59 ローブタチ
(一…二…三………七…人かしら?)
瞳を閉じたまま、気配を頼りに包囲している何者かの数を見極める。
制服に施された守護魔法は、ランク十。
至近距離で高位魔法を放たれても三回までは傷つかない保証がされている。
フィリティには教えていないが感知魔法も付与され日本で言うGPS機能が付いている。が、対象物が半径三十キロを超えてしまうと感知できなくなる。キースが感知できなくなったのは、この範囲を超えたからだ。
身体能力強化魔法も最高位のランク十。
ただ、フィリティにはまだ魔法が使えないのであまり効果はない。
フィリティは、朝の支度をしたときを思い出す。
(ちゃんと持ってる)
左太ももに隠している短剣。
(バトンのお父さんが作ってくれた私だけの最高の剣)
十一歳の秋に聞いたバトンからの話は、フィリティの剣だった。気づいたあのとき、気まず過ぎて、返す言葉がなかった。まして、王族であることを秘密にして隠れ家にいるのだ。“それ私のためなの”なんて、口にすることはできない。
(これを使えばこの拘束も解けるはず…)
これだけ囲まれていたら何もできない。
フィリティからは相手が全く見えないが、相手からフィリティが見えるかどうかという点については、有利に立ちたいはずだ。見えていないとは思えない。
(どうしたらいい?)
考えていると、遠くから【ギィィイイ】と、扉が開いた音がする。音が止むと足音が聴こえてきた。一人だ。
フィリティがいる部屋の側面の壁向こうで音が止み、壁越しにいるのだろうと推測できた。
心臓の音が大きくなる。心音で身体が揺れる。
突然、真暗闇から部屋の中に光が差す。
瞼をゆっくり持ち上げると、胸の前に手をかざしたローブ姿の人物が三段ほど高い位置にいた。
明かりのおかげで周りが見えるようになり、フィリティはゾッとした。
フィリティを取り囲む人物は、皆ローブ姿で深くフードを被っていてる。顔はわからない。
わからないのは、深くフードを被っていてるからではない。見当たらないのだ。
「っ!!!」
悲鳴を上げなかったことは褒めたい。
だが反応してしまった…。
取り囲むローブ姿の者達が一斉にしゃがみこむ。
――怖いっ!!!
すると部屋に明かりを入れた人物が動いた。
「静止」
その言葉でしゃがみこんだ者達がピタリッと止まる。
『フィリティ・アンジュール』
男とも女とも区別のつかない三重に重なった声でフィリティは呼ばれた。あの背筋を逆撫でる声だ。
『フィリティ・アンジュール 立て』
自力で立てないように拘束されているにも関わらず勝手に身体が立ち上がる。まるで身体が棒のようだ。
「…っ……」
『……やっと…やっとみつけた…逃さない!』
殺気を放ち、スーと空中を移動し、距離を詰められる。
フィリティは、短剣を取りたいが拘束された手では簡単に届かない。
迫りくるローブの人物がスーっと手をかざしながら、近づいてくる。背に明かりを受けているため顔を見ることが出来ない。
あと二歩程の距離を詰められたら、フィリティの身体にかざす手が届く。
(だ…だれかっ)
そう想った時、辺りが光に包まれて、真っ白になる。
『なっ!何事だ!!』
(あっこの人…)
フィリティが何かを感じとった瞬間、真っ白い空間にヤマガラが現れた。
「ルーっ!!」
『持たせた。すまない』
「えっ?」
『フィー、帰るぞ』
ルーがフィリティにそう告げ、フィリティの肩に乗った直後、拘束が解け、身体がふわっと浮く感覚に襲われる。
それも一瞬で、あんなに眩しいと思っていた光は消え、また暗闇の中にいた。
絨毯に座り込んだ状態で目の前には階段が数段あり、上がりきった所に大きな扉があるのがわかる。
状況が飲み込めないフィリティは、ぼーとしている。
すると、大きな扉が開き、バトンが必死な形相で、中に入ってきた。
座り込むフィリティを見つけた途端に駆け出して、フィリティを力強く抱きしめる。
「………バ、バトン……」
抱きしめられている腕にさらに力が込められる。
「…ごめん。心配かけちゃった…よね?」
最初に答えた言葉が周りを気遣う言葉であったことにバトンの心はぎゅーっと締め付けられた。
「っ!!!おまえはっ…悪くないっ」
耳元で発せられたバトンの声は、かすれていた。
それだけで心配をかけてしまったのだと胸が痛くなる。
バトンに気を取られていて、その後ろにキースとエデルがいることに気づかなかった。
二人の姿を捉えた時、複雑な顔をしていたがフィリティと瞳が合うと安堵したため息交じりの笑いで返してくれた。
そこでハッとする。
「あっ!そうだ!ルー!?ルーはどこにいる!?」
あの緊迫した状況から図書室まで連れ戻してくれたのは、間違いなくルーだ。
フィリティがルーを呼ぶと何処からともなくパタパタとフィリティの視界に入るように降りてきて、周りを旋回する。
その姿をみて、ホッと胸をなでおろした。
* * *
図書室に向かう道中でアナスターシャとレジェンに会う。
二人とも焦りと困惑を織り交ぜた様子で駆け寄ってきた。
「キース先生っ!!フィーリが!フィーリが消えました!!」
影の仕事で見てきたアナスターシャは、いつも冷静沈着だ。その彼女が今にも泣きそうな顔で叫んでいる。
(そりゃそうか…フィーが好きなんだもんな)
キースは知っている。彼女がフィリティに対して抱いている感情がどういったものなのか。
「先生!俺達、よくわからないんです。でもフィーが居なくなってしまって…。バトンがフィーがいなくなった図書室の前で待機しています」
レジェンは、目の前で取り乱すアナスターシャを庇いながら現状を伝えた。
(うん。こっちは大丈夫そうだ)
「二人とも大丈夫だ。安心して教室にいなさい」
「っ!!でも…でもぅ…」
「レジェン、アナスターシャを保健室へ。このまま教室では辛いだろう?保健室へ付き添ってやれ。アナスターシャは、フィーリの親友だ。アナスターシャ、心配してくれるのだろう。フィーリがその顔みたら驚くぞ?」
できるだけ優しい声音で語りかける。
さすが伯爵令息だ。レジェンはしっかりと頷き、アナスターシャと方向を変えて歩き出した。
キースは再び足音なく駆け出す。




