叫ぶ声…痛みに耐えるような呻く声…。
《お願い…やめて…》
両手で耳を塞ぎ、聞きたくない。
拒絶すればするほど脳に直接、叫んでくる。
声と一緒に響く不協和音。
金属を引きずるような音、殴り続けるような音、何かが割れる音…。
終わらない音が反響し合う。
《……誰も……傷つけないで…傷つかないで…》
両手で耳を塞ぎ、きつく瞳を閉じて、とうとう立ち止まる。
いつもならここでぐっと耐えていれば、夢から覚めていた。なのに今日はなぜか覚める気配がない。
突然、今までの音が嘘のようにシーンと、静まり返る。
静寂の中、恐怖心が増す。
すると、恐怖とは裏腹に、頭を撫でられたような心地の良い感覚が不協和音を打ち消す。
左手がほんのり温かくなる。
誰かに包み込んでもらっているような温かさ。
耳を押さえていた手を放し、瞼を薄く開ける。自身の手のひらを胸の前で広げて眺める。
やはり温かい。
その温かさをそっとくるむように、手を握り胸に押し当てる。
私は知っている…このぬくもりを…心地よさを……。
心地よい気持ちになって、前に進もうと顔を上げた。
《 ヒィッ!! 》
息がかかる距離に瞳だけが紫色に光るフードをしっかり被ったあの時のローブ姿の集団がフィリティを囲み、見下ろしている。フィリティは竦然して立ちすくむ。
耳元では、ぶつぶつと何か呪文のように唱えるが幾重にも重なり、言葉が反響し始める。
聞きたくないのに耳を、瞳を、閉ざすことが出来ない。
何も考えられない、考えたくない。
ぶつぶつと呪文のように唱え重なっている言葉が段々と文章として理解し、頭の中で繰り返される。
【オマエハ シヌ】
【オマエノ セイ】
【ウマレテキタコト ツミブカシ】
【シシテ ツグナエ】
【イキテテモ ムイミ シ コソ スベテ……】
唯一聞き取ってしまった言葉は五つ。まだまだ重なり合って判別できない言葉が連なる。
全てフィリティの死を望む言葉。
―そんなことはない
――お母様もお父様も…皆、私の誕生を喜んでくれた…
いまだって……
グルグルと頭の中で繰り返される言葉に翻弄される。フィリティはその場に蹲る。
またピタッと音が止む。
いつまでたっても無音が続く。
深呼吸を何度かしてから、恐怖心と戦いながら睫毛を震わせた。
薄く開けた視界には先ほどの暗闇が続く空間しかない。何も…ない。
思わず、ため息をついた。
その瞬間、ドサッと足元に何かが落ちてきた。どす黒い液体が広がり、足を侵食していく。
それは……見るに耐えない姿の私だった。生気のない見開いたままの瞳に自分が映る。
【ぃやあぁあああーーーーーーーーーーーーーっ】
*
「フィーリっ!」「フィーっ!!!」
カクンっとフィリティの全身から力が抜けた。そして、髪色を変えるために着けている髪留めの魔道具がバキッバキッパリンッと音を立てて粉々になった。
「「っ!!」」
淡く光ったのち、雲の通過を終え、月明りに照らされて蜜色が露わになる。
ギシギィィと音を立てながら二人は即座にフィリティに詰め寄り、状態を確認する。
息はしている。脈もある。
どうやら夢を見ながら気を失ってしまったようだ。
先ほどまで光っていたロープ状の紐らしきものは無くなっていた。
「……どうなってる…」
そうつぶやいたのは、バトンだ。フィリティの手を握ったまま離さない。アルドルトも険しい顔をして頬の汗をぬぐった。
*
どれぐらい時間がたっただろうか…。時計の秒針が耳障りに感じたころ、フィリティから規則正しい寝息が聞こえて始め、バトンとアルドルトは部屋に戻った。
部屋に戻り、扉が閉まりきる前にバトンがアルドルトの肩を掴み壁に押し付ける。
ドンっと言う音とパタンっと扉が閉まる音が重なった。
「お前…なにを隠してる」
低く地を這うような声で緑色の瞳を睨みつけながら問う。掴まれた肩がやけに熱く感じた。
「フィーの髪の色が変わったのに驚いていない。それだけじゃないっ。ルーの言葉にも反応していた。お前は…アルは何を知っている」
「………」
「だんまり…かよっ」
さすがに髪色を見られてしまっては、隠しようがないと悟ったアルドルト。バトンを軽く突き飛ばし、自身も魔道具を外し、本来の銀髪を出現させる。
「っ!!!」
時には勢いも大事だ。
覚悟を決めてバトンを見据える。
「…僕は、ジョルテクス王国第二王子アルドルト・ジョルテクス。フィーリの…アンジュール国第一王女フィリティ・アンジュールの婚約者だ」
「………はっ?」




