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2 王妃ミシェル

「婚約って!!どういうことなの!?お父様!!」


 無事にデビュタントを済ませ、王城の限られた者しか出入り出来ない場所まで戻ってきたフィリティは、声を張り上げる。ここまで我慢して沈めていた怒りとも焦りともとれる嵐の様に乱れる感情を父王であるジョーカスに剝き出しにして、詰め寄る。


本来、気品ある王女のするような行動ではない。王女なら叱咤される行いにもジョーカスはフィリティを止めるでもなく、ただただ面白そうに眺めている。


「フィーよ。そうカッカと闘牛のように角をむき出しに突進するが如く父に詰め寄るでない。可愛い顔が台無しだぞ。くっくっくっ」


「これがっ!“はいそうですか”と、受け入れられるわけがないでしょう!!!」


「待ちなさい、フィーちゃん。また淑女らしからぬ言葉になりつつありますよ。ここはもっと喜ぶところよ。ふふっ」


 サプライズによる婚約発表でパニックを起こしていたフィリティは、思い出した。すっかり隣国の王子の名を忘れていて、思わず心の中で叫んでしまったことは内緒。


(隣国ジョルテクス国 第二王子アルドルト・ジョルテクス様…私と同じ十五歳だったはず…お会いしたことは…ない、けれど…)


「お母様まで……私は…殿下を存じ上げません…」


「ほほぅ、彼とは…会ったことがないと?」


 父は、ニコニコ楽しそうに笑っている。


(なんだろう…。事実を述べただけなのにこの反応)


不安にかられて黙ってしまう。側で成り行きを見守っていたアルバートがフィリティの肩に手を置き、なだめる様に言葉をかける。


「フィー。父さんと母さんがフィーの望まない婚約を結ぶわけ無いだろう。もう少し冷静になれ」


「……お兄様…」


(私には、心からお慕いするお方が……いるのよ…アル…)



 * * *



「おかあさま!わたし、あるーと あそんでくるわぁ!」


 フィリティは、三歳だった。

隣国との国境付近にあたるバルク領。国境とは名ばかりで、土壁で境を区切っていたり、柵があるわけではない。広い広い緑が続く草原。ところどころに木々があり、程よい昼寝ポイントもあるのどかな場所。


なぜフィリティがここにいるかというと、母であり、この国の王太子妃ミシェルの希望だった。


 ミシェルは、前世の記憶を持つ人だ。公爵家に生まれ、王太子妃となるべく育てられた七歳の頃。夏風邪を引き高熱にうなされていた。苦しい暑い身体が鉛のように重い…今までに感じたことない状態だった。


『(…助けて…苦しぃ…暑い…)…だっ…だれ…か……』


 やっとの思いで口にした助けを求める声。側に控えていた専属侍女が何度も呼びに行った医者の元へ再び部屋から飛び出して駆けていく。この声を発したとき、なぜか既視感を覚えた。

 

(私は初めての体験なのに初めて…じゃないの?)


 そう思った瞬間。ミシェルは……思い出した。


 目の前の光景…クリーム色の天蓋の中に浮かぶいくつもの映像……《写真》が浮かび上がる。

 この世界に《写真》なんて言葉はない。なのに知っている。


(懐かしい。あぁ私は…()()()()()()



 * * *



 小見野こみの 悠乃はるのこれがミシェルの前世の名。

 日本という国で悠乃は、最終学歴になるはずの大学受験を目前に控えた十八歳の冬。インフルエンザに罹患した。三十九度を超える高熱と頭痛が酷く、夜を越すのに()()長くなりそうだった。


 症状が激変したのは日曜日の夜。両親は共働きで家にいなかった。父は夜間トラックドライバー。母は、夜勤の看護師。出来る限り独りにならないようにと、両親は仕事の都合をつけてくれていた。


本来なら、もう高校を卒業するという時期がまじかに迫っていた十八歳ともなれば、独りで夜を超すことは、周りからみれば当たり前。


悠乃が唯一、周りの高校生と違ったのは、慢性的な喘息を患っていること。


身体が成長するにつれて、徐々に肺が強くなっていくと、言われていた。実際には、悠乃はそうならなかった。運動制限が当たり前で、その要因もあってか《友達》と呼べる人はいなかった。


この日に限って、びっくりする程の悪条件が揃い、悠乃は独り苦しんでいた。本人の気づかぬうちに徐々に呼吸も乱れていく。


 《…お母さんは、夜勤だから明日の昼には帰って来る…大丈夫。私は…頑張れる…》


 喘息を患ったのは生まれつき。

 こんな苦しいのは()()()()だった。

だから…この時、気づかなかった。

自身の身体がいつもよりもおかしいことに……。



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