表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

大晦日

作者: AO



今日は大晦日だ。

一年の最後に当たる日である。

大掃除に忙しい家もあるかもしれない。

「で、何でお姉ちゃんはそんなにこたつに入ってゴロゴロしてんの?

掃除手伝ってよ。」

彼女は月海 葉果。高校一年。手に箒を持って、掃除を放棄する姉を軽く叩いた。

「お姉ちゃんはもう疲れたの。昨日もめちゃくちゃ仕事押し付けられて、ほぼ徹夜だったし。」

彼女の姉、月海 天果。どこかの研究所に所属している26歳の研究者。

「はー。と言うか、他の子は?まだ来ないの?」

葉果は、この時期になると毎回友人を家に呼ぶ。

2人で住むにはあまりにも家が広すぎるからだ。

父親は離婚してどこかに行き、母親は医師なので今日も家に帰ってこれない。

家には、ほとんど使われない部屋が腐るほどある。

「うん。もう少ししたらくるみたい。」

葉果は、スマホを見ながら呟いた。現在時刻は午後6時。もう外は暗い。

「ねえ、コンビニ行くけど、なんか買ってきて欲しいものある?

ジュース?おかし?」

天果は、妹に聞いた。

「コンビニ?何で?」

「お酒と煙草買ってくるのー」

「もうやめた方がいいよ、健康に悪いし…」

「はいはい。」

天果は、彼女の忠告を無視して外に出た。


コンビニからの帰り道、天果はビールを一本空けた。

ごくごくと外で酒を飲みつつ、タバコに火をつける。

赤い炎が暗闇の中でひっそりと輝く。

「はあ…」

彼女は煙草を口からはなし、大きく息を吐いた。

「あら?」

そんな時、彼女はふと横に見慣れないものがあることに気がついた。

(…こんなところに菓子屋なんてあったっけ…?幻覚…?)

そこには、黄色い灯りに照らされた、菓子屋があった。

「月去堂」と書かれている。

彼女はのれんをくぐり、中に入った。

ガチャガチャ、という音と共に、少し重い扉を開く。

中には、1人の若い女性が、糸車を紡ぎながら座っていた。

「…いらっしゃいませ。」

女性は目を薄く開いて、こちらを見た。

「えっと…」

天果は返答に困った。

幻覚に答えるわけにもいかない。

「…どうか、されました?」

女性は、その赤い瞳を薄く開いたまま、聞いてくる。

「…ここは、菓子屋ですよね?」

「ええ。そうですよ。」

「でも、お菓子が一つも見当たらないのですが…?」

天果は、店内をぐるぐると見回す。

が、ショーケースも何もなく、ただ空虚な空間に女性が1人座っているだけだ。

「まあ、そうですね。ここは、菓子屋ですから。」

「は?」

いよいよ意味がわからない。

「菓子屋を名乗るなら、菓子の一つでも出してみてくださいよ。」

彼女は半分怒りながら言った。

すると、女性は黙って糸車をカラカラと回し始めた。

カラカラ、カラカラ、カラカラ…という音が、静かな店内に響く。

すると、糸がだんだん溜まっていき、一定の法則を持って塊になり始めた。

5分後。彼女の前には、ウサギの形の白い饅頭ができていた。

天果は、饅頭を受け取り、口に入れた。

「…………!」

完全に饅頭だ。これは饅頭以外の何者でもない。

「…どうですか?驚いたでしょう?これが私のー」

女性は自慢げな顔で天果を見る。

「へえ…」

天果は、感心したように糸車に近寄った。

「最近の3Dプリンターはこんな形なんですね!」

「え?」

女性は反応に驚いた。

「うちの研究所にある3Dプリンターは4年前のものだからなあ…

その糸は、何から作られてるんですか?小麦ペースト?それとも砂糖鋼?

プログラムはどこでー」

と言いかけて、はっと気がついた。

女性は半泣きになっていた。

「え?ど、どうしたんですか?」

天果は慌てて女性に尋ねる。

「…何で、何で最近はウサギの幻術に誰も驚いてくれないんですか?」

「は?」

「今まで何人も、この糸車の力を見せたのに…

だれも驚かないんです!何で、何で…!」

(いや…普通に最近のARとか、VRとかの技術を使えば、幻術なんてできるからな…

あとウサギの幻術なんて聞いたことないんだけど。)

天果は思ったが、言わないでおいた。

「ま、まあいいじゃないですか。幻術?だかなんだか知らないけど、生きていけるなら。」

天果はそう言って慰め、ふと彼女の頭を撫でた。


女性を慰め、家に戻った。

「おかえりー…って煙草臭!」

「ああ、そ。」

葉果を華麗に無視して奥の部屋に行く。

その時、やけに奥の部屋が騒がしいことに気がついた。

「お友達来たの?」

「うん。邪魔しないでよ!」

「あーはいはい、わかったよ。」

彼女は上の階の自室に上がった。

ワイワイと下の階から騒ぐ声が聞こえる。

「はあ…」

彼女はため息をついた。

天果が高校生の時、ほとんど友達がいなかったのだ。

というか、人生で友達なんてまともにできた事がなかった。

小学生の時に飼っていたトカゲと、中学校の時学校にいたウサギ、そして高校の時科学部だった数少ない部員たちだけだった。

「そういえば…」

彼女は中学校にいたウサギの世話のことを思い出した。

体が小さく、餌もまともに食べられなかった。

そのせいで、みんな彼の世話を知らないふりをした。

だから、彼女は1人で世話をきちんとした。

頭を撫でてあげるととても喜んでいた。

いつのまにか巣の鉄柵が壊されていていなくなっていたけど。

天果は、大きなグラスに透明の氷と金色のビールを注ぎ、ぐいっと飲み干した。


下の子達はまだ帰らないようだ。

天果はもうすっかり酔ってしまっていて、部屋中にビール缶やワインボトルが散乱していた。

彼女は半分服が脱げた状態で、顔を真っ赤にして2/3くらい寝たような状態で座っていた。

「お姉ちゃん、ゲームしない…って、どんだけ飲んだの!?」

「あ〜?うるせ〜葉果…。黙っへろ…」

「もう、お姉ちゃん…ほら、寝て。」

天果は葉果に布団を被せ、ビール缶を片付け始めた。

除夜の鐘の音が聞こえる。

(そういえば…今年はウサギ年だっけ?)

もういいや。知らない。

彼女はひっそりと眠りについた。

鐘の音が、いつまでも耳に鳴り響く。







読んでいただきありがとうございました。

どうか、よいお年を。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ