6 わからない
フィリティがお昼寝してしまったと聞いたミシェルは、娘をおぶって早々に隠れ家へ帰宅した。
玄関前に城からの使者が訪れており、『王太子殿下が至急話したいことがある』と、言付けを伝えるべく待っていた。来週までこの土地でのびのびする予定だったミシェルは、ジョーカスがお呼びとあれば、何事かと不安が押し寄せてくる。そこはミシェルも王太子妃。冷静にすぐに帰還の旨を託し、早々と城へ戻った。
静かになった家で、アルールは先ほど思い付いたことを瞳をキラキラとさせながらイネスに話していた。
「おかぁしゃま!」
「アル?ここでは“お母様”ではありません。“お母さん”と呼びなさいと言っているでしょう。」
「…ごめんなさい。おかあしゃん…あっあのね!ぼくね!いいことをおもいつぅいたんだ!!」
「んん?なにを思いついたの?うふふっそんなに慌てないで。ちゃんと聞きますよ」
* * *
時は流れ、フィリティは七歳になった。
あの日、アルと遊んで寝てしまって、気づいたら王城へ向かう馬車の中だった。
なぜ馬車に乗せられているのかをお母さんに尋ねると王城からの使いの人が来たらしい。
お母さまに御用事というから仕方なかった。
本当は、まだまだ遊びたかったし、野菜を庭に植える約束もしてたのに!なんて、悶々とした気持ちが渦巻いていた。なにより、アルにバイバイが言えなかったのが嫌だった。お母さんに抗議をたくさんしている間に、城についてしまった。
まだ半分も自分の気持ちを伝えてない。でも、私の気持ちとは裏腹になんだか周りが忙しなくて、行き場をなくした感情を侍女にあたってしまったことを覚えている。
そのあと私には、すぐに家庭教師がつくようになった。
アルとは、定期的にあの家に行くときに会っている。
寝落ちしないようにも気を付けて。
もうこれは習慣?ね。
五歳のときに会いに行ったら、剣の勉強を始めたのだと教えてくれた。
隣国では、平民でも騎士を目指す事ができるらしい。実力主義なのだとか。
我が国でも成れないことはない。人気はあまりないけれど。
騎士として名高い名家が他国より多いため、実力もなかなか上回ることが難しく、試験にも受かりにくいからってお兄さまは言っていたわ。
特に辺境伯周辺で、男児が多く生まれる。跡継ぎ問題も兄弟仲が良いので争いはない。領民への人望も厚いため、騎士をたくさん排出している。騎士を目指すべく、切磋琢磨して男児も数十人いるんだとか。ありがたい家系よね。
(まぁ、アルなら騎士は似合うかもしれないわね。体力あるし、ちゃんばらごっことか好きだったからね!)
* * *
『ぼくね、剣を習い始めたんだ。どうおもう?』
アルの家の庭の木陰で私は樹の下で絵本を読んでいた。
絵本のタイトルは『いちご姫と剣士の大冒険』。
いちごが大好きな姫様が究極のいちごを自らの足で探す旅のお話で、途中に立ち寄る国で剣士さまに出会うの。
その剣士さまは、ドラゴンを倒すための旅をしていて、たまたま姫様が求めるいちごがドラゴンの巣の裏の岩場に生えていることがわかったの!剣士さまと一緒にドラゴンを倒しに行くことになって。でも、ドラゴンは戦いなんかしたくなかった。剣士さまと姫様は、初めはドラゴンの気持ちを考えないで戦おうとするんだけど、後々、ドラゴンの気持ちを知り、寄り添い、和解、そして!ドラゴン使いになっちゃって、いちごを手に入れることができたってお話。
私は…いちごが好きで自分が王女だから、このお話を読み始めたのだけれど、ドラゴンが可愛くて可愛くて手放せなくなったの。
『んー、いいんじゃないかな!アルは、体を動かすの好きだもんね!』
《ってことはアルが剣士さまで私がいちご姫になれるのね!!》
フィリティは、大好きな絵本に自身の状況と重ね、憧れも描いていたためキッラキラの笑顔で答える。
『……っ!!』
フィリティの心情など、このときのアルールには想像すらしないだろう。
ただ…このキッラキラの笑顔は、アルールには眩しく。
恋に落ちるには充分だった。
『絶対に…強くなる…から…』
『うん!!アル!頑張って!!』
* * *
あれから二年たった現在。
アルは、かなり剣の扱いも様になり、私と一緒にいるときでも素振りをしていることが多い。
今日は、アルの方が我が家に来てくれたので、私はお気にいりの木に登り、マナーの本を読みながら、アルの素振りをチラチラッと覗いている。
「はっ!!ーっヤぁあ!っ!ハァアア!ヤっ!!」
(…こうやって見ていたら私にも出来そう?…やってみたらアルと戦えるようになるのかしら?ん~それにしても…何かに打ち込めるって…とってもすてきなことなのね。私にもあるかな…)
「っふ!ハっ!!!ヤァっ!」
「…ねぇ、アル」
「っふ!っヤ!何っ!!フィーリッ!ハッ!!」
「私も剣術をならってみようかしら?」
「ッハ!!んんっ!?えっ!?あ!!わぁあああ」
ガゴンッ!!!
「っ!!!アルっ!!?」
振り切る勢いのまま話を聞いていたアルールは、話を理解した途端に動揺し、勢いを殺すことが出来ずにそのまま前方に転がった。
「っーィッてぇぇ…」
小さく唸って、頭を抱えるアルール。転がった際に頭を打ちつけたらしい。
フィリティも慌てて木の上から降りる。同時に本がバサリっと音を立てて、根元に落ちる。
スカートがふわりと広がり、教育係がいたらこっ酷く叱られる行いではある。今はその教育係がいない。堂々と、アルールに駆け寄りぶつけた箇所を探る。
「アルっ!!大丈夫っ!?どこを打ったのっ!!?」
アルールの顔を覗き込むように伺う。
唸りながら屈めていたアルールが顔を上げると、息がかかりそうな距離でフィリティが見つめている。
その瞳に自身が映り込んでいて、なんとも情けない顔をしていた。そこまでわかってしまう近さにアルールは息を呑む。
(っ!!!…っち…近いっ!)
そう思ったのもつかの間、フィリティは腕や足や背中に回って、ペタペタと触りながら確認をしていく。
「…フィーリ………大丈夫…だからっ…」
アルールは、そう口にするのがやっとだった。
顔に熱が集まるのを自覚し、俯いて答えることしかできない。対してフィリティは、やっぱりどこか怪我をしたのではないだろうかと、心配であちこち触っている。
「本当に大丈夫?なの??」
アルールは、こくんと頷く。
「もう!!気を付けてね!!」
フィリティは立ち上がり、手を差し出す。
アルールは素直に手を取り立ち上がる。身長差はあまりない。強いて言えばフィリティのほうが少しだけ背が高い。
アルールがフィリティをあまりに凝視しているものだから、不思議に思っているとプイっと視線を逸らされてしまった。
(んん?何?なんなの?アルったら…よくわかんないの)