巣立ちの時
イグニスの元に来てから十六年、ヴァイオレットは見目麗しい立派な女性へと成長していた
しかし成長したのは見た目だけではない
『お父さーん!倒してきたよー!』
満面の笑みを浮かべながらイグニスに向かって手を振ってくるヴァイオレット
今日は森の最奥部に潜んでいる魔物、エンシェントプラントに挑戦しに行っていた
以前話していたこの特訓の卒業条件、それがこのエンシェントプラントである
ヴァイオレットはその魔物を見事に倒しイグニスの元へと帰ってきた
『うむ、吾輩も上空で様子を見ていたぞ。これで今日をもって鍛錬は終了だ。今日までよく頑張ったなヴァイオレット』
『なんだか終わってみると少し寂しいね』
ヴァイオレットの現在の魔力総量は十年前とは比べ物にならない程上がっている
それをしっかりと暴走させずにコントロールできているのはヴァイオレット自身の努力とイグニスとバシリッサの助けがあってこそ
未だ魔力は上がり続けているが、今のヴァイオレットであれば問題なく制御できるだろうとイグニス達も判断している
エンシェントプラントを倒し棲み処に帰ってくるとバシリッサが料理を作って待っていた
『お疲れ様ヴァイオレット、よく頑張ったわね』
『ありがとうお母さん。わぁ……!凄いご馳走!』
『今日はあなたの好きな物ばかり作ったわ。たくさん食べなさい』
『やったー!いただきまーす!ん~♪うまうまぁ♪』
背丈は伸び女性らしい体つきに成長し随分と見た目は変わったが、食事をしている時の美味しそうに食べる表情だけは小さい頃から全く変わっていなかった
『ヴァイオレット、何か欲しいものはあるか』
『欲しいもの?』
『これまで頑張ってきたご褒美よ』
『ご褒美かぁ』
ヴァイオレットは少し考える素振りを見せると口ごもりながらイグニス達に希望を告げてきた
『えっと、物とかじゃないんだけど……私、前から学校に通ってみたいかなって思ってたんだ』
『学校……?確か人間の子供が通う教育の場だったか。どうしてそこに行きたいんだ?』
『私ね、学校に行って友達を作りたいんだ』
今までイグニスやバシリッサがいてくれたお陰で寂しさを感じることはなかった
だが二人はあくまで親であり友人とはまた違う
同年代の人間と友達になるには学校に行くのが一番だと、以前バシリッサから聞かされた時からヴァイオレット気になっていたのだ
ヴァイオレットの想いを初めて耳にしたイグニスは突然のことにあわあわしている
その様子を見てバシリッサが代わりに尋ねてきた
『ヴァイオレット、人の地に行くというのなら私達はついて行くことはできないわ。何かあっても自分一人の力でどうにかしなくてはいけないけれどそれでも学校に行きたい?』
バシリッサの問いにヴァイオレットは悩む素振りを見せず頷く
その目から強い意志を感じたのでそれ以上言及することはなかった
『分かったわ、学校に行くことを許可しましょう』
『おい!』
『イグニス、この子も独り立ちする時が来たのよ。親であるなら背中を押してあげるべきじゃない?』
バシリッサの言葉を受けたイグニスは反論できず暫し逡巡し、そしてようやくヴァイオレットと離れる決心がつきイグニスも学校に行くことを許してくれた
『分かった……学校で友達とやらを沢山作ってこい』
『お父さんお母さん……ありがとう!』
『そうとなったらちゃんとした名が必要だな』
『名前?もうヴァイオレットって名前があるじゃん』
『人間には名前の他に姓というものがある。それは家族の一員だという事を意味するらしい。そうだな、カラミティ……ヴァイオレット・カラミティアなんてのはどうだ』
『物騒な名前ね』
『ヴァイオレット・カラミティア……なんかかっこいい!じゃあお父さんはイグニ・カラミティアでお母さんはバシリッサ・カラミティアになるね!だって家族なんだから!』
『ふっそうだな』
こうしてヴァイオレットに姓が与えられ人の地で暮らすことが決まった
持っていく荷物の整理等を淡々と済ませていき、その姿をイグニス達がひっそりと見守っているとあっという間に別れの日はやってくる
『金の使い方は大丈夫か?』
『大丈夫だよ、お母さんに教えてもらったし練習もしたから』
『体調には気をつけるんだぞ。小さい頃はよく風邪を引いていたからな』
『もう心配しすぎだよお父さん』
十六年、ヴァイオレットを育てることに尽力してきたイグニスは愛娘がいくら強くなろうと自分から離れようとしているのがやはり心配で仕方がなかった
だがここで引き止めてしまえば娘の未来を狭める行為であることは理解している
イグニスに今出来ることは笑顔で送り出すことだけだ
『ヴァイオレット、これを持っていけ』
イグニスが渡して来たのは自身の爪の先に紐が通されたネックレスのようなものだった
『なにこれ?』
『お守りのようなものだ。肌身離さず持っているんだぞ』
『分かった、ありがとうお父さん』
『ヴァイオレット、こっちへ』
バシリッサに言われ近くまで行ってみるとヴァイオレットを抱き締めてきた
優しく暖かい抱擁、自然と心が安らいでいった
『私達はいつでもあなたの事を想っているからね。笑顔が素敵なあなたならきっといいお友達ができるわよ』
『ありがとうお母さん……お父さんも!ギュー!』
『うぉっ!や、やめろこっぱずかしい。吾輩に抱きついても気持ちよくもないだろう』
『そんなことないよ』
バシリッサとの抱擁を見ていたイグニスに対してもヴァイオレットは力強い抱擁をした
バシリッサと違いゴツゴツとしていて硬い鱗の皮膚、けれどずっと自分を守ってきてくれたこの硬い体がヴァイオレットは大好きだった
『いつでも帰ってきてよいのだからな。吾輩はずっとここにいるから土産話でも聞かせに来てくれ』
『うん……じゃあ二人共、行ってきます!』
そう言うとヴァイオレットは姿が見えなくなるまで二人に手を振り続けながら去っていった
ヴァイオレットの姿が見えなくなった途端、イグニスの目から我慢していたものが溢れ出してきた
『ヴァイオレット……うぅ……』
『あなた本当に涙脆くなったわね』
『貴様も泣いておるだろうが』
『ふふっ、そうね』
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