13 和装ブーム到来
ミシェルが着物に想いを馳せてから二年後。フィリティが九歳になる年。
我が国に【着物】が完成した。厳密に言うと【訪問着】であり、王太子妃であるミシェルにとって使い勝手が良さそうな格を選んだ。とはいっても、着物自体がないこの世界に格など意味があってないようなものだ。
着物を着付けるには、小物が多く、侍女が見ただけでは何をどこに使うのかさっぱりわからない。目の前でスルスルと着付けする姿は美しく、完成に近づいていく過程の面白い。侍女たちの瞳をキラキラとさせ好奇心をくすぐる。早く自らの手で着付けをし、達成感を味わいたいと、野望をメラメラと燃やしているようだった。
『いい?腰紐はこのお端折りをつくるだけじゃなく腰から下のラインが全て決まる一本なの。とても重要よ』
『『『はい!』』』
ミシェルは前世、悠乃時代に幼少から中学まで日本舞踊を習っていた。緩やかな見た目とは、裏腹に腹筋背筋を常に使い呼吸を意識して行う。肺を鍛えるのに良いのでは?と着目した母に連れられて見学に行った。門をくぐってすぐに虜になった。
柔らかな手の動き、美しい足運び、優雅な身のこなし…稽古用の裾引きを身に、集中しているお弟子さんに見入ってしまった。地域の舞踊会で披露する装束のきめ細かな美しさにも惹かれ、習うことにした。
習い始めは喘息との闘いで、稽古どころではなかった。それでも意志が強く頑張り屋な悠乃の姿を見た師範は、長い目で指導し続けた。
(師範のお人柄に感謝だったのよね…)
侍女たちが着付ける様子を指導しながら、師範のことを思い出して目を細めた。
師範は、変わっている方で着物の作り方も教えてくれた。喘息の症状により稽古が厳しいと判断された日にそれなら着物を自分で仕立ててみてはと提案を受けた。静かに座って、ただただ針を刺し続ける行為を続ける。
喘息を理由に休むことが当たり前だった。悔しい・悲しい・憂鬱といった感情がいつも残る。
師範からの提案は、希望だった。《諦めなくていい》が目の前にあった。
『昔は自分で着物を仕立てたりするのが当たり前だったのよ』
笑って教えてくれる師範が大好きになった。
悠乃にとって師範は、知らない日本を教えてくれるおばあちゃん的な存在へと変わる。着物を仕立てる技術をはじめ、着付けもすべてその師範から教わった。
『ほらっそこ。まだ身八つ口から手を出してはダメよ。襟元を両手で持って三か所引いて、そう。お端折りをしっかりなぞって整えるの。そう、そうよ。最後に襟元を整えて、コーリングベルトを装着して…』
ミシェルも瞳を光らせて、指導をする。
(私もここでは師範みたいね。ふふっ。師範どこかで見ててください)
* * *
フィリティの十歳の誕生日。
着物とは少し違う【袴】をミシェルから贈られた。【和装】とミシェルが呼ぶ服装に興味津々のフィリティは、独特な柄や形、ミシェルが着る【訪問着】とはことなり、明らかに袖が長い。ひとつひとつ説明を聞きながらわくわくした気持ちが溢れ瞳を輝かせる。説明が終わるとすぐさまミシェルの手で着付けてもらった。
一年前、【着物】が完成し、王宮内では和装のブームが到来していた。侍女たちは日々着付けに没頭する時間が増え、ミシェルも指導に熱が入り充実した日々を過ごしていた。次は何を作ろうかと模索していたミシェルは、フィリティの次の誕生日で十歳を迎えることを思い出し、『【二分の一成人式】じゃないの!!なんて素敵なの!!』と興奮した様子で縫製士のところへ飛んで行った。
完成した袴は、オフホワイト。フィリティの誕生花ダリアの刺繍が左膝あたりから右の裾にかけて、五センチ大の刺繍が下に行けば行くほど小さくなり、川の流れのような緩やかな曲線を描いて仕立てられている。合わせる着物は、薄桃色の地に大柄の四季花が彩る模様だった。差し色に袴下帯を赤にすることで『お祝い』感をだしたのだとミシェルはいう。
「やっぱりお祝いには、紅白柄よ!ふふっフィーちゃん可愛いわ!!」
満足のいくものに仕上がったらしい。家族も絶賛し、フィリティは嬉しいような恥ずかしいような気分で十歳になった喜びを感じた。
「アルにも見てもらいたかったなぁ」
誕生日パーティーも終わり、もう少し着ていたいからと袴姿のまま、王宮の私室へ戻ってきていた。
髪には、フリージアの生花が髪飾りとして華やいでいる。本来なら春に咲く花ではあるが王宮には素晴らしい腕の庭師がいるため一年どの季節の花でも咲き乱れた温室がある。ミシェルが袴との相性で選んだフリージアは、ここにはいないアルールの誕生花。意識しなくても意識してしまう存在感があった。
窓際に移動すると気持ちのいい風が入ってくる。
「そうだ。袴は無理でも浴衣ならいいかな。仰々しくないし…」
十五夜の月が明るく照らす夜空を眺めながら、友への想いをめぐらすのだった。




