47 治癒魔法
R6.9.9 35話で姿絵の話を加筆しています。そちらに合わせました。すいません!
ミシェルは、料理長と話をするために厨房へ行き、名残惜しいがフィリティも衣服を着替えるために私室へ戻る。
「アル…またね」
「うん。またあとで」
フィリティの私室は、アルドルトが向かう客間とは真反対に位置している。後ろ髪を引かれながらアルドルトに背を向けて歩き出した。
数歩進んだところで、タッタッと絨毯を蹴るようなくぐもった音がしたと思ったら、急に後ろから抱きしめられる。突然のことで心臓がドキリと跳ねた。
「っ!!アっアルっ?」
少し背を屈めたアルドルトの息が耳にかかり、ゾクゾクッと背筋に電気が走るような感覚が襲う。
「……もう僕のフィーリだから…ね…」
耳元でそんなことを言われたら、せっかく熱が引いたのに、また身体が沸騰しているように錯覚する。フィリティは、返事がしたいのにそれどころではない。
腰が砕けそうになるのを必死で耐え、ドレスに隠れた両足に入らない力を懸命に込める。
アルバートからフィリティの姿はアルドルトに隠れてよく見えない。
「おいアルっ、そろそろ行くぞ?」
「………」
声をかけられたアルドルトは、フィリティの温もりを身体に刻んだところで抱擁を解いた。
ハッとして、腕が下がりきる前にフィリティは裾を掴んだ。その手もすぐに離してしまう。
「っ!」
掴まれた時、アルドルトは目を見開いて驚き、破顔した。フィリティは背を向けているので見ることはない。
「また…すぐだよ」
優しい声を残してアルバートの元へ戻り、角を曲がって客間に続く階段を登り始めた。
フィリティは、アルドルトに背を向けたまま微動だにせず、その場に立ち尽くす。階段を上がるコツコツとした足音が二人分、だんたんと小さくなっていく。
正面からエリーが姿を見せる。フィリティの様子を見に来てくれたのだろう。
「姫様どうなさいました?」
距離が詰まるにつれてエリーは、まぁまぁまぁと、頬を緩ませて近寄った。背中に手を添えながら、ゆっくりと足が進めるようにやさしく背を押す。
「………エリー」
「なんでしょう?姫様」
「私……こんな顔…誰にも見せられないわ…」
消え入りそうな、か細い擦れた声で言うフィリティは、恋する乙女そのもの。
(鏡を見なくてもわかる。穴があったら入りたい…ってこういうことなの…)
「姫様。アルドルト殿下にはその表情見せてもよろしいと思いますよ。心配には及びません。エリーが保証しましょう」
エリーの言葉に手で顔を覆ってしまった。
廊下には、エリーのふふっと笑う声が残った。
* * *
貴賓室からアルドルトが一泊する客間にアルバートが案内をする。
角を曲がり、階段を登り出すと、フィリティの姿は完全に見えなくなる。
「アル…あんまり人前でフィーのこと溺愛するなよ」
「しないよ」
「はぁ?じゃあ今のは何だよ」
「あ、あれは…あんな話の後なんだ。少しぐらいいいでしょう。婚約者になったのにほんの数分しか一緒にいれないなんて…明日には帰らなくてはならないのに。少しぐらい多めに見てください。お義兄様」
「っ!だからっ!それやめろって。バートと呼べよ。いつもみたいに」
「はいはい。ははっ」
案内された客間は、王族専用とあってシンプルだがすべてが一流品。二人で部屋に入り、一通り室内の説明をする。
説明半ばに滞在中の世話係として、部屋付になる侍女がティーセットを持って訪れてきた。
侍女には、話をしたいからとアルバートがティーセットを受け取り、下がらせた。
アルドルトは、侍女の退室を見届けてから、腰に下げていた剣を外した。
ベッドサイドに設置していある剣立てに置こうと持ちあげ、剣に結んでいた緑のリボンをさらりと撫でる。
「ごめん。着替えながらでもいいかな?これ結構暑苦しいんだ」
「こちらこそすまない。あんな話がなければゆっくりさせたんだが…」
アルドルトが正装の軍服を脱いで外交用の騎士服に身を包む。
正装よりは格は下がるが外交にはこの騎士服を主に用いている…らしい。なんせアルドルトは、ほぼ初外交である。表だったことを今までしたことがない。アルドルトにとって、今回の訪問はありがたかった。
「どこから話そうか?」
「まずは…ルーがなんて言っていた?」
「どっち?」
「…両方だな」
カチャカチャと騎士服に着いている称号のバッジがぶつかり合う音が響く。
「先に陛下の客間でのルーは『フィーに余計な心配をかけるな』とね。さっきのフィーリの側では……『フィーに手出しするなど認めん』だそうだ」
アルドルトは、困ったように笑う。
「お前…壁が多いな」
「そのうちのお一人が今、目の前にいるんですけどね?」
「ははっ。違いねぇ」
着替え終わるとクロークからハンガーを出して、正装の軍服を掛ける。
アルバートがソファに座り、ティーセットに手を伸ばして、お茶を入れ始めると、クロークをパタンと閉じる音がした。
「父さんの話…どう思った?」
「どう?とは…」
「未だに信じられない…フィーが狙われているなんて…」
「………」
「アル、自分を守りながらフィーを守れよ」
「……最善は尽くします」
「アルにもしものことがあったらあいつがどうなるか…わからないからな」
「……」
「それと……母さんの治癒魔法みたことあるか?」
「…いいや。ない。ただ…残滓を感じたことは…あるよ。……そこで気づいたんだけど……おばさんの治癒魔法は、治癒魔法であって治癒魔法じゃない」
「……気づいたのか。アルは凄いな」
「……僕の仮説が確かなら…あまり使われない方が良いのでしょう?」
「そう…らしいな。父さんが言っていた。母さんはあの調子だからいつも笑ってごまかされるばかりだけど。………俺はフィーにも同じ力があるような気がするんだ」
「っ!………可能性として…ある…のか…」
「あぁ。推測だからな。ただ…絶対に使わせたくない。気づいてほしくない。それが兄からの願いだ」
「……僕もその意見に賛同」
「頼むな」
アルドルトは、力強くうなずいた。
着替え終わったアルドルトがアルバートの対面に座る。二人でお茶を飲み、アルバートが話題を変えた。
王立学園の生活はどうか?とか、アルは人気だろう?とか、そんな他愛のない話だ。
アルドルトがアンジュール国に着いてからまだ、三時間余りなのに重要なことを聞きすぎて、明日には母国へ帰るのかと思うと複雑な気持ちだった。
――別れたばかりのフィーリに会いたい。
そんな想いがアルバートに筒抜けのようで「フィーの最近の姿絵はあげねぇよ?」なんて言われてしまった。
(くそぅー、昔も可愛いけど、今の姿絵がほしい!!)




