14 待ち人
剣術の学びが始まってから四年、着物完成から二年が経った。
季節は秋に近づいていた。
鍛錬も順調でフルーレからレイピアへ昇格した。アルールから贈られたリボンを結んで保管していたフィリティ専用のレイピア。
レイピアの他に短剣での鍛錬も開始された。短剣は、借り物でいずれレイピア同様フィリティ専用の特注品が届くことになっている。手始めに二本頼んでいると兄のアルバートから知らさせた。アルバートとの鍛錬は、フィリティの上達具合と調整し、魔法と合わせた手法で迫ってくるようになった。
アルバートの指導を騎士団所属騎士に変更して欲しい要望に最大限答えた結果、指導内容の改善。
魔法については、知識のみ。いかに知識を使ってアルバートの魔法がどう練り上げられて、剣術と融合しているかを推測し、対処の仕方を実践形式を取り入れながら教わっている。フィリティ自身の魔力や魔法の素質は、王立学園に入学してから見極めるようにと父王ジョーカスから言われ、現時点では止められている。
フィリティは、早く魔法も習得したいと焦がれている。それを父は、他をおろそかにしてはならないと水色の瞳に語りかけてきた。もっともだと理解して学びたい好奇心を心に留めている。
* * *
一ヶ月前
真夏のうだるような暑さは、隠れ家の庭に作った菜園の夏野菜を成長させるスパイスとなり、一度収穫してもあっという間に次がやってくる。今日もきゅうりとミニトマトが大量だ。
(お母さんにお願いして、夕ご飯は、夏野菜たっぷりの冷たい麺をお願いしようかしら。絶対おいしいわね!)
「お母さん!今日も大量!」
縁側に採れたての野菜が入った籠をおいて、身を乗り出しながら室内にいるミシェルに声をかける。
「ほんとね!夕飯は、これを使って何か作りましょう!何がいいかしらね?」
「あのね!!わたしこの間食べた細い麺の冷たいやつがいいの!」
「冷やし中華?かしらそれとも冷やしそうめん?かしら」
「そうめんっ!それそれっ!!」
嬉しそうに野菜籠をもって部屋に入ってきた。足取りが軽いようでスキップしている。
「それで?この後もアルくんのところに行ってくるんでしょう?」
「うん!そのつもりッ!今日こそ驚かすんだから」
エッヘンと鼻息荒く、ドヤ顔のフィリティにミシェルはふふっと肩を揺らして笑ってしまう。
三歳のころから妃教育を学んできた。
現在途中経過でも、例年の王子王女よりもかなり早いペースで進んでいる。この調子なら来年にでも妃教育は終わりを迎えてしまいそう。
ここでの暮らしはのびのびとしていて、教育係が鼻息荒くドヤ顔のフィリティを見たら卒倒するだろう。ひょうきんな一面もあるフィリティだが頑張り屋で、面倒ごとはさっさと終わらすに限るとミシェルに散々言われてきた。
《夏休みの最終日をいかに充実に過ごすことができるかで夏の思い出は制覇できるのよ》
ミシェルの瞳は、何かを思い出して燃えるような闘志をやどし、フィリティにはわからないことをたまに教える。
(また前世のことを思い出している?のかな。お母さまは)
まず、フィリティに夏休みという概念がまだない。
王立学園には十五歳から貴族を中心に通う。国によって十六歳だったり十四歳だったりする。
わが国では十五歳となっている。
フィリティは、あと一ヶ月弱で十一歳。
現在、家庭教師によって学ぶ時期であり、学校へ行くということがない世界。
隠れ家に行くまでに教師たちから様々な課題が出されていたが、隠れ家へ発つ予定日よりも二週間早く課題を終わらせた。王女のフィリティは、早くフィーリとして夏野菜に囲まれたいお年頃なのだ。
アルールには、手紙で《夏の途中からそちらに行くから私が家に着いたら会いに行く》という内容をミシェル経由で出してもらっていた。
隠れ家に着いて一週間が過ぎた。
浴衣を着て過ごす日もあり、アルールに見てもらえるチャンスを狙っている。
毎日、アルールの家に通っているにも関わらず空振りばかり。あまりにも空振りが多かったために今日は今まで通り質素なワンピース姿。
玄関で呼び鈴を鳴らし、反応がないのを確認してから窓越しにのぞいて中を見る。全く人の気配がない。またも不在だった。
(アルってここに住んでる人ではなかったのね)
今更であるが、アルール一家がこの国境の家に定住しているわけではないことを知った。
なぜ気づかなかったというと、フィリティが来る前に必ずアルールがいたからである。
(もしかすると引っ越しされたのかもしれないわ。だってここは不便だもの)
少なくともアルールの他に二人の弟がいることは知っている。
パトリックとマルセス。二人は双子。
そう、三歳のあの時にイネスが妊娠していたのは双子だったのだ。
(それは、すいかが二玉入っていると思うほどお腹が大きかったのよね)
記憶の中のイネスを思い出していた。
(パトリックとマルセルも元気かな?)
双子は双子だけの世界がある…らしい。
あまり他人を受け入れないとも書物で読んだことがある。
でもパトリックとマルセルは、少なくともフィリティにはそういった面を見せることがなかった。
フィリティにも弟がいる。名はカイル。兄アルバートを幼くしたような存在だが、性格は異なり、甘え上手でアルバートに比べ女性への気遣いが姉のフィリティから見ても上手だ。まだ七歳だというのにカイルの周りには女の子が常にいる。
(今日もいなかったわ…もう会えなかったら…)
フィリティは、隠れ家に向かって走り出した。胸に小さな不安を抱えて。




