66 春学期間試験
アルドルトとの通学はフィリティにとって羞恥の連続だった。
アルドルトが甘すぎるのだ。王宮内でも学園でも決してフィリティに手をつなぐ以外のボディタッチはないが、二人きりになる馬車の中では、甘い言葉をささやき、パーソナルスペースなんてどこへやら…。“婚約者なのだから当たり前”と嬉しそうに微笑むアルドルトの言い分が正しいのか、フィリティには知るすべをもっていなかった。幸い、口づけはあの顔合わせの日以降交わしていない。
* * *
学園生活も三カ月目に突入し、制服が夏服となった。
冬服は、アイボリー色と紺色を基調とした制服だったが夏服は涼し気な青色を基調とし、女子には、ブラウスにベストを着用する。制服一つでも教室の印象が変わるのだから不思議なものだ。
夏服になるやいなや、アルドルトにシャツの袖をまくるリクエストをしたミシェル。なんでもこれが日本でのトキメキポイントらしい。
始めは何を言っているのかわからなかったフィリティも実際にその仕草を見てしまったら、頬を染めて瞳に焼き付ける。
『確かに。お母様のいうことはわかります』
アルドルトにはさっぱりわからないが、フィリティが頬を染める姿に視線を独占できる時間は、役得と思い付き合っていた。
そろそろ学期間試験がはじまる。
アンジュール国王立学園の学期は三つに分けられており、四月から七月が春学期、九月後半から十二月までが秋学期、一月中旬から三月までが冬学期。
一年生の春学期は、座学がメインで秋学期から剣術や魔法といった実技授業が開始する。
それに伴い、十月に剣術大会、十二月に魔術戦大会が行われる。参加は基本全員である。学年混合での大会になるが賞としては、各学年それぞれと全学年の頂点がもらうことが出来る。
この賞を得ることで今後、学園卒業後の進路として有利になる。そのためどの生徒も上位を目指して切磋琢磨参加する。もちろん文系の大会もあり一月に研究発表会がある。研究発表会ではさまざまな発明や既存の文献を覆す発見などもあり、体育会系の生徒も楽しみにしている。
フィリティは、王妃教育を終了していることもあり、座学は割と楽勝だった。
魔法に関する文献も趣味の読書として読み進めていた内容と類似していることが多く、これと言って難しいと思ったことはなかった。
出遅れたアルドルトも帝王学を学んでいること、並びにアンジュール国についてもフィリティのおかげで小さい頃から教養があり、今回の試験範囲レベルでは支障を感じなかった。
ヴァランティーヌ、アナスターシャも同様に公爵・侯爵令嬢として今まで培ってきた教養によりそれなりの点をたたき出すだろうと予想した。
問題は、バトンとナタレイシアだ。
バトンはもともと貴族についても学ぶ時間なく入学した。フィリティは大丈夫かと心配したが、キースがそれとなく、教養を教えていたらしく、習った覚えはないが出来る人になっていた。歴史以外ではなんとかなりそうだという。
ナタレイシアは…アナスターシャに助けを求めていた。
なんと数字を使った計算がとてつもなく苦手なんだとか。オーラが見える彼女は、割と理数系に強いと勝手に思い込んでいたフィリティだが、あれは感覚の問題だから色の配分などは、勝手に頭に流れ込んでくる情報として処理しているんだとか。
試験期間が終わるまでは、勉強と称して、パッシュリー邸にお世話になるそうだ。
ここで弟フランとの中も進展すると良いのだがとフィリティをはじめ女子三人は思った。
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そんな試験を控えたある日。
Aクラスに新しい転校生が来た。
「自分で自己紹介しろよ」
「セリフォス・フロンジャートだっ!おいっ!アルールっ!おれを置いていくなって!!」
突然、名指しされたアルドルトにクラス全員がバッ!と視線を向けた。
一瞬呆けていたように見えたアルドルトは、即座に微笑み「やあ、セリフォス。ひさしぶりだね」と、周囲がキラキラと輝いているのかと錯覚する爽やかな返答だった。
その光景を婚約者アナスターシャ・パッシュリーは、額に手を当てて首を振っていた。
それから学園に【セリフォス・フロンジャートはアルールと恋仲で追いかけてきた】という噂が広まり、それなりに整った美貌の彼らが廊下を歩くたび、高学年の女子生徒から悲鳴にも似た黄色い歓声がところかしこから上がるのだった。
「なぁ、おれたちなんかモテてねぇ?」
「知るかっ!」
この世界に腐女子という言葉が流行り出すのは、フィリティが三年生になってからになる。
* * *
無事に春学期間試験も終わり、掲示板に学年ごとと全学年に分かれていた順位表を張り出された。張り出すと言っても紙に書かれたものではなく、扉に魔法で文字を浮かび上がらせ、掲示期間が終われば、普段通りの扉に戻る。
二十位までが遠くからでも見渡せるような扉一枚分の大きな範囲に名を張り出し、それ以下は掲示物と同じサイズにズラーッと連なる。
ミシェルが学生時代にジョーカスとその掲示を見て、日本のアニメーション映画に出てくる【島を浮かばせる石】みたいだと思った。『手をつないで二人で叫んじゃう?』と悪戯にミシェルが提案し、『それより目を押さえて壁伝いに歩こうか?』とクスクス笑うジョーカスだったのだが、その会話を聞いていたイネスとマルクは学年トップの二人が何を言い始めたのかと不思議で仕方なかった。
そんな二組の娘と息子も今期の学年トップとなった。
《アルール・オルフェッディオ》に続いて、《フィーリ・ミローリンデ》と、デカデカ張り出され、目立ちたくない二人だったのに最早、学年を超えて名が知れ渡ってしまった。
レジェンは三位で、アナスターシャが九位、ヴァランティーヌは十位とAクラスの名が多く、周囲からさすがAクラスと憧憬を抱かれる。
ついでと言ったら何だが、アルバートを尊敬するヴァランティーヌの弟ヴァランタは八位だった。彼の頭脳があれば学年首席なんて容易いのだが、姉と同じ辺りをわざと狙い、目立つことなくひっそりと平和に過ごしたいと、入学時に決めた目的に沿っているだけなのだった。
「アルとフィーがワンツーじゃねぇか。すげぇな」
張り出しをみていたバトンが素直に感心する。
「努力の成果ですね」
同じく見上げていたレジェンがなぜか得意げに返す。
「オレも努力はしてるんだがな」
「二十二位…か、んー惜しいな」
レジェンが腕を組み目を細めてバトンの順位を探し、二十位以内に入れなかったことを残念に思った。
「まぁ俺は体育会系だからなっ!仕方ねぇの」
「そうなんだ。では、剣術大会は楽しみにしているよ」
肩をトントンと叩きながら、ニコっと笑うレジェンが不気味でバトンは鍛錬を怠らないようにしようと決めた。
「恥ずかしいから…早く行こう…」
フィリティは自身の名前の大きさと目立つ張り出し方に気恥ずかしく、次回からあの小さな名前を意識した点数を取ろうと決意する。
「フィーリ、そんなに恥ずかしがらなくても。ふふっ」
アルドルトが笑いをこらえている。そこにセリフォスもやってきた。
「アルっおはよう!おおっ!張り出されてんなぁ!っておい!おれ百番落としてるじゃねぇか!お前は一位だぁぁああ!?」
なんて騒がし…もとい、賑やかな人なんだろうとフィリティは思った。
「こちらに来たばかりなんだから気にするな。赤点を逃れただけよかったな」
そう言いながらガシガシとセリフォスの頭を撫でるアルドルトは本当に仲が良いらしい。
「おいっアルっ!せっかくセットした髪が!!」
セリフォスもなんだかんだ嬉しそうに撫でられているのを見て“なんだか青春だなぁ”とバトンがつぶやいた。




