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コンコンコンっ
エリーが去ってから間もなく扉が控えめに叩かれた。
私は、自らドアノブに手を伸ばし扉を開けた。
ひとしきり泣いたからスッキリしたのと同時に羞恥が襲ってきて、顔が暑い。
心臓の鼓動がうるさいぐらい脈を打つ。
「……おまたせ…しました…」
俯きがちに顔を出し、アルを呼び招き入れる。
彼は再び、貴賓室に入り、扉を少し開けたままにしてくれた。
ふたりでソファに座る。
アルドルトは、先にフィリティに座るように促したのち、隣に腰を下ろす。
フィリティの身体が一瞬ビクッと跳ねた。
「落ち着いた?」
アルドルトの気遣う声が耳元に響く。視線を感じながらフィリティは、こくんっと頷いた。
「良かった……それでね…ずっと気になってたんだ」
「ん?」
フィリティは、アルドルトの顔を直視できずにいた。
テーブルの辺をぼんやりと見ながら、受け答えをしている。
するっとフィリティの髪を一房取り、少し背を丸めてアルドルトの口元に運ぶ。
「本当は、蜜色なんだね」
ゆっくりとアルドルトに顔を向けるとニコッと微笑まれる。
「やっとみてくれた」
「っん!!」
顔に熱が集まっていたのにさらに紅潮させられる。
(かっこよすぎて意識が飛びそう…)
「……蜜色は…目立つから……」
言いながらまた視線が手元に落ちる。
アルドルトが耳元に寄って“似合ってる”とつぶやき、手の中の髪に口づけを落とす。
ちゅっと軽い音がやけに大きく聞こえて、瞳をギュッと閉じた。
「ーーっ!!」
体がかあっと燃えるような熱を帯び、恥ずかしさからクラクラする錯覚に襲われていた。
「アルの髪…も…銀髪…なのね……」
「いや?」
誤解されたくないフィリティは、今度こそアルドルトの瞳をしっかりと見据えて答えた。
「…………素敵…よ…」
「ありがとう」
フィリティを移した瞳がやさしくて見入ってしまう。
アルドルトの手の中の髪をゆっくりと丁寧に降ろし、次に髪留めへと伸ばされる。
「………」
お礼を言ってなかったと思い出して口を開こうとしたけれど、声にならなかった。
「…ねぇ、どうしてこのドレスにしたの?」
その質問にまたしてもフィリティ視線を逸らす。
――あなたの色だから
―――あなたがくれた思い出の冬があるから
声に出せない想いが心で響く。
「………僕じゃなかったら…」
(どうしたんだよ…)
アルドルトにも、聞きたいことがたくさんあった。
なのに…聞けない。もう自身を保つ余裕がなくなったから。
(あぁ…約束したのにな……)
困惑と羞恥と喜びが合わさったうるうると揺れる瞳。
なかなか合わせてくれない視線。
雪の家で見たあの瞳を向けられたら
(……無理だ…)
そう判断したアルドルトは、視線を水色の瞳から外す。
(これまでのことを話そう…落ち着け僕)
「どうしてこうなったのかわかる?」
「…お母様…からさっきある程度話は聞いたわ」
「そうなんだ。これは知ってる?…僕たちが生まれる前から二人の子供の誰かを結ばせたいと…母上たちの夢の一つだったらしい」
「…それ…知らなかったわ」
そこからアルドルトは、重複してたらごめんっと前置きしてから自分が知っていること話し出す。
これまでの《隠れ家》生活にジョルテクス王家も賛同して、同様の生活をはじめたこと。
十三歳の自身の誕生日にフィリティの素性を聞いたこと。
イネスからデビュタントが終わるまで箝口令を出されたこと。
国内を始め、学園でアルドルトの素性を明かさないのはアンジュール国に伝わらないためであること。
婚約を契約した時、アルドルトが同席していたこと……などなど。
聞けば聞くほど、アルドルトにとっても理不尽な話だった。
「えっ…と…なんかいろいろ…ごめんなさい…お母様が」
耳を傾けていると、ミシェルに振り回されている感がひどすぎる。
「…でもさ、そのおかげで彩り豊かな生活…って言うのかな。いままでの人生が歩めてきたと思う」
「……たしかに…私もそう思う」
アルドルトがソファから立ち上がり、横へ移動する。
突然立ち上がったアルドルトの背中を眺めていたフィリティだったけれど、この後なにが起きるのか想像し、ハッとした。
踵を返して、アルドルトがフィリティに向き直る。
その動作は洗練されていて、優美。
片膝を付き、右手で左胸に手を当てる。一瞬、頭を下げた後、フィリティを逃さない瞳が絡んでくる。
銀髪の髪がハラリっと肩に流れた。
「改めて…ジョルテクス王国第二王子のアルドルト・ジョルテクスと申します。アンジュール国第二王女フィリティ・アンジュール姫に婚姻を結びたく、この度参りました。フィリティ王女…」
アルドルトがアルの顔で微笑む。
「貴女の飾らない生き方に…陽だまりのような笑顔…ちょっとやんちゃなところも…何もかもが愛おしい。どこの誰だったとしても……愛しています。どうか……私と共に人生を歩んでいただけますか?」
左胸に当てた右手をフィリティに差し出す。
フィリティも立ち上がりアルドルトの前にしゃがみ手を取る。
「……はい。わたくし、アンジュール国第一王女フィリティ・アンジュールは、ジョルテクス王国アルドルト・ジョルテクス殿下と婚姻を望みます。……愛してます…」
アルドルトは…フィリティの言葉に溢れる喜びを押し隠すことができず破顔して…
「フィーリッ!!」
フィリティを抱きしめた。




