19 これってなに
パティリテ湖から一度、帰宅して、ミシェルにアルールが湖に落ちた経緯と怪我をしたヤマガラを保護したことを伝えた。
話している間も心臓の鼓動がうるさかった。アルールが丁寧に説明し、心配顔のミシェルの表情が和らいでいくのを見ていると、胸を叩く振動も落ち着きを取り戻して、普段通りに戻る。
(なんだったんだろう…)
フィリティは、疑問に思っていたけれど、誰にも話さなかった。話せなかった。
ミシェルに怒られたが、びっくりするほど心配されてしまった。そんな母の姿を目の当たりにして、これ以上、負担はかけられないと口を噤んだ。当然ながら今度からフィリティが一人で湖に行くのは、禁止になった。
ミシェルへの説明を早々に済ませ、次はアルールの家に向かった。
イネスにヤマガラの怪我を見てもらう。
ゆっくりと手の中から解放して、机に降ろした。
警戒心からなのかヤマガラの視界に入るところをコツコツくちばしで突かれる。机や壁のいたるところに突いたくちばしの跡を残していく。
根は、大人しい子で怪我を治してくれると理解し始めた途端、フィリティの手に自ら乗ってきた。
小さな足でピョンピョンと擦り寄ってくる姿に庇護欲をくすぐられる。
動物の世話をしたのが初めてのフィリティは、コツコツと突きながら甘噛みをしてきたり、手の中で歩き回る感触が新鮮で、何かあるたびに感動を覚えた。腹部の茶色の毛並みがどことなくアルールの髪色に似ていることにも親近感が沸く。
アルールも毎日、ヤマガラの様子を見に来ては、餌のエゴノキの実を持ってくる。皮の部分を剥いて、中の種子だけを丁寧に食べる仕草は、いつまでも見ていられると頬を緩ませていた。
食事時に必ず訪れ、ちょっと離れたところで二人並んで眺める。
アルールには、もう一つフィリティに言えない理由がある。
《フィーリとこんなに近くに居られんだから絶対来ないとね》
二人きりで肩を寄せ合っても違和感なく自然に過ごせる好機を逃すまいとしていた。
『ねね、アル。なんて器用なの。あっほら、みてみて。頬張ってるかわいい』
小声で耳打ちするフィリティ。
耳に息がかかり、声を潜めているため普段よりも音域が高い。左側だけに熱を感じるこの空間。
『かわいいねっ(フィーリがっ……さ、最高だ)』
アルールも耳打ちはしないがフィリティの顔を見ながら小さく小さく返事をした。
その様子を台所から眺める母親たちは、クスクス笑って見守っている。
あれから一週間がすぎた。
ヤマガラは、思ったよりも傷は浅かった。イネスの治癒魔法で八割治り、二、三メートルぐらいなら低空飛行できるまで回復した。
隠れ家での生活は、ヤマガラが加わったこと以外は、いつも通りのんびりとした時間が流れる。近況を話したり、アルールは剣術の稽古を、フィリティも稽古をするアルを眺めながら、ヤマガラに関する本を読み、知識を深める。
たまに花摘みにも行き、充実した時間が過ぎていった。
「そういえば!アルってあの家に住んでなかったのね?」
「…あ、あぁ。前は住んでいたんだけど…ほら!あと数年もすれば王立学園へ行くことになるからさ!早めに王都に慣れておこうってことになって。僕としてはこっち(フィーリと)の生活の方が好きだけどね。いつかあっちの家にも遊びに来て欲しいな…」
「じゃぁ、お母さんと一緒にいくわ!!あっ!!ジョルテクス王国って王都においしいお菓子屋さんが並ぶシュガー通りってのがあるって聞いたけんだけど!本当にあるの!?行ってみたいの!!」
(フィ、フィーリがまぶしすぎる!!)
「あぁ、あるよ。じゃぁ…僕が案内するから…絶対に、他の人とはいかないでね?」
( っ! ア…アルといっしょ?)
フィリティはアルールとつないだ手の感触がよみがえってきて、またドキドキと心臓がうるさくする。
ヤマガラに夢中で忘れていた。忘れたかった。なのに思い出してしまう。目の前で頭をこてんとして、フィリティの返事を待つアルールの瞳がまっすぐすぎた。
「ん?フィーリ?」
「……うん。楽しみにしてる…」
そう答えるのが精一杯だった。
今までと変わらないアル。
…少しだけ背の伸びたアル。
……私より手が大きかったアル。
思い出すとぎゅーッと胸が疼くような不思議な感覚が襲ってくる。
(これってなんなの?)




