15 隣町へ
「お母さん…今日も居なかったわアル」
「そう。何か事情があって遅れているのよ」
「ねぇ、本当にアル来てくれるよね?」
「大丈夫よ。必ず来るわ。そうそう!せっかくだから今日は隣町にでも行きましょうか?キィじいちゃんも待ってるって言ってたわ」
「……じゃあ行く」
まだまだ不安が拭えない。ただ、ここでいつまでも待っていたって仕方ないと気持ちを切り替えて、隣町まで行くことにした。
隣町…サンカルミは、技術者がたくさんいる小さな町。
買い出しと称してこれまでもよく通っていた。サンカルミに行くときは、必ずキィじいちゃんこと、元王宮庭師のキースに会いに行っている。ミシェルが王太子妃として嫁いでから大変お世話になった庭師だ。常に帽子を被り日差しから目を守っているぐらいで肌は色黒に日焼けしている。小柄な割にガタイが良くデッキブラシのように綺麗に整えられたヒゲは触り心地が癖になる。おもわず『親方っ!』と呼びたくなる容姿だ。
キースは、堅物で誰に対しても笑うことのない人物だった。ミシェルのとこも煩わしいお姫様ぐらいに思っていた。それはほんの数分だけで、貴族のお嬢様が知りえない植物に対する知識や土いじりを活き活きと、時に豪快にスコップを振り回すミシェルを見て驚愕した。
こりゃ参った とミシェルに対する態度を友好的に変えた。
『がっはっはっはっ』
笑わない庭師が空に向かって笑う姿は、ミシェル以外に見たものはいない。フィリティのことも孫のように可愛がっていて、気にかけてくれる。
数年前に引退してしまい、隠居するならこの地にしようと選ばれたのが「サンカルミ」だった。偶然なのか意図的なのかはミシェルにもわからないが隠れ家から目と鼻の先にある隣町。
これは好機とばかりにタイミングをみてちょくちょく通い、キースもまたミシェル不在時には、隠れ家の菜園を見てくれている。
* * *
「よぉ~嬢ちゃんよくきたなぁ!がっはっはっは!」
「キィじぃいい!!久しぶりぃいーー」
まだまだ遠くにいたのに私たちが来るのがわかったのか、庭先から大声であいさつをするキース。おかげで鳥が何羽驚いて飛び立ってしまった。
「キース、久しぶりね。相変わらず元気そうでよかったわ」
「ミーも元気そうで何よりだ!夏野菜はよく採れたかい?」
「ええ。もうたっくさん!!さすがキースの仕事ぶりだわ。不在中のお手入れありがとう。本当に助かってるの。まだまだ現役ね!!」
「いやはや、わしもだいぶ歳を取りましてな。もう高い木の世話はできん。今、若いのを育てているとこだ。今度紹介させてくれ」
「ええ、ぜひ。キースにずーーっとお願いしたいけれど、いずれはそのお弟子さんに私の菜園も面倒見てもらおうかしら」
「厳しく鍛えときますわ!がっはっはっはっ」
久しぶりの再会にお互い笑いが絶えない。フィリティは、汚れてもいい半袖のシャツにズボンスタイルだ。いつものように菜園をぐるぐると周って、珍しいものがないかを探しに行く。キースはここでミシェルのことをミー、フィリティのことを嬢ちゃんまたはフィーと呼んでいる。これは親しくなったときにキースが呼びやすい名として決めた。この土地でも違和感なく使えるためそのまま使っている。
「でぇ。嬢ちゃんはなんだ?気落ちすることでもあったのか?」
耳打ちするようにキースがミシェルに聞く。
「ちょっとね。時間が解決するのだけれど、待ち人が来なくてね」
「おやまぁ!もうそんな歳かい。子供の成長は早いねぇ」
育てた野菜や菜園を見回っているフィリティを二人の視線が追う。そこでキースがフィリティを呼ぶ。
「フィー!!バトンがお前に会いたがっていたぞー」
野太い声がご自慢の菜園中に響き、またも鳥が何羽か飛び立ってしまった。飛んで行く鳥を眺めながらキースのもとへ戻る。
「バトンは元気?」
「あぁ、フィーが来たと分かれば飛んでくるだろうになっ!さっきの声でやつにも聞こえたんじゃなかろうか?ははっ」
――噂をすれば
と続けた言葉は、ガラッゴトッドガランッと派手な物音でかき消された。音が小さくなり落ち着くころに地面を蹴って何かが近づいてくる音が遠くから聞こえてきた。耳をそばだてなくてもだんだんと大きくなり、砂埃がものすごい早さで移動してこちらに迫ってくる。ちょうどキースご自慢の庭園の前の道で止まった。
ギョッとして、庭園の中から砂埃が収まるのを待っていると、黒髪黒眼の少年がひとり立っていた。
走ってきたからか頬は赤らみ肩で息をして、言葉にしようにも声が出せない様子。睨みつけるわりに待ちわびた衝動が鋭さを邪魔している。
「………バ、バトン?」
身振り手振りで飲み物を要求してきた少年は、生垣越しにキースから小型魔法瓶を受け取り一気に飲み干した。
「フィーっ!!!なんでなかなか来なかったんだよっ!!!」
ヒョイッとキースの家の生垣を乗り越えてフィリティに向かって風のごとく突進してきた。思わず身体を仰け反らせる。
荒い息がかかり、額がくっつく寸でのところまで近づいてくる。フィリティが息を飲んで少年…もといバトンの瞳を見つめているとプイッと顔を背けられ、フィリティは体制を直した。
「オレもさっ、剣の注文が多くてよ。親方の側から離れられなかったから仕方なかったけど…たまには来いよなっ!」
「バトン、ごめんね?」
コテンと小首を傾げ、斜めに上目遣いで覗かれて、今度はバトンが息を飲んだ。
「っ!!!」
軽く頬を染め、被っていた帽子を目深に被り頭をかいた。
「ま…いいってことよ」
その二人のやりとりを傍観していた大人二人は、クスクス笑っている。
「バトン、そういえば剣の注文って?そんなに忙しかったの?」
さっきまで照れ隠しをしていたバトンがフィリティに向き直り話し出す。
「ああ。三年前ぐらいか?特注でレイピアが入って、今度は短剣が二つだったか。全部特注の魔法付与案件で親方たちが張り切って打ち込んじゃってさ。なんでも金に糸目はつけないとか言うお貴族様らしい。あれもこれもいろいろしてたぜっ!世界一をつくってやったって親方が言ってたぞ。レイピアは納品してから大分たったからな。そろそろ使い心地がきけるんじゃねぇかって反応が楽しみなんだとよ。まだ短剣は取り掛かったばかりだかだからな!まだまだかかりそうだぜっ」
「………」
「フィー?どうした?」
「…いやっなんでもない。す、す、スゴイんだね」
「まあこんな依頼なかなかないからな!腕が鳴るって親方、張り切りすぎて心配だっっての」
フィリティは遠い目をして乾いた笑いしか出てこなかった。
バトンは、鍛冶屋の息子で将来鍛冶師の職に就きたいからと、父親を親方と呼んで日々修業中だ。
二人で話をしていると遠くから怒号が聞こえる。
「オイッ!!!バトンっ!!!途中で放り出すんじゃねぇええええ!!」
「っ!!やっべぇっ!!見つかっちまったっ!じゃっ!また後で!!必ずだからなっ!勝手に帰るなよっ!!」
バトンは行きと同じように砂埃を巻き上げながら青い顔をして、走り去ってしまった。
「あいつは、なあにしに来たんだ?」
キースの声だけが空に響いた。




