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4 スローライフ《隠れ家》



 今日も《隠れ家》で前世の日本人だったときのように過ごしている。自身で炊事洗濯、子育てにと毎日時間が足りない目まぐるしい日々。


(まだまだ王太子妃の間にやりたいことが満載なのよね!)


 「おかあさま!わたし、あるーと あそんでくるわぁ!」


 私に手を振りながら駆け出していく娘のフィリティ。愛しのフィーちゃん。先日やっと三歳になった。 

 蜜色の髪は、肩甲骨より少し下まで伸びてきた。元々毛量が多くなかったので髪を結っても鉛筆程の束にしかならない。

 簡単に風になびく蜜色の髪。あまりに目立つため、ここでは私が作った魔道具の髪留めで色を小麦色に変えている。私譲りの水色の瞳は、誤魔化せないけれど、蜜色の髪よりは目立たないでしょう。


 三歳児と言うのは、まだまだたどたどしい時期。一方で、今まで親に頼り切っていた生活が自身で出来るようになって、なんでも()()()やりたがる。ちょっと気にいらないことがあると癇癪を起して、感情の面でも大きな成長期。


 前世の記憶にある日本の三歳は、ママたちに感動を与えるほどの劇的変化をする。特に『トイレ』。おむつが取れるようになって、一人でトイレに行き始める。


 フィーちゃんは、まだ自分でおしりを拭くにはハードルがあって、確認がてら大人の仕上げが必要。たまに拭くのを忘れて、『おトイレできた!!みてみてー!!』と呼んで来ることも。おしっこがポタポタ垂れてしまった床を拭く仕事が増えちゃう。嬉しい気持ちとは裏腹に面倒なことが伴う理不尽さ。


 それでもね、排便の処理をしなくて済んだり、臭いとの闘いを卒業できたのは、親にとって感動。ひとりで完璧に出来るまでには回数と年齢を重ねる必要がある。このままフィーちゃんにも頑張ってもらいたい!


 衣服の着脱も今までお尻が引っかかり、助けが必要になっていた。ウエストのゴムの部分がひっくり返っていることは多々ある。それは些細な事で、でん部のあの山を越えることが大事。フィーちゃんもいい線まで来たから、あと一歩ってところ。


 この三年もの月日の経過を思えば、親にとって涙が出るほどの成長だと思う。衣服の前後が反対なのは御愛嬌ね。自らの意思で行動し、出来たときのドヤ顔は、何より微笑ましい。


 (この世界にカメラがあればと何度も思うわ…いっそ国家権力で開発させようかしら!うふふっ)


 この国境沿いは田舎。服装は、前世の服装に近い。自立を促し、成長するための身体機能を存分に使うことができる。

 侍女に全てを任せ、頼りきった生活も貴族社会では立派な義務だってことも十分理解している。前世の記憶を持ち、日本の生活を好む私には、成長の機会を邪魔しているようにしか見えないけれど。

貴族社会での侍女に任せるスタンスは、いずれ教えていけば良い。

人間は、怠ける事には長けているから。


(フィーには、そうなってほしくはないの。頑張って)


 玄関の扉を開けて、お隣さんへ駆けていく娘。お気に入りの服の前後を反対に着た小さな小さな後ろ姿を追いながら強く願うのだった。



 * 



 お隣さんへは、国境を越える。広がるのは美しい緑ばかりでいつ越えたのか見落としてしまう。走り続ける幼いフィリティには、全く意味をなさない大人が決めたもの。


 途中、春の花々が咲き乱れる場所にたどり着いた。ここはお隣さんのお庭。

 カラフルなチューリップに始まり、紫が広がるヒヤシンス。目線を上部へ移すと紫から青へと変わりネモフィラへ。最後は、フリージアの鮮やかな黄色で彩られている。


綺麗に四分割されたこの花壇には、季節事に時計回りで華やかになっていく。

ミシェル曰く、私達を楽しませてくれるためにお隣さんが植え始めたもの。

花に見とれていると奥に建てられた隠れ家に似た作りの家がある。玄関が見えた時、フィリティより少し大きい男の子が飛び出してきた。


「ふぃーでぃー!!」


「り」の発音がうまく出来ず「でぃ」や「てぃ」になることが多い。今は「でぃ」らしい。


「あ〜どぅ〜」


こちらも同じく、「る」と発音したかったが力が入りすぎて「どぅ」になる。


二人は勢いを殺すことなく、突進し、そのまま抱き着く。

勢いが強かったために反動でお互い後ろに倒れて、尻もちをついてしまった。


一瞬、なにが起きたのかわからなかった。鳩が豆鉄砲を食ったように、きょとんとして見合っている。「ぷっ」っと息をもらし、先に声をあげて笑い始めたのはフィリティだった。


「あははっ!ころんじゃった!!ふふっあははっ!!!」


「ぶっはっはっは!!ふぃーりがつっこんでくるたらぁ」


「あ〜どぅ〜」ことアルールは、フィリティのお友達。

 いわゆる親同士が友達で知り合った子。

 栗色の髪は、サラサラしていて触り心地が良さそう。瞳の色は、エメラルドグリーン。好奇心を宿らせたキラキラ光る瞳はまさに宝石みたいだとフィリティは思っている。


「アルくん大丈夫ッ!?フィーちゃん!いつもお話してるでしょう!!お友達が近くに来たらゆっくりするって」


 ミシェルが追いつき、アルールの元へ駆け寄った。膝をついて怪我がないかを確かめている。

 アルールに怪我がないとわかると次は、フィリティに近寄る。こちらも怪我がないか、確認をするためにフィリティを立たせる。


「あるもふぃーもへいきたよ?おかあさん」


「平気でもこれからは、ゆっくりよ。お約束しましょう」


「ふぃーりのまま!ぼくだいじょうぶでふ!」


 アルールは、胸を手のひらでバンッと一度たたき、アピールをする。母の顔で微笑むミシェルは、ここはちゃんと言わねばと、少しだけ表情を引き締めた。


「アルくんもフィーちゃんもお約束して。()()大丈夫だったけれど、次が大丈夫かどうかなんてわからないわ。それは次の次も一緒よ。」


「ちゅぎの…ちゅぎ?」


「そう。アルくんのママと私が今みたいにぶつかってしまって、ママが痛いって泣いてしまったら、アルくんはどう思うかしら?」


 下を向き、想像したのだろう。ぶつかったときの衝撃を思い出しているようで、やっと瞳を合わせたと思ったら、苦虫を嚙み潰したような顔で目元には薄っすら水の膜が出来ていた。


「…ままがいたいのはいや」


ミシェルは、アルールの頭にやさしく手を置き撫でながら言い聞かす。


「そうね。フィーちゃんもお母さんが痛い痛いって泣いてしまったら、どう?」


フィリティもアルールと同じ顔をしたまま、ミシェルをしっかり見ていた。

瞳にはどんどん涙が溜まっていき、とうとう一粒の大きな雫が頬を伝う。


「っ!っふぃーもいや!!!おかあさんっ!!ごめんなさーい!!うわぁぁあん」


どこにこんな力があるのかと思うほど力いっぱい、きつく抱き着く。

ミシェルも二人を抱き込む様に腰に手を回してぎゅーと引き寄せた。


《なんて素直でかわいい子たちなの!あとでイネスにも教えてあげなくっちゃ!!》


 母としての喜びをこれでもかとかみしめる。


蝶よ花よと王城で育てられたと噂されているけど、それは表向き。

本当は、どんな貴族よりも泥臭く活き活きと育てている。



国境沿いのこのお家から見える範囲に家はなく、木々がちらほらとあるだけで割と見晴らしのいい平地です。なので、フィリティがひとり家を飛び出しても家の敷地を出るまでにもある程度の時間がかかり、敷地を出ても滅多に馬車等通らないので、ミシェルは自由にさせています。現代日本の家だと『危ないから外に出ない!』なんてよく叱られてしまうのですが、こちらの世界は、のほほんです。

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